狭間の町で、一人ぼっち
 町は、活気に満ちていた。綺麗に着飾った魔法使い達と、人形サイズの精霊達が大勢、大通りを行き交っている。恋する男女にも似た熱い視線が、そこかしこで交錯していた。
 狭間の町、シャルール。精霊と人間の住む世界が重なり合う唯一の、場所。 精霊契約のため、一年に一度、一ヶ月の間だけ、契約に関わる人物が入場することを許される。周りを滝に模した、結界に守られた不可侵の地。 
 こんなに人が多いのは、今日が精霊契約の初日だから、だ。
 精霊契約は、魔法使いにとってとても重要な儀式だ。かつては、魔力を体外に増幅して放出する時に杖を使用したそうだが、今は精霊の力を借りてそれを行う。精霊自体が魔力の塊のような存在なので、どの精霊と契約するかで、魔法使いの能力は大きく左右される。能力が最底辺の魔法使いでも、巨大な魔力を有した精霊と契約できれば、飛躍的に魔力の総量を高められ、高位魔法使いへの道が開けるのだ。
 町を覆う熱気は、決して偽りのものではない。皆、真剣に自分のパートナーを探しに来ている。
「何をしているんだろうね、僕は」
 熱い視線の交錯を、冷めた目で眺めていた自分に気付いて、僕は苦笑する。真剣さも、精霊契約にかける想いも、全てが足りない。ここに来たことで、満足してしまっている自分がいる。
 一人ぼっちの僕にしては、よくやったはずだ、と。
 クラウス・リンゲンという僕自身は、どこまでいっても僕自身でしかないのだ。失くした時間も、能力も元には戻らない。それによって抱えてしまった、卑屈さも、心の冷たさもそのままだ。
 明るい世界から、一人取り残されたような気持ちが襲ってくる。しかし、痛みも悲しみもさほど感じはしなかった。この手の孤独感には五年前、十五歳の時から、心が慣れてしまっている。
 一人ぼっち、も限度を越えると寂しさを感じない。最初から諦め、最初から人や世界と距離を置いていると、そうなるものなのだ。僕の実体験だから間違いはない。
 無駄なことを考えながら歩いていたせいか、不意に何かにぶつかった。
「きゃ」
 鈴の転がるような声がして、僕はぶつかったものの正体に気付く。精霊の少女、だった。長い金髪に、淡い水色の布を織り込み、青のドレスを見に付けている。その可愛さたるや、少々のことで心が動かない僕でも見惚れてしまうほどだった。基本的に、精霊は男女問わず美形と相場が決まっている。
「あ、あの」
 座り込んだ少女が口を開いた。手を引いて立ち上がらせ、気の利いた言葉でも口にできれば良いのだろうけれど。僕は、それができずに視線を外して、沈黙した。
「具合でも悪いのですか?」
 逆に少女に心配されてしまい、さらに気まずさを感じた。自分でも分かるほど、あたふたした様子に少女はくすり、と微笑んだ。 
 僕は、嫌な気配を感じた。
「あの、どちらからいらしたのですか?」
 立ち上がりつつ尋ねる少女の頬が、少し赤く染まる。
 ああ。この町はこういう些細な失敗も、出会いに変えてしまうらしい。冷めた僕の心が、さらに冷え込んだ。
「ごめんなさい、急いでいるので」
 軽く会釈をして、逃げるようにその場を去った。少女の傷ついた顔が、瞳に焼きつく。人の表情や感情を敏感に察知する自分の癖に、今だけは少し舌打ちをしてしまいたくなった。
 このまま大通りを歩いていると、更に無数の出会いに引っかかりそうだ。自分は、特に傷つかないし、悲しくもないけれど、毎度毎度あの少女のような顔をされるのも忍びない。
 僕は、すぐに目に付いた路地裏に自分の身体を滑り込ませた。無心に進みながら、何故か後ろを振り返る。
 誰も、こちらを見てはいないことを確認して、僕は安堵の息を吐いた。
 人と関わるのは、緊張する。だから、これで良い。振り向いたのは、いつも通りの孤独を感じて安心するためだ。
 決して、あの少女が追いかけてくることを期待していたわけではない。
 僕はゆっくりと前を向いて、再び歩き出す。一度目をつぶって、もう一度開いた。それで、目に焼きついた少女の顔はもう思い出さないことにした。
 
 人気のないところを探し当てる技量だけは、人知れず上達していようだ。喧騒を避け続けている内に、いつの間にか町を見下ろす高台にやって来ていた。
 眼下に広がる町の様子を眺めて、僕は思わず息を飲んでしまう。人が泊まる建物と、精霊が泊まるミニチュアのような建物が共に並んだ姿は、まるでモザイク画のような美しさだった。さらに、町の外周を滝のような結界が包み込み、魔法の粒子が淡く輝きながら霧のように漂い、消えていく。
 おとぎ話の中に、迷い込んだようにすら感じる風景。本当に素晴らしいものを見た時に、言葉を失うというのはどうやら本当らしい。遠くから眺める限り、町の喧騒も聞こえず、パートナーを探し求める視線も、感じられない。ただただ静かで、雄大な景色がそこにあるだけだ。
 僕は、久しぶりに解放された気分で、町の様子を見つめ続けた。
 どれくらい時間が経った後だろう。僕の耳は、不意に響き出した歌声に反応した。僕の立つ場所から、ほんの少し登ったところから聞こえてくる。
 景色に見惚れていて気付かなかったが、高台の頂上には弧を描いたような大樹と、その側に小さな小屋があった、歌声は、大樹の根元から下りてくる。僕は、視線をそちらに向けた。
 精霊の少女が一人、そこにいた。張り出した大樹の根に、ちょこんと座り、歌っている。ドレスや、髪に織り込む布やリボンも身に付けていない。栗色の長い髪は自然のままで、衣服は清楚な白のワンピースだけだ。素朴な可愛らしさ、とでも言えば良いだろうか。
 少女が歌っていたのは、僕も聞いたことがある恋の歌だった。ずっと想い続けてきた人と、結ばれる幸せな恋の歌。
