悪役ばりに性悪な義兄に、魔族の義弟はほとほと手を焼いている
 

 仄かに紫がかった流れ雲に、橋吉野たかはしよしのは目を奪われた。
 夏の夕暮れ。屋上を吹き抜ける生ぬるい風に髪の毛が煽られ、視界を遮られる。
 吉野はそっと髪の毛を手で押さえた。
「――ちょ。ねぇ――聞いて……聞いてんのかよ!」
 甲高い怒声が、真横から突き抜けた。
 吉野は不快そうに顔を歪ませ、いきなり怒鳴り込んできた女子生徒を睨みつけた。
 女子生徒は激昂して乱れた息を整えて、人差し指を突き立てながら言いつける。
「だから分かったわね。金輪際、乾くんに近づかないでちょうだい」
「うるさい、黙れ。つーか、乾って誰?」
「なっ」
 決まった、と言わんばかりだった女子生徒の表情が引きつる。
「い、いつもそばにいるじゃない!」
「はぁ? たかってくる【害虫】のことなんていちいち覚えてるわけないから」
「なっ」
「きれいどこの【観賞用】なら顔は覚えるかもだけど……所詮は有象無象の害虫集団。そんな奴らの顔とか名前を覚えるほど、おれはお人好しじゃないから」
唖然たる面持ちがみるみるこわばり、目の奥から火のように憤懣と嫉妬が噴き上がる。
(嗚呼……なんて――醜い)
ほのかに甘く、それでいて粘りつくような昏い呟きは、少女の振り抜いた手が吉野の頬を叩くのと同時だった。
 バチンッ、鋭い音が響き、吉野の身体が傾く。その衝撃で髪をまとめ上げていた手編みのターバンがずれ落ち、艶やかな桜色の髪の毛がパッと広がる。
「馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!」
「……で?」
 吉野は傾いた顔を戻し、興味の薄そうな視線を女子生徒に投げつけた。
 少女は思わず怯んで、たじろぐ。
「わ、私……知ってるのよ!」
 いきなり上擦った声で叫ぶ。
「あんたっ、児童養護施設にいたんでしょ!」
 吉野の目頭がピク、とヒクつく。
 ビンタを受けても、無表情且つ無感情だった吉野の微かな動揺を、女子生徒は見逃さなかったらしい。怯えた顔に、ほんの少しだけ余裕が戻る。
「親に虐待されていたんでしょう。それを彼に救ってもらったんでしょう」
 不意に吉野の手が少女の胸倉をむんずり掴んで引き寄せた。
 少女はいきなりつかまれた胸倉を反射的に振りほどこうとする。
 しかしその可憐でほっそりした手は、少女の抵抗など歯牙にもかけない。
「へぇ」
 吉野はくすっと嗤った。
 桜貝のような薄い唇に浮かぶ笑みは、身の毛もよだつ冷笑。
 女子生徒の顔面が蒼白になる。優位に立った、と信じて疑わなかった少女はこの時ようやく己の失態に気づいたようだ。
「おれの過去のことまで調べ上げたんだ。なんて執念深い……いいね、ただ感情を喚き散らすだけの雌豚のお呼び出しには飽き飽きしていたところさ。んで? おれの過去を知ってどうする気? このことを公衆の面前にさらすとか?」
 変に芝居がかった問いかけに、女子生徒の顔の血色が見る見るうちに青くなっていく。
 吉野は「ん?」と促す。その声は、迷っている子供を促すように優しかった。
「あ、あんたがッ。乾くんに二度と近づかないって約束してくれるなら」
 途端に吉野の目が冷める。なんだこの程度か、と興味の薄い視線が投げかけられ、女子生徒は怖気づいた。
「このことは黙っておくって? ふっ。ははっ、ばーか。そんな安い言葉……誰が信じるかっての」
 いきなり吉野の声のトーンが下がり、女子生徒はまるで陸に打ち上げられた魚のように、左右に身体を激しくくねらせ抵抗する。
