さぶらいの期せずして幽霊の正体を暴く語
 

 すっかり夜も更けた平安京の街を、行灯の明かりだけを頼りに三人の男が歩いていた。
「あ〜ぁ、すっかり遅くなっちゃいましたね」
 あくび混じりにつぶやいたのは、卜部季武だった。三人の中で一番小柄で、少年のような雰囲気の持ち主だ。
「まあ、たまにはお偉いさんのご機嫌もとっとかねぇとな」
 ため息混じりに碓井貞光がつぶやく。三人は、源頼光という武芸に優れた貴族に仕える武士だった。普段は妖怪退治や山賊退治など、腕っ節と剣に物をいわせる仕事ばかりの三人だったが、やはりそこは貴族が政治を牛耳る平安京。たまには有名貴族をもてなして、顔をつないでおかなければならない。今日の三人は、ある貴族の屋敷に出かけ、相撲を取って見せたりお酒に付き合ったりした帰りだった。昔も今も、権力者ある所に接待あり、というやつだ。
「今日の藤原ナントカって奴、イヤな奴でしたね」
 卜部が大声でとんでもないことを言い出す。
「シィーッ! ばか、おめぇ。誰かに聞かれたらどうすんだ」
 碓井が慌ててたしなめた。まったく、卜部は自由奔放にも程がある。
「だぁって、何を話しかけても必ず歌で返してくるなんて、意味がわかんねぇっての。教養だか何だか知らねえけどさ、僕が奥さんはお元気ですかって聞いたときも、も〜え〜い〜ず〜る〜とか言い出して、焦りましたよ」
 卜部が突然藤原の口調をまねたので、碓井は思わずブハッと吹き出した。
「ねえ、あれ結局何て言ってたんですか? 奥さん、萌え出てんの?」
「……まあ、つまるところ、結局は、元気ですって意味だよ」
 聞かれたところで、碓井にだって分かる訳はない。今日は一日接待したが、結局意志の疎通は一つもできなかった気がする。

「ところで坂田、さっきから元気ねぇな。どうかしたか?」
 一緒に歩いている坂田金時がさきほどから一言も喋っていないことに気付き、碓井が声をかけた。見ると、坂田はいつもより若干青ざめた顔で、行灯を手にフラフラ歩いている。
「坂田さんは藤原の野郎に生気を吸い取られたんですね」
「おい、本当に大丈夫か? おい!」
「うおっ!」
 碓井の大声で、ようやく坂田は話しかけられていることに気付いたようだった。
「ああ、大丈夫。大丈夫。……たださ」
「ただ?」
 普段は言っていいことも悪いことも見境なく、何でもハキハキ喋る開けっぴろげな坂田が、珍しく口ごもっている。
「何だよ」
 碓井がイライラした様子で促した。
「いや、別に、怖いとかそういうんじゃないけどさ。……このへん、夜になると女の幽霊が出るらしいぜ」
 一転、水を打ったように静まりかえる三人。
「はは、幽霊って。わ、笑っちまうよな。怖い訳ねぇじゃん、だって俺たちどれだけ妖怪退治してきたと思ってんだよ」
 思いっきり引きつった顔で碓井が言う。
「だ、だよな。妖怪も幽霊も似たようなもんだよな」
 坂田も強がって見せるが、完全に声と手が震えている。おかげで行灯の光が、必要以上にゆらゆら揺れた。
「まあ、実体があるか無いか、ってとこでしょうね」
 卜部がしんみりとした口調で言った。そこなのだ。同じ異形の存在でも、妖怪ならば実体がある。実体があれば三人の腕っ節でもって退治することは簡単だ。何も恐れることはない。しかし幽霊のように実体のないものとなると、自慢の腕力も剣も弓も役に立たなくなってしまう。
「……い、いる訳ねえだろ、幽霊なんか! 俺見たことねえし!」
 坂田は震える声で否定した。
「ど、どんな幽霊が出るって噂なんだ?」
 平静を装って碓井が聞く。
「僕も知ってますよ、その噂。なんでも、新月の夜にこの界隈を歩いていると、道ばたにぼぅっと一人の女が立っているんだそうです」
 卜部はいつもより低く抑えた声で語り出した。案外、坂田と碓井が怖がるのを見て面白がっているのかもしれない。坂田と碓井は平静を装って歩いていたが、最早周りが見えていない様子だった。
「それでね、こんな時間に変だなぁ、と思って。何してるんですか? って聞いてみるとね、その女、すっと顔を上げて、腕に抱えているものを見せてくるんだそうです」
「ひ、人は誰しも、何かを抱えて生きていくものだからなぁ!」
 坂田がてんで的外れなことを言い出した。
「でね、のぞき込んで見ると、それはこの世のものとも思えないような、恐ろしい形相をした赤ん坊なんだそうです」
「ひ、ひ、人は誰しも、生まれたときは赤ん坊だよな!」
 坂田は完全に無視された。
「それで、怖くなって逃げようとするとね、どこまでも追いかけてくるんだそうです。この子を抱いてくださいまし、って言いながら」
「……な、なぁ」
 それまで黙りこくっていた碓井が、絞り出すように声を出した。
「どうしたんです? 碓井さん。トイレに行きたいなら待っててあげますよ?」
 卜部が余裕のある声で言ったが、その余裕はそう長くは続かなかった。碓井の指さす方向を見た瞬間、卜部も顔色を失ってしまった。
「え? な、何? 碓井、どうしたの?」
 現実を受け入れたくない坂田が碓井にすがる。
「あ、あそこにさ。女が立ってるんだけど」
 碓井の指さす、わずか10歩ほど歩いた先の道ばたに、白い着物を着た髪の長い女が立っていた。次の瞬間、立ったままの状態で坂田が気絶した。気絶しても行灯を落とさなかった所は、さすが百戦錬磨の猛者と言うべきだろうか。後の世に登場する弁慶の立ち往生を連想させる。
「う、うす、うす、碓井さん。ここはやっぱり年を取った方が犠牲になるべきだと」
 卜部が碓井を盾にするような形で、その背後に身を隠す。女はこちらに気付いたのか、ゆっくりと血の気のない顔を上げると、三人に近づいてきた。
「ふざっけんじゃねぇ! さっきまでの余裕はどうしたんだよ!」
 そうこう言い合っている間にも女は近付いてくる。そして、三人(うち一人は失神中)の目の前で立ち止まると、布にくるまれた何かを差し出してきた。もうだめだ、と諦念して卜部は坂田と同じように立ったまま気絶した振りをした。
「……」
 束の間の沈黙が流れる。きっと次の瞬間、碓井さんは悲鳴を上げて逃げていくんだろう。そうなったら幽霊はどうするんだろう。気絶している僕たちを狙うのか、それとも逃げる碓井さんを追うのか……。しかし、卜部の予想はすべて裏切られた。
「か……」
 卜部は片目だけ開いて、声の主である碓井を確認する。
「かわいいじゃねぇか」
「ええぇっ!?」
 声を上げたのは卜部だけではなかった。全く予想していなかった反応に、白い着物の女も素っ頓狂な声を上げていた。
「かわいいって……」
 卜部が急いで赤ん坊をのぞき込む。常人が見たら肝をつぶしそうな、醜悪な顔の赤ん坊だった。
「碓井さん、あんたどんな趣味してるんですか」
 力なく言う卜部。
「あ、あの、ちょっと抱かせてもらっていいかな」
 そんな卜部を無視して、そわそわしながら碓井が申し出る。よく見ると、ポッと頬を赤く染めているところが卜部にとっては何とも腹立たしい。碓井の間違った反応に、女の方は完全に逃げ腰になっていた。
「い、いや。そういうつもりじゃ無いんで。もういいです」
「いや。こっちの気がおさまらないから」
「いや、本当にもう結構ですから」
 逃げようとする女の腕を、卜部が前に出て来てはっしと掴んだ。
「お前、幽霊かと思ったら妖怪じゃねえか。何してんだ、こんな所で」
 卜部に詰め寄られ、碓井には赤ん坊を抱かせろと詰め寄られ、女の姿をした妖怪はもう涙目になっていた。
「ご、ごめんなさい。皆が怖がるのが面白くて……もうしませんからぁ」
 ふぅ、と卜部が息をついて、女の手を放した。碓井は相変わらずもう少し間近で赤ん坊を見たいなどと詰め寄っている。
「何が面白いのか、理解に苦しむよ。全く」
 卜部が傍観している横で、碓井はとうとう女の腕から赤ん坊を抱き取り、よーしよし、と愛で始めた。しかしそれも束の間。赤ん坊はもともと女が妖術で作り出していたものだったらしく、たちまちただの葉っぱの塊に姿を変えてしまった。
「もうしませんからぁ」
 女の妖怪は慌てて身をひるがえすと、ひとっとびに空へ舞い上がり、都の外れの山へと帰って行った。あとに残されたのは、呆然とした表情の碓井と、それを冷たい目で見る卜部。それから、相変わらず気絶したままの坂田だけだった。