 しかし、物憂げな彼女の口から漏れる音に、幸せな響きは微塵もない。恋の実る歌は、歌詞も、音も変わらないのに、ものの見事に悲恋の歌になっていた。
 寂しさと、少しばかりの皮肉が混じったような彼女の想いが僕だけに届く。同類は、同類の気配を不思議と感じ取るものだ。
 この娘、僕に似ているな。
 それは、懐かしさにも似た確信。僕は、引き寄せられるように彼女に近付いた。僕の姿が見えたのか、少女は歌うのを止める。互いに互いを認識したものの、敢えて目は合わせなかった。
 遠回しに相手を観察する仕草も、僕とそっくりだ。
 僕は、ある程度まで近付くとそっとその場に座り込んだ。少し声を張って、聞こえるか聞こえないかくらいの距離だ。
「葬式の歌かと、思ったよ」
 挨拶や自己紹介は抜きで、僕は歌の感想を伝える。そちらの方が、よほど自分の性格が相手に伝わると思った。僕と似ているなら、察する能力にも長けているだろう。
「わざと、そう歌っていたのです」
 少しの間の後に、棘のある返事が来る。捻くれ者同士らしい、短い言葉の応酬だった。僕は、それだけで満足する。
「だろうね、悪くない」
 僕の言葉に、少女は答えなかった。こちらから表情は見えないが、怒っているわけではなさそうだ。それきり、会話は途切れた。
 冷気を伴った爽やかな風が、吹き抜ける。少女の栗色の髪が、ゆっくりと風に揺れるのを眺めながら僕は仰向けに寝転んだ。
 どうして、こんなところに一人でいるのか。尋ねる必要を感じなかった。理由はどうあれ、精霊契約の初日に孤独であることを選ぶのだから、一人ぼっちなのだ。
 寂しい奴。そう思ったものの、自分も同じことに気付き、僕はまた苦笑する。向こうも同じ様なことを考えているだろう。
 ともあれ、余計なことを聞かないのも、聞かれないのも心地が良かった。
 少女から町の風景に視線を移し、僕は無言のままのんびりと時を過ごすことに決めた。近過ぎず、遠過ぎない距離を保ったまま、時間だけが過ぎていく。
穏やかな時の中で、僕の意識は自然とまどろみの中へ落ちていった。

「起こしてくれれば良いのに」
 すっかり日の暮れた町の中、宿泊のために一階部分を借りた建物に僕は戻ってきていた。
部屋の中で、誰もいないのを良いことに、盛大にくしゃみをする。
「寒い、寒い」
 上着を一枚着込んで、僕はまずマッチの火を灯す。照明に火を点けて、その後、まだ燃えているマッチを暖炉の方に移した。椅子に腰掛けて待っていると、しばらくしてようやく部屋に暖かさが戻った。
 一ヶ月過ごすこともあって、家具などは最初からほとんど揃っている。後は、自分に必要なものを決まった量だけ、持ち込むことができた。管理者、と呼ばれる町の保全を任された人々の手を借りて、それを行うのがここのルールだ。その他、生活に要るものは町の市場で、これも商売を特別に許可された人々から購入する。
 買っておいた食材で、簡単に食事をとり、とりあえず一息吐く。一人でいることを選択しているのだが、自分で何でもやらなければいけないというところが面倒なところだ。
 いつもなら本を片手に暇を潰しているところなのだが、あの少女のことを僕は思い浮かべてみる。
 少々眠りすぎた昼寝から、僕が目覚めた時には彼女はもういなかった。小さな小屋に灯りが点いていたので、おそらくはあの高台に泊まっているのだろう。
 近くにいたのなら起こして欲しかったな、と思う。薄着で、腹を晒して寝ていたせいで鼻水が止まらない。シャルールの夜が、こんなに冷え込むとは知らなかった。
 逆の立場だったら、一声くらいかける……いや、かけないかもしれない。起きないと分かったら、頬くらいには触って……。
 妄想終了。
 まあ、迷うくらいはしただろうな、と僕は想像する。それでも、自分から踏み越えるにはまだ相手を知らなさ過ぎる。孤独を愛する同志なら、警戒することに関しても、人一倍敏感なはずだ。
 初対面の相手に、声をかけるのは勇気がいる。一人ぼっちなら尚更だ。だから、彼女の気持ちがよく分かった。
 彼女、か。名前は何というのだろう。僕は、天井を見上げる。明日、またあそこに行ってみるか。いなかったら、いなかったで、きっと傷つかない。こちらが勝手に、親近感を覚えていただけの話しだ。
 悪い予想とは別に、明日、高台に行く自分の姿を思い浮かべてみた。不思議と、悪い気はしなかった。

 落ち着かない朝を何とか消化して、昨日と同じ時間に僕は高台に出かけた。 出会いを避けて、人目につかないように進んでいく道筋は既に出来上がっている。大樹を仰ぎ見ながら登っていく、僕の心臓が早鐘を打っていた。運動に慣れていないせいでこうなっているのであって、決してあの娘がいることを期待なんかはしていない。
 もう、全然、期待なんかはしていない。九割くらいは諦めている。
 俯いて呟きながら大樹に近付いていくと、その声が聞こえた。
 歌、だった。
 子供達が世界の平和と、明るい未来を願う、定番の童謡。僕も、小さい頃によく歌っていた有名な歌だ。それなのに、何故、彼女が歌うと終末の歌に聞こえるのだろう。あまりの悲壮感に、涙が出てきそうだ。狙ってやっているということだから、相当に捻くれた性格に違いない。
 相手の視界に入るように、僕は近付いた。少女はすぐに気付いて、歌を止める。初めて、正面から視線が交わった。気恥ずかしくて、お互いに目を逸らしてしまう。
 睫毛長い、肌白い、可愛らし……。
 邪念が心に浮かんだのですぐにそれを消去した。
 昨日と同じ位置に陣取って、僕は鞄に入れてきた本を読み始める。ここにいても良い理由をわざわざつくってくるあたり、僕も彼女に負けずに捻くれている。少女の方に視線を向けると、彼女も手元に刺繍のようなものを用意していた。
 考えることは、同じらしい。