離してッ、懇願に近い少女の訴えを、素直に聞き入れるほど吉野は優しくない。
「別におれはどっちでもいいんだけどね。それが公になろうがなるまいが、トージとおれの関係が崩れるわけないし。でも……トージは快く思わないだろうから」
 無機的だった吉野の瞳に敵意が宿る。その凄みに彼女は情けない悲鳴を漏らした。
「もしおれの過去を晒すっていうなら……」
 纏わりついてくる小虫を払いのけるようにして、吉野は少女から手を離す。
 ぞんざいに突き飛ばされた女子生徒はフラつく。
「おれも乾くんや先生にいっちゃおうかな。お前にひっどーい言葉で脅された挙句に暴行を受けたって」
吉野は赤く腫れ上がった頬に手を当てて、ワザとらしく痛ましい表情を作った。
「なっ」
「乾って誰か知らないけど、おれの周りをうろちょろしてるみたいだし。おれの一声に従わないわけないよね。あ、でもこの録画を公然に晒したらお前……いや、お前の家族共々ここには居られなくなっちゃうか」
 吉野は耳元の髪の毛をすくい上げる。
 形の良い耳に装着された携帯情報端末のカメラレンズが、女子生徒を真っ直ぐ見据えている。
「此処に来てから今の今までのやり取り……余すことなく【ウィンリンカー】に録画してるから」
 吉野が指先をかざすと、ウィンリンカーからホログラムタッチ画面が投影された。数あるアプリから一つのアイコンを呼び出し、密かに盗撮していた動画を立体ホログラムで再生させる。
「障害物削除っと。ふーん、なかなか」
 三分半のホロ動画の観賞会が終わる。その鮮明な高画質さに感心する吉野の横では、呼吸すら忘れて今にも卒倒しそうな女子生徒。
「傷害罪に脅迫罪。あぁ、あと名誉棄損罪も追加しちゃおっか」
 デザートの種類を選ぶ時のような軽い口調で、女子生徒に追い打ちをかける。
 ひぃ、女子生徒は思わず悲鳴をあげ、青白い顔を左右に振りながら後ずさった。
「詰めが甘いんだよ。まぁ年がら年中お花畑の箱入り娘にしてはぎりぎり及第点ってとこか。でも、やっぱりその辺の残飯を食い散らかす雌豚とまったく違わなかったな」
 吉野は馬鹿にした風でもなく、ただ事実を告げるように呟いた。
「な、なんですって」
「初対面の相手にいきなりビンタをかます、礼儀も品も常識の欠片もない痴女はただの豚で十分だから。がつがつ残飯を食い散らかす豚と自分本位なヒステリックを起こす俗悪女。ほら、そっくり」
 吉野は少女を指さしながらケタケタ笑う。
「【男】のおれに嫉妬するあたりその低能さが知れてる。おれなんかに挨拶するひまがあったら、男の体臭でも追っかけてろよ。雌豚」
 吉野が蔑みを含んだ瞳を向けると、青ざめ切った顔の少女の口から短い悲鳴が漏れた。
 すると剣呑に揺れていたアイスブルーが、つまらないというかのように弛緩する。
「やっぱ女のその表情は趣味じゃないな。おれは苦痛に歪んだ男の顔を見るのがさいこーに好きなの。整った顔はよりはっきり歪むからとくにお気に入り。おれが害虫たちに向ける情なんてそれ以上でもそれ以下でもない。理解……」
吉野はふと口を噤む。彼女が放つ不穏な雰囲気が気になったのだ。
「あんたなんて……」
 女子生徒が懐に飛び込んで、握ったそれを我武者羅に突き出してくる。
 吉野は咄嗟に半身を翻し、それから紙一重で避ける。
 視線の先でバチリと青白い火花が散る。
「……おれにスタンガンで挑んでくるとかいい根性してんじゃん」
「ちっ。じっとしてなさいよ! うまく当てられないじゃない!」