「……ていう訳で、碓井さんは昨日からずっと不機嫌なんです」
 翌日、頼光邸にて。昨夜はずっと気絶していたため、事の顛末を知らない坂田に卜部が一部始終を話していた。坂田はどうにも止まらない様子で、ケタケタ笑い続けている。
「ゴホ、ゴホン。まあしかし、あいつは妖怪の中でも格段に力の劣る奴だったな。それがわざわざ都に出てきて、なけなしの妖術であんなイタズラしてたとは……まぁこれは推測に過ぎないが、もしかしたら妖怪でも人の注目を集めて気持ちいいと思う感情があるのかもな」
 いい勉強になった、とでも言うように碓井がしんみり回想してみせる。が、卜部と坂田の二人は相変わらずケタケタ笑っていた。
「お前らなにがそんなに可笑しいんだよ!」
 堪忍袋の緒が切れて、碓井が二人を怒鳴りつける。
「碓井さんは、意外と子供好きなんですね」
 卜部が面白そうに言う。
「ケッ! ガキなんざ居てもうるさいだけだろ」
「碓井、雷光さんに頼んでここらで身を固めたらどうだ? お前ならきっと良い父親に……」
 坂田が言い終わらないうちに、碓井は冗談じゃねぇ、と部屋を出て行ってしまった。
「坂田さん、今のは失言ですよ」
 卜部が顔を曇らせて言ったので、坂田は驚いて身を乗り出した。
「失言? どうしてだ?」
「碓井さんは所帯を持つつもりはないんですよ。こんな、恨みを買うような、危ない仕事をしてるんだから、妻子ができても不幸にするだけだって、諦めているんです。そっとしておいてあげましょうよ」
 ちなみに僕も、所帯なんか持ちませんからね、と聞こえるか聞こえないかの小声で卜部が付け足した。
「そうか……」
 坂田は慰めるようにポンポンと卜部の頭に手を置き、それでも今度機会があったら、碓井の見合いの件を頼光に相談してみよう、と思うのだった。
umeto
2016年04月30日(土) 22時31分26秒 公開
■この作品の著作権はumetoさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
本当に久しぶりの投稿になってしまいました。またこうして好きなお話を書けるようになって嬉しい限りです。
お時間あったら感想・評価などいただけるとさらに嬉しいです!
※「小説家になろう」さんのページにも重複投稿しています。

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