 特にそれで会話が始まるわけでもなく、昨日と同じように、無言の時間が続いた。決して重苦しくはない、むしろ心地が良い時間。風が頬を撫でるのに任せ、時間だけが静かに流れていく。けれど、一人ではない。
「名前、何て言うの?」
 そろそろ良いかと思い、僕は口を開く。自分でも恥ずかしくなるくらい緊張した声だった。かなり長く待たされた後で、答えが返ってきた。
「ルーチェ」
 ルーチェ、か。好きな料理を味わって食べるように、僕はその名前を心の中で反復させる。
名前を知るのに一日かけただけあって、少し感慨深い。
「人が名乗ったら、自分も名乗るものです」
 僕が返答を忘れている気配を察したのか、拗ねたような声が追撃してきた。
「クラウス。クラウス・リンゲン」
 返事をしたものの、またしばらくの間が空く。僕と同じ様に、ルーチェもようやく知った名前を心の中で復唱しているのだろう。
「良いとこの、お坊ちゃまみたいな名前なのです」
 たっぷり待たせた後で、皮肉が返ってきた。わざと、相手が嫌がるようなことを言って、出方を窺うのも僕と似ている。だから僕も、皮肉で返した。
「ルーチェも、言い辛い名前だよね」
 ルーチェはわざとらしく僕に背を向けた。反応こそ怒っている人のそれだが、そんなに怒ってはいないだろうと僕は思った。本当に気に障ったのなら、この場を去るか、もっと刺すような空気を発するものだ。
「?」
 ルーチェが背を向けたことで、僕は昨日と違うところを見つけてしまった。昨日は自然のまま肩に零れていた栗色の髪の一部が、今日は白いリボンで結ってある。そういえば、今日着ている服も昨日と比べればどことなく意匠が多めな気もする。
 ひょっとして、僕が来るから? いや、まさか。
 ナルシストになる気はないので、下手な空想を僕は処理する。またここで会えただけでも僥倖というもの、余計な期待や想像は、身を滅ぼすだけだ。 
 今日は、名前だけで良いかな。
 そう思った通りに、それからの時間で再びルーチェと言葉が交わされることはなかった。
 相手の名前を互いに手に入れただけだが、一日の成果としてはそれで充分だ。いやむしろ、自己紹介ができただけ、進歩しているのかもしれない。
 何か美味いものでも、買って帰ろう。
 一人でお祝いする気満々で、僕は帰宅後のことを考え始めた。

 持ってきた本を読むのに飽きて、僕は隣に視線を向けた。今日もルーチェは、黙々と刺繍に励んでいる。初日は小さかった文様も、今や大輪の花を咲かせていた。
 新しい暇潰しを探さないと、いけないかな。お互いに。
 僕はそう思いながら視線を上げ、ルーチェの青い髪留めを見る。七日連続で髪飾りが変わっているのは、どうやら気のせいではないようだ。
 一週巡って、もう八日目か。
 律儀に数えていた自分に苦笑しつつ、とりあえずここまで手に入れたルーチェについての情報を整理してみる。
 幸せな歌を不幸に歌うのが、得意。名は、ルーチェ。意外に身長を気にしている。趣味は、刺繍(一人でも楽しめるという点で、僕の読書と同じだ)。紅茶とコーヒーでは、紅茶派(苦いのは今までの人生だけで充分ということらしい、よく分かる)。犬と猫では、猫派(自由を愛する精神に、共感)。朝が弱い(精霊に低血圧というものがあるのか、要検証)。
 一日に一つ、七日でしめて七つ。それが、この一週間の成果だ。女の子について、こんなに多くの情報を手に入れた自分を、褒めてやりたい。とはいえ、情報はあくまでも情報でしかない。活用して、実行しなければ何の意味もないのだ。
 さて、どう次の行動に繋げていけば良いのだろう。
 心地良いことには変わりないので、ここに来ることは僕の中で決定している。後は、やはり新しい理由づくりだ。これでも魔法使いの端くれなので、魔法の練習と言うのが合理的なように思える。
 そこまで考えて、僕は深く溜め息を吐いた。
 他人に晒すような能力が、僕にはない。最底辺の魔法力を見せ付けることに、何の意味もない。むしろ、隠しておきたい。というわけで、却下。
 ごろりと横になって、僕は卑屈に微笑んだ。
 何をこんなに必死になっているのだろう。一月経てば、無くなってしまう場所と関係に何を求めているのだろう。
僕らしくないな、そう思った。
 思った瞬間、自然と彼女を見てしまった。同時に、彼女も首を傾けてこちらを見つめてきた。視線が、ばっちりと合う。
 互いに、ぎょっとした顔をした。似た者同士、思考が行き着く先も、反応も似通っている。そのことが分かって、何故か安心した。ほっと一息吐く間に、珍しくルーチェの方から僕に声をかけてきた。
「どっ、どこにしゅんで」
 噛んだ上に、声が裏返っている。慣れないことはするものではないな、と僕は自分の失敗例を見る気分で、ルーチェを見つめた。当のルーチェはわざと大きく咳払いをして、言い直そうと口を開く。横顔が、紅潮していた。
「どこに、住んで……いる、のですか?」
 何を聞かれたのか、理解するのに十秒。答えを考えるのに、二十秒ほどかかる。その間、ルーチェが何度もこちらの様子を確認するのが分かった。
 ああ、つまり。これが、ルーチェの導き出した新しい理由らしい。
「えっと、オニキス通りの四番地、六十。黄昏館の一階」
 理由づくりに苦戦していた僕は、特に拒否する理由も見つからなかったので正直に答えた。他人に住所を教えるのは久しぶりなので、少し感動する。
 余韻を味わっていると、またルーチェの方から話しかけてきた。今度は、言葉と一緒に紙飛行機が僕の方に飛んできた。
「間違えるといけないので、そこに住所を書くのです」
 紙飛行機は放物線を描いて、良い具合に僕の手元に着地する。中には、きちんと小さな鉛筆が差し込まれていた。なるほど、紙飛行機を開けば立派なメモ用紙になる。