 女子生徒は無茶苦茶な言いがかりをつけ、黒光りするスタンガンを握り直した。
 身構える吉野。スタンガンを注視し、
「……マグナムXセダンか」
「はぁ?」
 吉野の呟きに、女子生徒は面食らった。
「初心者におすすめのいいスタンガンなんだけどなぁ。お前、スタンガンの扱い方まったくなってないから。そんな派手なモーションでスタンガン振りかざすとかありえねぇから。この素人以下のド素人が」
「あ、あんたっ。この状況わかってんの!?」
 スイッチが入ったかのように熱く語り出す吉野。
 女子生徒はスタンガンをぶんぶん振り回して威嚇するものの、吉野はまったく応えた様子はない。
「ならっ。なら……出番よ、あんたたち!」
 女子生徒のやけくそ気味な合図と共に、屋上の扉から黒いスーツの男たちが入ってくる。
 どれも体格が良くて、見るからに格闘技に優れていそうだ。
 吉野は反射的にポケットに手を突っ込む。
それを握った手は汗ばんでいた。
「どう。我が家自慢のSPたちよ。襲撃に慣れっこちゃんのあんたでもプロには太刀打ちできないでしょう」
「プロ? へぇ、お嬢様のワガママをそのまま鵜呑みにする連中が……」
 吉野はゆっくり男たちを眺め、鼻で笑い飛ばす。
「……プロねぇ。日本のSPのレベルも落ちたもんだ」
 吉野の軽い挑発に黒服の男たちが殺気立ち、隙のない動きで距離を縮めてくる。
「やって――」
 ガンッ、という重々しい物音が、少女の合図を掻き消した。
 続けて、ガンガンッという乱暴な衝撃が屋上の扉を叩きつける。
「ちょ、あんたたちっ! ちゃんと人払いしたんでしょうね!?」
「はい! 問題ありません。屋上に続く階段は封鎖しましたし、扉の電子ロックは完璧に……」
 ズガシャンッ、けたたましい轟音が響く。
 まるで落雷が落ちたかのような轟音に、周囲は硬直する。驚かなかったのは吉田のだけだ。
「はぁ、たりぃ」
「やっぱりトージだ」
 トージこと橋藤次郎たかはしとうじろうは、蹴破った扉を気だるげに跨いで屋上に入ってきた。
  白い長袖の開襟シャツに、グレーのスラックス。指無しグローブと同色のヘアバンドで、天然パーマの黒髪をまとめ上げている。
 気だるげに弛んだ紫紺の瞳が、吉野の姿を捉えた途端に吊り上がる。
「おい、シノ。テメェこんな所で何チンタラしてんだ。今日は卵の特売日だってあれだけ釘を刺したのに……」
「……あ」
 思い出した、とばかりに呟くと、藤次郎の眼光がさらに鋭さを増す。
 吉野は慌てて両手を振る。
「ち、違うから! おれのせいじゃないから! こ、こいつらがおれに無理強いさせたんだ!」
「見苦しい。そんな見え透いた言い訳が通じるかっつの」
 藤次郎は冷たく鼻で笑った。
「どーせ自分から首突っ込んだんだろう。ちっ、走ればまだ間に合うか。おい、さっさと行くぞ」
「ほーい」
 吉野は急いでターバンと学生鞄を引っ掴み、藤次郎の元へ駆け寄る。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「あん?」
  藤次郎が不機嫌そうに唸る。
 女子生徒は一瞬だけ怖気づいたが、すぐに余裕の面持ちになる。
「あんたこれ見て分かんないの?」
「驚いた。こっちはあえて集団リンチを見逃してやるっつてんのに突っかかってくるなんて……お前こそ自分の立場が分かってんのかよ」
「えー見逃すとかないから」
「だ、ま、れ」
 吉野は口にチャックをするような仕草をした。
「ふふっ。あんたさっき【魔法】使ったでしょう」
