虹引きの泣き言
 にわか雨はアスファルトの路面を湿らすのもそこそこに急ぎ足で通りすぎ、私は剥がれ落ちて申し訳程度に道のくぼみに溜まった青空を踏まないよう、注意深く私の事務所に向かって歩いていた。
 昼時を少し回ったばかりの時間とあって、下校途中の子供たちの黄色い帽子もまだ見当たらない。
 大通りを一本北に逸れ、お世辞にも日当たりが良いとは言えない住宅地をまっすぐに行くとかろうじてかっぽりと光の差し込む一区画が公園に充てられている。くたびれた緑や橙色の遊具は老朽化して危険だと次々に撤去され、今やベンチと藤棚と水色の象の形をした滑り台が申し訳なさそうに残るばかりとなった広場の真ん中に人影を認めて、私はおやと目をしばたいた。
 まだ若いといって差し支えない年頃の女性のようだが、浅葱の着物の上に野暮ったい長手の外套を羽織ったやけに時代錯誤な格好で裾からはまたひどくちぐはぐなつるんと赤いゴム長靴が顔を覗かせており、手には見慣れない形の、長い糸の束の巻き付いた杖のようなものが握られている。
 私が公園に入って来たのに気付くと、女性は軽く会釈した。
「こんにちは」
「こんにちは」
「何をなさっているのですか」
「今から虹を引くところです」
「──虹を」
「ええ」
 彼女が天を仰いで、そのかぎ針編みに使う編み棒を大きく引き伸ばしたような杖をすいすいとハチの字に大きく振る。と、片端を鉤に捉えられた糸束は向こう側に大きく吐き出されて、見る間に悠々と空を跨ぐ七色の半弧になった。
「あれ以上降ると虹がふやけやすくなってしまっていけないですし、とはいえ少ないと今度は乾いて切れてしまうし」
 今日は丁度いい具合に降ってくれましたからねえ。動転してあんぐりと口を開ける私にはお構いなしに、彼女はさも楽しそうに大きく肩ごと腕を引いた。
 その動きに併せて虹の輪はまたぐんと広がり、一層きらきらと輝いて色味を深くする。
「いや、見事なものですねえ」
 私は心底驚いてしまってそのように口にしたのだが、彼女は照れ臭そうに冗談めかして笑った。
「いいえそんな、私、まだまだなんですよ。今年の梅雨でようやっと2年目なんです」
「いいでしょうな、憧れの仕事に就けるというのは」
 私は何の気なしに、しかし本心からそう呟いた。実際風を受けたのぼりのようにそよぐ虹を見ていると、こちらまで若い頃に思い描いた夢の一つ一つが克明に思い出せるような気さえしたのだ。
「でもねえ、気象学なんてものが考え出されて、虹は光の屈折によるものだなんて話が通説になってからはこちら、すっかりペテン師扱いの仕事ですよ」
 涙雨のひとつも降らせたくなるものです、と彼女はせわしなく杖を右に左に動かしながらため息をついた。
 もっと眺めていたい気分だったが、仕事であれば邪魔をしては悪いと早々に彼女に別れと面白いものを見せてもらった礼を告げ、私もまた私自身の(彼女のそれに比べれば呆れるほど退屈な!)仕事に取り掛かるために、事務所へと戻る道をゆっくりと歩いて行った。
シヲニ
2013年12月28日(土) 04時33分55秒 公開
■この作品の著作権はシヲニさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめまして。文章を書くのは不慣れなのですが、どなたかに読んでいただきたくてこの場をお借りしました。
ごく短いものな上に拙い点などあると思いますが、よろしくお願いします。

この作品の感想をお寄せください。
No.2  ウィル  評価:30点  ■2014-01-11 23:17  ID:yqFASJqAhJQ
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はじめまして。
雰囲気のいい小説ながら、
最後の
彼女のそれに比べれば呆れるほど退屈な!)
の!の部分に、現実のつまらない日常と幻想的な世界との対比が描かれていて、それがいいなぁ、と思っています。

味のあるいい作品で、とても読後感もよく、次回があればぜひ拝読させてください。
No.1  片桐  評価:30点  ■2013-12-28 18:28  ID:n6zPrmhGsPg
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こんにちは。感想を送らせていただきます。

雰囲気が良い作品だなあ、というのが読了後一番に思ったことです、
なんでもかんでも科学的に解明、説明される世の中で、作中の出てくる女性のような職業の人がいたら、と思うと、なんだかほっとします。和む、といった感じでしょうかね。

文章に不慣れをお感じということですが、確かに、ちょっと意味が取りにくい部分がありました。一番の原因は、文を無理に長くしている感があるからだと思います。前半は特にその傾向が強く、中盤息切れして短文になり、最後で思い出したようにまた長い文になる。もし、読みやすさを第一に置きたいならば、もう少し文章を区切ることを覚え、その後に長い文を使っていくほうが、良いかもしれません。

大通りを一本北に逸れ、お世辞にも日当たりが良いとは言えない住宅地をまっすぐに行くとかろうじてかっぽりと光の差し込む一区画が公園に充てられている。

たとえばこれですね。

「私は」大通りを一本北に逸れ、お世辞にも日当たりが良いとは言えない住宅地をまっすぐに行く。「そこには」かろうじてかっぽりと光の差し込む一区画がある。「その一区画は」公園に充てられている。

こういうことが書いてあるのだろうなと私は思いました。そうであるならば、「私」を省略するのは良いとして、後半の「そこには」「その一区画は」にあたる主語が抜けているので、読解に時間がかかってしまうと思われます。
実は、私なりにリライトしてみようともしたのですが、分かりやすくするだけでは味が損なわれてしまうとも思え、上記の指摘だけに留めさせていただくことにしました。私は本来人様の文章に口出しできる人間ではないので、こういうことをいう人もいた、程度に思ってくださると幸いです。

すがすがしい気分になれる作品で、読ませていただいてうれしかったです。これからも、頑張ってください。
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