 間違えることもないと思うけど。僕はそう考えながら、丁寧に宿泊先を記していく。栄光ある孤立を選んだ者は、他人の発言にも敏感だ。聞いていないようで、一言一句正確に記憶している。だから、僕が答えた時点で理由づくりは完了しているのだ。
「返すよ」
 書き終えた紙片を、僕はルーチェの元に折り返した。大事なものを迎えるように、ルーチェは両手で紙飛行機を受け取ると、わざわざ中身を確認した。
「無駄に、綺麗な字なのです」
「無駄っていうのは、心外だな」
 理由づくりが完了しているのに、それは続けられる。
「じゃあ、君はどんな字を書くの?」
 少し待たされた後で、別の紙飛行機が飛んできた。今度は僕が、その中身を確認する。
「意外に、女の子らしい字だね」
「褒めているのか、貶しているのか分からないのです」
 手渡せば楽な距離を、紙飛行機が行き交う。手渡せるほど近付くには、まだ気が引けるから。それでも、その距離感が僕には気持ちが良かった。
 捻くれた言葉の応酬をしながら、僕は心の中で満足気に呟く。
 今日の成果は一つ。
 ルーチェとの、長い会話が成立しました。

 翌日、時刻は昼過ぎ。いつもなら、僕がルーチェのところに出向いている時間だ。僕は、欠伸をしながら洗濯物を干していた。二階部分のベランダは、共用の物干し場になっている。
「眠い」
 独り言で言ってしまうほど、眠い。理由は、昨日の夜になかなか寝付けなかったからだ。
全ての原因は、昨日の去り際、ルーチェが放った『じゃあ、またね』という一言にある。
 またこの場所で、なのか。また明日、あなたの家で、なのか。確認をしないまま別れてしまったため、無駄に悩むことになってしまったのだ。
 宿泊先を尋ねたのだから、ルーチェはこちらに来るつもりなのだろう。けれど、それが何時なのかがはっきりしないのだ。気持ちを読み合って、いつまでも相手を待つはめになるのも、行き違いになるのも避けたい。
 変に続いているルーチェとの関係は、絶妙な均衡の上に成立している。自分に似ている相手への興味、それが二人を繋げている細い線だ。何かで食い違えば、容易く切れてしまう。
それっきり永遠に終わるのは、不本意だ。
「ふう」
 頭を冷やそうと、僕は欄干にもたれかかった。高台ほどではないが、良い風が通り抜けていく。
 他人のことでこんなに悩むのは、久しぶりだ。いつもは諦めて、心から切り捨てるのに。ルーチェだけは、何故か気になる。
 張り出した根に、一人で物憂げに座っているルーチェの姿が心から離れない。訪ねてくれる人も、精霊もなく、ただ綺麗な栗色の髪を風に揺らす、その切なさが。
 彼女を通して、僕は、僕を見ているのかもしれない。彼女との細い線を守ることで、僕は、僕を見ようとしているのかもしれない。
 祈るような気持ちで、視線を眼下の通りに移す。
 心臓が、跳ねた。
 周囲の人混みに消えてしまいそうな、小さな姿。けれど、僕の目だけはその栗色を見失わない。
 ルーチェ、だった。
「…………」
 ルーチェはきょろきょろと周囲を確認しながら、怯えたように人混みを避けて近付いてくる。見るからに、怪しかった。僕も、ルーチェのところに行く時にあんな感じなのかもしれない。他人の振り見て、我が振り直せ。今後は、注意しよう。
 時間をかけて、なんとか僕のいる館前まで辿り着くと、ルーチェは昨日渡したメモ用紙を取り出して慎重に住所を確認する。そして、館全体を見ようと視線を上げた。
 気付くかな、と僕は思ったが、どうやら人間との身長差のせいで二階部分までは視界に入らなかったようだ。僕に気付かないまま、ルーチェは僕の部屋の扉を叩こうと手を伸ばした。そこで、彼女の手が止まる。口をきつく結んで、落ち着かない様子で足踏みした後、意を決したように扉に耳を当てた。物音がしないので不安になったのか、ルーチェは窓の下まで移動すると、ぎりぎりまで背伸びをして中の様子を確認しようとする。
 このまま様子を見ていたい気分だが、これ以上放置しておくと本当に不審者扱いされかねない。僕は、外階段を降りて、ルーチェに声をかけた。
「盗み聞きと、覗き見はおすすめしないよ」
 僕の方を見て表情を和らげたのも束の間、ルーチェは耳まで真っ赤にして僕に詰め寄った。
「覗き見はそっちも同じなのです! 見ていたのなら、早く声をかけるのです!」
「かけるつもりでいたけど、あまりに挙動不審だから」
「紳士たる者、レディーに恥をかかせないように振舞うべきです!この借りは必ず、返してもらうので、覚えておくのです!」
 僕は、困ったように笑いながら扉を開く。記憶力が良いから、本当に借りを返すまで覚えているはずだ。そこまで考えて、気付いてしまう。これも関係を続ける理由づくり、ではないだろうか。催促するという名目で、家を訪れても不自然ではない。
 純粋に怒った顔をして、なかなか計算高いようだ。
 そんな知的な緻密さが好ましい。ルーチェではない誰かだったら、即疑惑の目を向けるところだけれど。
「どうぞ」
 そろそろ周りの目が気になってきたので、僕はルーチェに入室を勧める。その空気を察したのか、ルーチェは素直に頷いて、歩き出した。彼女の後ろに続いて、僕も部屋に入り、扉を閉める。
 ルーチェの口から、感嘆の声が漏れ聞こえた。
 そんなに素晴らしいものがあったのか、と自室を見渡してみるものの、僕に感動は訪れない。いつも通りの、ありふれた光景がそこにあるだけだ。
 見方の違い、か。
 ミニチュアサイズが普通のルーチェにとって、僕の部屋は全てが一回り大きく、新鮮に見えるはずだ。それを証明するように、彼女は瞳を輝かせながら控え目に室内を観賞している。中でも、無造作に本が並べてある本棚にルーチェは興味を示した。
「気になる?」
 僕の問いに、彼女は頷いた。少しの間の後、こちらを見て、恥ずかしそうに口を開く。