 女子生徒は勝ち誇った面持ちで、もったいぶった風にそう指摘した。
「……魔法?」
「とぼけないで。【魔族】はむやみに魔法を使っちゃいけない決まりでしょう! 【魔道法】を忘れたなんて言わせないわ!」
【魔道法】。それはヒトと魔族が安全安寧の下で共存できるように制定された法律だ。この法令に則り、無免許の魔族は、原則的に魔法を禁じられている。
 藤次郎の眉間に皺が寄った。
 それを動揺と取ったのか、女子生徒の声に悦が入る。
「魔道法を破った魔族は逮捕されちゃうんでしょう。ふふっ、いいの。逮捕されても」
 藤次郎は冷たく鼻で笑う。
「その常習犯の俺に今さらそんなやっすい脅しが利くかよ。あぁ、いい機会だ。これ試してみるか」
 藤次郎はそう言って利き手を持ち上げ、真新しいリング型ウィンリンカーを視線に晒す。
 そのウィンリンカーは、市販される端末に比べてかなり太くて厳つい。リングと言うよりも腕輪だ。政府が魔族を電子的に監視するために、簡単に取り外せないようになっている。
 藤次郎は投射されたホログラムタッチパネルを慣れて手つきで操作し、魔力色素細胞検査システムを起動させた。
魔力には色素細胞によく似た特性があり、それをスキャンすることで【魔力】が簡単に可視化・数値化できる。このシステムにかかれば、魔族が魔道法に違反していないかどうかなんてすぐ分かることだ。
【魔力検査システム起動中。魔力色素数値・標準値です。問題ありません】
「ほーれ。検知は問題ねぇよ」
 政府公認の検知システムに健全と診断され、藤次郎は身の潔白を証明してみせた。
「そ、そんなの関係ないわ。私はこの目でちゃんと見たのよ! あんたが魔法を使うのをっ」
「使ってねぇし。つかお前、魔学の授業ちゃんと受けてるワケ? ただ魔法を使っただけでそう易々と逮捕されるワケねぇだろ」
「ふざけるなっ」
「ふざけてねぇし。あークソたりぃ。何この宇宙人」
 後ろ髪を搔き上げ、気だるげな藤次郎の雰囲気に不穏が混じる。
 投げやりな、どうでもいいような、自暴自棄の気配。最近になって頻発する藤次郎のやけっぱち玉が破裂するのを肌で感じ、まずいと吉野は声をあげる。
「トージ、まっ」
「そこまでお望みなら見せてやるよ。魔族の真髄ってヤツを」
 藤次郎が右手のグローブを抜き、利き足を踏み込む。
 瞬間、電光石火の速さで藤次郎の姿が掻き消えた。
 彼の動きに反応できた者は居ない。
 瞬くうちに、藤次郎は無防備に立ち竦む少女の背後に回り込んだ。
「俺は体内で魔力を消費する回路タイプの魔族。帯電した魔力が静電気みたく暴発してしまうのは、物理的にもなんらおかしくねぇわな」
 藤次郎の手が、女子生徒の肩に軽く触れた。
 バチンッ、という紫色の火花の音が響く。
刹那の強い痛みと熱に、女子生徒は悲鳴をあげてその場に蹲った。
【魔力色素数値・異常値です。異常値です。異常値です。魔力暴発の恐れがあります。速やかに魔力を正常値にコントロールしてください】
 ウィンリンカーの不気味な警告音が、彼らの恐怖心を煽り立てた。
「さぁ、お次は誰だ?」
 焦げ臭い煙があがる靴底を擦りつけ、藤次郎はくくっと笑う。
 薄い唇が酷薄そうに弧を描き、いかにも性格が悪そうなあくどい笑みを浮かべた。
「「「うわぁぁぁああ!!」」」
「ばっ、化け物っ!」
 我先を争うように出入り口に殺到する黒服たち。一人取り残されそうになった女子生徒は半泣きで、這いつくばりながら逃げていく。
 最後の捨て台詞は彼女の最後っ屁と言ったところだが、当の本人はまったく応えた様子もない。