「どの本を、読んでいたのですか?」
 僕は、頬が緩むのを何とか留めた。ルーチェの問いが、一週間越しの問いだったからだ。高台で、黙々と読書を続ける僕を見ながら、彼女はずっと気になっていたようだ。
 一体、何の本を読んでいるのだろう、と。
 他人が自分の行動を気にかけているというのは、重荷でしかないと思っていたけれど。
「これかな」
 僕は彼女に近付くと、本棚から一冊を抜き出して、手渡した。小さな手が、しっかりとそれを受け止める。手渡せるほど近付いた、そう感じた瞬間に、ルーチェは恥ずかしいのか僕から距離を取って、来客用の椅子に向かった。
 一週間で、そうそう距離が縮まるはずもないか。
 僕は頭を掻きながら、机を挟んで彼女の反対側の椅子に腰掛けた。ルーチェは椅子に座り、膝の上に本を置いて既に読書の時間に入っている。
 その様子を横目で見ながら、僕は少し前に沸かしておいた湯を茶葉の入ったティーポットに注ぐ。残った湯を、カップに入れて陶器を温め、しばらく待った。
 紅茶の放つ、良い匂いが室内に流れていく。カップの湯を捨て、紅茶そのものを注ぐと、さらに香りが強くなった。
 邪魔しないように、ルーチェの手元にカップを置いて、僕も読書に入る。いつも通りの、沈黙。いつも通りの、距離感。
 これで、良い。
「悪くないのです」
 紅茶に口をつけたルーチェが、楽しげに呟くのを聞いて、僕もそう思った。
 
「何でタイトルが『絶望のレクイエム』なのに、中身が清々しい恋愛小説なのですか!」
 ルーチェが、僕の部屋に来るようになってから四日目。扉を開けるなり、彼女は猛然と僕の方に向かってきた。今日は、花柄の髪留めをして、後ろにリボンの付いたワンピースを着ている。威勢よく来たにしては、どことなくふらふらしていて、目の下が黒い。
 椅子に座ると、昨日借りた本をルーチェは卓上に置いた。
「タイトル詐欺だよね、この町で買ったやつだけど、僕も騙されたよ」
 そうでなければ、恋愛小説など買ったりはしない。既に用意していた紅茶のカップを、彼女と自分の側に置きながら、僕は苦笑した。
「絶望のレクイエムという曲は、最初の音楽会で主人公とヒロインが出会うきっかけの時しか登場しないです! 伏線でも何でもないのです!」
「悲惨な最期を願ってラストまで読んだのに、物凄く幸せに完結して、逆にこっちが絶望を感じるよね」
「その通りです」
 ルーチェが読書を始めてから必ず、まずは読んだ本の感想で会話をするようになった。読書は一人で楽しめる趣味と思っていたものの、案外、他人と同じ本について話すのも心地が良いものだ。
 ただし、捻くれ者同士なので、感想も捻くれているけれど。
「そもそも、何でこのヒロインは主人公の男と出会った初日から、食事を一緒にし、悩み事を早速口にしているのですか。警戒心が足りないのです。お馬鹿過ぎるのです」
「だよね。その悩み事を真剣に受け止めて、恋愛感情にまで発展させた主人公も修正不能なほどに馬鹿だと思う」
「というか、このヒロインはいちいち主人公の前で泣き過ぎです。本当に辛い時は、涙も出ないのです。自分の部屋で人知れずに、声を押し殺して呻くのです」
「それで、その内、そうしている自分を冷めて見ている自分に気付くんだよね」
「……」
「……」
「それって、実体験なのですか?」
「…………人生って苦いよね」
 盛り上がるのは中盤までで、最後はいつも互いの傷を抉って終わるのが難点なのだけれど。その分、割と自然に無言タイムに入るので読書はし易くなる。
 読みかけの本を開こうとして、僕はいつの間にか卓上に、可愛らしい焼き菓子があることに気付いた。紙包みの上にあるそれは、ルーチェサイズのものと、大きめの人間サイズのものが二つずつ、きちんと並べられていた。
 僕は顔を上げて、ルーチェを見る。本で顔を隠されて、表情は見えなかった。読書を始めながら少し待って、僕は菓子を手に取り、口に運んだ。
 甘さは控えめ、紅茶と合うように考えて作られている。
 口元が緩むのを僕は、感じた。良いものを食べた時、誰だって表情が柔らかくなるものだ。
 敢えて、確認はしなかったけれども、隠した本の向こうで、ルーチェが微笑んだ気がした。

「どうしたものかなあ」
 夕暮れの時刻を過ぎ、部屋に灯りをつけながら、僕は困ったように呟いた。 いつもなら、とっくの昔に帰っているはずの小さな存在が、まだそこにあった。
 すぅすぅ、と静かな寝息をたてて、ルーチェは椅子の上で熟睡していた。最初は腰掛けていた姿勢も崩れて、今は猫のように丸まって眠っている。小さな精霊だから、椅子の上でも充分に身体を横たえられるようだ。
 ティーカップと本を片付けながら、僕はルーチェを観察した。
 起こして帰らせるのが最善だと分かっていても、無理矢理起こすには忍びないほど気持ち良さそうな寝顔だ。
「仕方ないな」
 遅くなるかもしれないが、自然に起きるのを待つことにした。
 調理をするとその音で目覚めさせてしまいそうで、僕は、買っておいたパンに適当に具材を挟んで夕食を済ます。
 静かにいつもの場所に座りながら、ふう、と一息吐いた。
 本当は、ルーチェが来た時から気付いていた。彼女が、眠そうな理由に。
 貸した本は、どれも分量があるものだ。読むにもそれなりに時間がかかる。 僕の推測でしかないけれど、ルーチェは睡眠時間を削ってまで借りた本を読んでいたのではないだろうか。
 焼き菓子をどのタイミングでつくったのかは分からない。しかし、もし今日の午前中につくったのだとすれば、その時間に本の残りを読むことはきっとない。調理の片手間に読書をして、他人から借りた本を汚すかもしれない危険を冒すはずがないから。
 だとすれば、やはり夜の時間を削るしかない。
 何のために?
「ふう」
 もう一度溜め息を吐く。
 決まっている。話題をつくるために。今後も本を借りて良い理由をつくるために。関係を続けていくために。
「馬鹿はどっちだ」
 無理をさせてしまったことに、嬉しさよりも苦い思いがこみ上げてくる。無理をしないと一緒にいられない関係なら、いらない。それは、お互いに辛いだけだ。
 隣にいても楽。それが、二人の距離感だったのに。ルーチェとの関係も、変わってしまうのだろうか。せっかく続けてきたのに?
 考え事をしている内に、いつの間にか暗くなった窓の外に気付き、冷たくなった室内に身震いした。思考を一旦打ち切って、暖炉に火を灯す。もう、寝ても良い時間だ。
 ルーチェは、一向に起きる気配がない。
 僕は、洗濯してあった毛布を持ってくると、そっとルーチェにかけた。その後、自分の寝台側の灯りだけを消して、ベッドに倒れこんだ。
 明日、とんでもないことになりそうな気もするが、もう良い。だって、起きないし。
 そこまで考えて、ルーチェが熟睡してしまった原因に思考が回帰する。
 ぐしゃぐしゃ、と頭を掻いて、僕はルーチェに背を向けて目を閉じた。すぐに睡魔が襲ってきて、意識が混濁する。
 言い争う二人。駆け寄る僕。閃光に飲み込まれる二人。吹き飛ばされる僕。目覚めた後、最初に見た病院の冷たい天井。
 かつての光景。
 いつもと同じ、悪夢の始まりだった。

 苦痛から早く解放されたくて、目を開ける。朝陽に照らされた木の天井を見て、僕はベッドの中で深く息を吐いた。半身だけ身を起こして、頭を押さえる。
 最悪な気分がするのは毎度のことながら、今日は特に頭痛がした。自分が思った以上に、疲れていたのかもしれない。
 嫌な汗を洗い流そうと、ベッドからふらっと立ち上がったところで目が合った。
「あ」
「ぅ」
 心配そうにこちらを見ていたルーチェは、変な声をあげて視線を逸らした。 一呼吸おいて僕は、とりあえず炊事場に向かう。落ち着くために、水瓶を手に取った。
 良い感じに冷えた水で顔を洗いながら、ルーチェをそのままにしておいたことを思い出した。
 帰らなかったのか、まずそう思った。朝が弱い、と言っていたわりに僕を見た時の反応が良かったので、ついさっき起床したわけではなさそうだ。それなら、起きた時点で、僕を置いて帰っても良かったのに。
 十回ほど、繰り返して顔を洗う。まずい、振り向けない。ルーチェが、どんな表情をしていても対応しきれる自信がない。
 もう一度、手で水をすくった刹那、ルーチェが息を吸う音が聞こえた。そして。
「かっ、勘違いしないで欲しいのです! 二時間前に起きたので、いつでも帰れましたけど、鍵をしないまま帰ってしまったら、危ないと思ったから残ったのです。防犯上、仕方なく、常識的に考えて、残ったのですから、そこら辺よく弁えておいて欲しいのです! むしろ、二時間、この家を守っていたことを褒めて欲しいくらいなのです! 正当な報酬として、朝食をサービスすることを最後に、希望するのです!」
 冷たい空気を切り裂いたルーチェの怒涛の説明に気圧されて、僕は振り返った。
「……」
「……」
 膨れっ面をして、横顔を向けたルーチェと目がまた合う。
「っぷ」
 耐え切れずに僕は、声を押し殺して、笑った。
「くくっ……ふっ……ぅくくっ!!」
「何で笑うのですか! しっ、失礼なのです!」
「いや、だって」
 ルーチェにしては、長い台詞。きっと二時間前に目覚めてしまった時から、ずっと考えて、こう言おうと用意していたに違いない。それが何故か、可愛らしくて、可笑しかった。
 そして、笑いながら、僕は気付く。
 ああ、そうか。ルーチェは何事にも一生懸命だ、と。
 無理をしているように見えるけれど、理由づくりも、話題づくりも、お菓子づくりも、読書も。ルーチェは、やろうと思ったことは一生懸命やるのだ。
「ふっくくっ……タオル、ここに新しいのがあるから使って良いよ。顔、洗うでしょ?」
 林檎のように真っ赤になって、憤慨する彼女に僕は声をかける。勝手に悩んで、勝手に解決してしまった。それでも少し、心が楽になった。
 ルーチェのために椅子と足台を炊事場に寄せ、暖炉に向かった。黒くなっていない薪の燃え残りに再度、火を点けて、水を入れた鉄瓶を側に置いておく。朝の、紅茶を飲む分の熱湯はこれで充分だろう。
 要望通り、朝食の準備をしようと炊事場に戻ると、ちょうどルーチェが長めの洗顔を終えたところだった。昨日していた髪留めは外され、元々持っていたのか、黒いリング状の髪留めで後ろを結ってある。
 僕がじっと見ているのに気付いて、ルーチェが小首を傾げた。
「髪留め、毎日違うよね? 好きなの?」
 下手な言い訳は見抜かれそうなので、思っていたことを素直に口にしてみた。途端に、ルーチェがぶるぶると震え出す。
「きっ」
「き?」
「気付いていたなら、早く言うのですっ! このお馬鹿ぁっっ!!」
 ルーチェの叫び声が、部屋中に響き渡った。

「……そろそろ許してくれない?」