「……ちっ、張り合いのねぇ」
 藤次郎が鋭く舌打ちを漏らすと、ウィンリンカーの警告音がそこで止まった。
「……あの雌豚。ぶっつぶす」
 不穏な単語を呟きながら、ウィンリンカーを操作する吉野の頭に、藤次郎の鉄拳が無言で落ちた。
「いったぁ。何すんの!?」
「そりゃこっちのセリフだ」
「この録画を学校のホムペに晒してやる。あの雌豚を豚肉加工センターに送って――だから痛いってっ!」
 吉野は半泣きになって抗議した。
「ぼ、暴力反対っ。お、お兄ちゃんそんな乱暴者に育てた覚えないから」
「はぁ? 誰が、【男】の癖にこんな昼ドラも真っ青な修羅場を娯楽にするイカれた野郎の弟になるかっつーの。育てた覚えはあっても育てられた覚えはねーよ、このド気違いぶさっしーが!」
 藤次郎は額に巻いたヘアバンドの下から、あの流れ雲によく似た色の瞳を吊り上げ、怒声を飛ばす。
 うっ、吉野は弱々しく押し黙ったが、すぐさま言い返す。
「戸籍上はおれの方が誕生日はやいもん!」
「ちげーっ!」
ゴチンッ、と再び藤次郎の鉄拳が吉野の頭に見舞った。
「ツッコムとこそこじゃねーよ。つか、もんいうなきしょい。テメェに媚びられてもまったく嬉しくねぇんだよ」
「み、身の程を弁えない雌豚に礼儀を指導してやっただけだから!」
「指導するだけならもっと穏やかにやれよ。わざわざお前がビンタもらう必要ないだろ。俺が傍にいないからって癇癪おこすそれ! やめろよな!」
「お前こそ説教するたびに殴るな! 今のでおれの秀でた脳細胞が二万個死んだから!」
「自分で秀でたとかいうな痛々しい。テメェの細胞がンな繊細であってたまるか」
「いたいいたいっ!」
 藤次郎は問答無用で吉野の片頬を抓って引っ張った。
 頬の肉がまるで焼きたての餅のようにびよーんと伸び、クスクス笑う藤次郎に吉野は釈然としない表情だ。
「てか、なんでおれが怒られなきゃいけないの? おれは悪くないから。悪いのは男のおれに身勝手な嫉妬をぶつけてきた身の程知らずな醜女だ」
「そこは否定しないけど、あえて煽ってるテメェがンなこと言える立場か! このド腐れぶさっしー!」
 文句をグチグチ呟きつつも、藤次郎は痛々しく腫れ上がった吉野の頬に湿ったタオルを当てた。その手つきは言葉の鋭さとは裏腹に壊れ物を扱うように丁寧で、尖っていた吉野の唇がふにゃっと緩まる。
「あれ? ちょ、これ濡れてるんですけど。トージ、どうやって水に浸けたの?」
「……真利に頼んだ」
 幼なじみの名前に吉野は納得顔になる。
「こーいうの自傷行為つーんだぞ。ぶさっしー」
 吉野は意表を突かれた様子で首をコテンと傾けた。
「ただの見物料だよ」
「……お前、変なトコで変に律儀だよな。女子限定に」
「これでも紳士なんだぜ」
 キメ顔で親指を突きつけた瞬間、あらぬ方向に親指を折り曲げられ、吉野は再び悶絶する。
「俺に殴られるのは嫌がる癖に女子はいいのかよ。マジお前なんなの、なんなんですかお前の複雑怪奇なメンタル。バリバリ矛盾すぎて頭おかしくなんねぇの? ヘンタイだ。最早お前はヘンタイだ。なんでこんなヘンタイ思考で常に学年主席サマなの。無敵不敵素敵(笑)サマなの。どんだけ周りに敵つくりゃあ気がすむワケ?」
吉野は芝居がかった風に肩を竦め、痛めた親指を労わりながら嘯く。
「おれはただ天に与えられた二物三物四物を有効かつ効率的に消費しているだけなのに」
「有害且つ非効率的にだろうが。たくっ、こんなクソくだらねぇことで卵の特売逃すとかありえねー」