 帰り支度を整えて、最後に借りていく本を選んでいるルーチェに僕は、話しかけた。朝御飯の準備から食事の時まで、馬鹿、鈍感、と罵られ、少し落ち着いたティータイムの後は、延々と小言を聞かされた。
 一晩、共に過ごしたことより、髪留めの変化を指摘しなかったことを責められる。どうも、女の子の反応というものは、分からない。
「別に、もう怒ってないのです。それより、今後、女の子がいつもと何か違うことをしたらきちんと言ってあげるのです」
「肝に銘じておくよ」
「こっ、これは、後学のために言っているのであって、私がして欲しいわけではないのです。そこのところ分かっておくのです」
 本を抜き出しながら、ルーチェはこちらの様子を確認する。また笑いそうになるのを堪えながら、僕は頷いた。
 少し不満そうな顔をしながら、ルーチェは本を鞄にしまう。
「早起きして眠いので、今日はもう帰るのです。午後は来ないつもりなので、よろしく」
 扉に向かうために背を向けたルーチェの後ろで、僕は表情を曇らせた。
 早起きして眠い、か。寝不足で眠い、とは言わずに。気にするには、微妙な言葉の違い。
 それでも、気付いてしまったからには何か言い残したい。
「本」
 声を出した自分に驚いた。今までなら、黙ったままだったはずだ。扉を開けたルーチェが振り返ってくれた。
「本、一日で読めなくても良いから……無理、しないで」
「…………」
 余計な一言、だったろうか。
 真意を確かめるように、ルーチェの瞳が僕を見つめる。久しぶりに返答を待たされた後、彼女の唇が動いた。
「好きで読んでいるので、無理してないのです」 
 拗ねた口調に、拗ねた仕草。とても、彼女らしい。
「そっか」
「そうなのです」
 自然と穏やかになった僕の表情を見て取ると、ルーチェはわざとらしく背を向ける。そして扉を閉じながら一言、言い残した。
「でっ、でもまあ、そこまで言うなら適度に時間をかけて読むようにするのです!」
 ルーチェの宣言に僕は、微笑む。すると言ったら、彼女はそうするだろう。こちらの気持ちは、伝わったようだ。
 ぱたぱた、と走り去る音が扉越しに聞こえた。
 午後、来ない分、しっかりと睡眠をとって欲しいものだ。余計な気を回さなくても、あの様子では家に帰るなり陥落するだろうけれど。
「午後、来ないのか」
 確認するために僕は、呟く。呟いてみて、つまらないと感じている自分に気付いた。一人でいることの方が、普通だったのに。いつから、ルーチェがいることの方が普通になったのだろう。
 嬉しいような、心苦しいような、そんな気分。どちらかと言えば、悪くはない。だからこそ、僕の視線は、壁にかかっていたカレンダーに向いた。
 後、二週間。それが、この町にいられる猶予。ルーチェと、静かに時間を過ごせる残り時間。焦ったところで、覆すことのできない絶対の期限。
 足りない。ここまで近付くのに、二週間かかったのに。それ以上、進むのにどれだけかかるのだろう。
 深い溜め息を吐いて、僕は自嘲した。
 いや、本当は分かっている。どうすれば、二週間の期限を越えられるかを。そもそも、それがこの町に来る者の本来の目的だ。
「精霊契約」
 口にした瞬間、気分が悪くなった。悪夢と同じ、過去の出来事が脳裏に甦る。あれは、教訓だ。精霊契約は軽い気持ちや、その場の感情で、決して結んではならない。
 呪いのように刻まれた傷。褪せることなく甦る記憶。
 一人の部屋で、僕は頭を抱えて俯いた。

 夕暮れ時とあって、市場は活気に満ちていた。午後はルーチェが来なかったので、いつもより早めに僕は大通りで買い物をしている。
 店舗の外にまで出てきて、客引きをしている商人たちを僕は眺めた。
 普通に商売をしているように見えるが、厳しい審査を通過しなければこの狭間の町で商業活動をすることはできない。魔法師協会と商業組合、そして精霊側の代表者。この三者それぞれが行う試験と面接を通る必要がある。コネや、保有資産、有力者の後ろ盾。そういうものが意味をなさないような仕組みになっていて、専ら人格的な面が問われる。そういう審査を経て選ばれる商人は、まともで、良心的な、人間と言えるだろう。
 それにも関わらず、この町では商人による精霊の誘拐や拉致事件が後を絶たない。九割九分は発覚するものの、不幸にも手遅れになる事案がないわけでもない。結界の外では連れ出された精霊をさらに捕らえようと、不審な連中が夜な夜な町の周囲を徘徊しているらしい。
 精霊契約という明るい祭事の、影の部分だ。世界は、皆が思っているほど優しくはない。
「ふぅ」
 僕は、一息吐いた。暗い気分の時は、思考まで暗くなる。必要な物を買ったら、さっさと帰ろうと顔を上げたところで、見つけてしまった。
 ルーチェ、だ。
 通りの隅で、横顔を向けて俯いている。こちらには、気付いていない。彼女の目の前には、同じ精霊の少女が三人、立ちはだかっていた。
 知り合い、か。それにしても、空気が悪い。