「はっ。と、トージこそ、こんなくだらないことで魔法を使うなんて一体どういう神経してんだ! また更生施設にぶち込まれるぞ!」
 魔道法を侵した未成年の魔族は、政府直轄の更生施設に送られる規則だ。
 だが藤次郎は、それがどうしたと言わんばかりに開き直る。
「今さら更生施設にぶち込まれたところで痛くも痒くもないねぇ」
「おれがやなの! トージがあんな豚箱にぶち込まれるなんて……少しは魔法を隠匿する努力しようよ」
 吉野の口から出た言葉に藤次郎はわずかに眉を顰める。
 だが彼はそれを打ち消すように首を振り、夕映えに染まった空を見上げた。
 赤く色づいた夕日が、藤次郎の顔を赤く染める。
「……今さらだろ。ンなもん」
 藤次郎の遣る瀬無い呟きに、吉野は歯噛みした。
魔族が魔法を隠蔽するのは常識だ。ただ藤次郎は他の魔族と違った事情がある。
その事情を吉野は聞かされていない。憶測はできても、藤次郎の口から直接聞いたことがないのだ。
『いいかシノ。このことは藤次郎本人の口から語られるまで決して尋ねてはならん。藤次郎のことが心から大切なら……待てるな』
彼の中にある解けない氷の塊に何度も手を伸ばそうとして、その度に祖父の諌める声が脳内で響くのだ。そして今回もまたその悔しさを噛み殺して、目を瞑る。
「……トージ」
 藤次郎は投げやりに「なんだよ」と返す。
「…………もっと叱ってぇ」
 語尾にハートマークでも付いていそうな媚を含んだ声が言い終わるよりも早く、無言で藤次郎の鉄拳が飛んだ。
「いッ〜ッ。またゲンコした!」
「お前が叱れつったんだろう。この救いようもないド変態マゾっ子が」
「殴れとはいってない! 痛いのは嫌なの。叱ると殴るのは違うから!」
「俺のような常識人にお前のトチったド変態主観なんて理解できねぇっつの。ホントお前ってばドエスなのかドエムなのかわかんねぇ奴だな。てかマジでキモいしうぜぇしイタイし」
藤次郎の情け容赦ない罵倒は尚を続く。
しかし吉野にとってそれはまるでこの世でもっとも美しい讃美歌のように聞こえているのか、彼は快楽に浸るようにうっとりと浮かれる顔を両手で包んで震え上がる。
「……嗚呼、いい。その声。その表情。その冷たい目っ。やっぱりトージは罵っている時が一番魅力的だと思う。もっとちょうだい」
「喜ぶと知っていて誰がやるかバーカ! たくっ、男のくせになよなよしやがってっ、そんなんだからお前はいつまで経っても俺みたく鼻つまみ者扱いされんだよ」
「そういうならトージだって努力しろよ! おれだってトージが」
「はい、そこまでー」
 パチンッ、と乾いた音が、彼らのじゃれ合いに終止符を打った。
 直後、虚空から黒いスーツ姿の魔族が現れる。
「……はぁ。まーたこの問題児か」
「お勤めご苦労様です。仁木監視官殿」
 おどけた風に敬礼して見せる藤次郎に向かって、仁木は白けた視線を送る。
「いい加減にしてくれんかなぁ。こっちは問題児にいちいちかまかけているほど暇じゃないの。マジで施設にぶち込んでやろうかぁ、俺の安息のために」
「と、トージはおれを助けてくれたんだ。証拠だってちゃんと、ほらっ」
 吉野は素早くウィンリンカーを操作し、録画した動画を仁木に送信した。
 仁木は煩わしそうにその動画を受け取ると、藤次郎の首根っこを問答無用で掴み上げる。
「とりあえず事情聴取な。おら、来い」
「へいへい。あ、シノ。セイじぃの餌やり頼むな。夕飯は昨日の残り物が冷蔵庫にあるからそれで我慢しろ。あと戸締りは厳重に」
「さっさとしろ!」
「いてっ。ちょ、痛いって」
 そのままズルズル引きずられながら、藤次郎の姿が虚空に消えた。
 取り残された吉野は、もう一度だけ夕空を見上げた。紫がかった流れ雲は、いつの間にか夜色に染まっていた。
それはまるで、迫りくる夜気に隣り合わせの彼を不意に見失ってしまったような、そんな焦心に駆られる風情だ。
「……おれが」 
『シノ、魔族になりたいなどと戯言を抜かすでないぞ。例え何があっても、我々は魔族と共存できても共感は決してできぬのだから』
(でもさ。じいちゃん。でも……でも……)
「おれは」
 言葉は唇から発せられず、喉の奥で掻き消える。
 そのかわりに唇からこぼれたのは、ひどく苦し気なため息だった。

かもめ氏
2016年07月09日(土) 10時41分07秒 公開
■この作品の著作権はかもめ氏さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ

初めまして、かもめ氏と申します。
初心者なので見苦しい箇所が多々ありますが、本気でラノベ作家を目指しておりますので厳しいご指摘やご感想を頂けると泣いて喜びます。
どうかよろしくお願いします。
※「小説家になろう」さんのページにも重複投稿しています。

この作品の感想をお寄せください。
No.1  時雨ノ宮 蜉蝣丸  評価:20点  ■2016-07-18 19:30  ID:eFOY3cHRZZU
PASS 編集 削除
こんばんは。初めまして。
専門家でもなんでもない奴の、一意見として述べさせていただきます。

お義兄さんの性悪さ、義弟くんの素っ気ない態度がいい感じですね。ただ、それぞれのビジュアルが小出しなせいで、読者的に場面の想像がしづらいです。
タイトルがこうであるからには、読者は『性悪義兄』と『世話焼き義弟』を期待するでしょう。義兄はとかく、義弟の『世話焼き』さが足りない。あんまり手を焼いてる感じが出てないです。もっとキャラクターを掘り下げて、たとえば義兄が、性悪どころか『下衆』レベルの性格破綻者ならば、義弟はこのままでも十分です。義兄をこれ以上進化できそうにないなら、逆に義弟を『超厳しい不良だけど兄貴にだけ激甘』とかにしましょう。そうすることで相対効果によりキャラに凹凸が生じます、これがミソになるはず。せっかくの素敵なキャラ、しっかり生かしてあげましょう。
全体的なストーリーは、なんとなく言いたいことはわかるのですが、流れがよくないです。なぜなら、頭で出てくる二人ともが、ストーリー進行をしてくれていないから。かろうじて少女が押してはいますが、会話の内容含め改善の余地があると思います。あと、後半で新顔(名前)が出てきすぎ。読者が混乱しそう、短編は特にそれが顕著です。着地はスマートに。
途中から『魔族』という非現実的ワードが現れますが、もしタイトルがこうでなければ読者は「おおぉっ!?」となることでしょう。タイトルでネタバレ&ハードル上げしている一方、伏線というか、説明不足が補われていることも忘れずに考慮してください。

本気で作家さんを目指されているということで、かなり言いたいことを言いたいだけ書きました。きっと不服な箇所もあると思います。長々とすみません。
密かーに小説家に憧れている者として、応援したい気持ちがあることは確かです、お互いに頑張りましょう。
ありがとうございました。
総レス数 1  合計 20

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