 気付かれないように、そっと声が聞こえる位置まで移動した。近くの出店の商品を適当に手に取って、聞き耳をたてる。話しかけるな、と視線で制したので、客引きの店員も無視を決め込んで近寄ってこない。
 ルーチェの前にいる三人は、どの娘も豪奢な衣服と装飾を見に付けていた。中央にいる銀髪で、いかにもお嬢様といった感じの少女がリーダーで、残りの二人は取り巻きといった具合だろう。
「あら、まだこの町にいたなんてびっくりだわ。優れた能力をお持ちのようでしたから、契約者を見つけて、さっさと出て行かれたと思っていたのに。まあ、いなくなっても気付かなかったでしょうけど」
 銀髪の少女の言葉に、取り巻きの耳に障る笑い声が添えられる。ルーチェは黙ったまま、何も答えない。
「一年前なんて、魔法使いの殿方に随分とお誘いを受けたのでしょう? 羨ましいわ。能力だけは、良いですものね。今年は、どうしているのかしら」
「高台に引きこもっているみたいですよ」
「高みの見物、みたいな? うわぁ、陰険〜」
 ルーチェを前にしながら、誰もルーチェの方を見ない。ルーチェのことを本人の前で話しながら、あくまで三人だけで会話している。仮にルーチェが口を開いたとしても、三人は会話を続けてルーチェの声を無視するだろう。
「そんなことでは、今年も契約者なしのままでしょうね。可哀想に」
「それがぁ、何か魔法使いの男のところに通っているみたいですよ?」
「へえ、誰なのかしら? 教えて欲しいものね。とんだ物好きがいたものだわ」
 ここで姿を現して、文句の一つでも彼女たちに言えれば世間的には好評価なのだろう。けれど、そこまでの胆力は僕にはない。それに、耐えるように黙っているルーチェの考えも読み取れる。
 本人を無視しつつ、聞こえるように嫌味を言う輩には黙っているのが一番なのだ。言い返せば言い返すだけ、反応すればするだけ、拘束時間が長くなる。言わせるだけ言わせておいて、相手の矮小な自尊心を満足させてやれば良い。その内、向こうから興味をなくして立ち去るはずだ。
 三人の立ち話を聞き終わらないまま、僕はそこを離れた。店員が怪訝な顔で睨んでくるが、気にしない。
 頭では、そのまま部屋に帰ろうと考えていたものの、足は高台に向かう道へと歩き出していた。しばらく進んでそのことに気付いたが、僕はそのまま高台の方へと歩いていった。

 見なかったことにしておけば良い。いくら勘の良いルーチェでも流石に、気付かない一件だろう。本当はそれが良い、と心の中では思っている。
 けれど、僕は高台への入り口に立っていた。一本道の階段なので、ここにいれば会えるはずだ。ルーチェはまだ、戻ってきてはいない。
 知られたくはないことだろうな、とも思う。一対一で嫌がらせを受け流している分には、それなりに耐えられるものだけど、それを知人に見られるのはかなり嫌なものだ。
 精霊契約にも来ずに、自宅に潜伏していた期間が数年あったおかげで、幸いにも僕はかつての知り合いと出会わずに済んでいるが、ルーチェは違ったようだ。
 一週間前なら、確実に見ない振りをしていた。けれど、今、僕はここでルーチェを待っている。頭では去るべきだと分かっていても、足がこの場所に僕を引き留める。
 現場では何もしなかったくせに。気遣いだけはしておこうと、思っている。
 これも矮小な自尊心かな。
 苦笑したところで、小さな影が目に入った。
「……」
 ルーチェが驚いた顔で、僕を見上げていた。
 僕が何かを言う前に、ルーチェはそっぽを向いて、階段を上り始めた。尋ねるまでもなく、僕がここにいる意味も、理由も、一瞬でルーチェは悟ったようだ。
 聡い娘、だ。ルーチェなら、あの三人を論破して、逆に泣かすくらいはできただろうに。
 小さな背を追いかけながら、僕も階段を上がっていく。 
 僕を引き離そうとルーチェは早足で進んでいくものの、歩幅が違いすぎて一向に距離は開かない。無言のまま、大樹が見えるところまで来てしまった。
「ルーチェ」
 このままでは家の中に逃げ込まれそうなので、一言呼びかける。
「付いてくるな、です!」
 上りきったルーチェが、振り向いた。怒りの中にいろいろな感情が混ざりこんだ、複雑な表情をしている。いつもとは違う拒絶に、僕は階段の途中で足を止めた。互いの視線が、ぶつかる。
 何も言わないで、そう言われた気がした。痛いくらいにルーチェの気持ちが、分かる。この上、僕から何かを言われて失望したくない。せっかく続けてきた良い関係を壊したくない。そういう想いが、ひしひしと伝わってきた。
 一定の間合いを保ったまま、互いに相手を注視する。立ち合いのような、息苦しさが襲ってきた。
 僕の臆病な部分が、必死に引き返すように囁く。でも、それでも僕は。
「ルーチェ、だい……」
 大丈夫、だよ。そう言い切る前に、ルーチェは耳を塞いで、鋭く叫んだ。
「いやぁっ、来ないで!!」
 ルーチェの右手が発光し、瞬時に眩い光弾が形成される。まずい、と本気で思った。振り抜かれた右手から、光弾が真っ直ぐに僕に襲いかかってきた。夜ということもあって、僕はなけなしの防御壁をなんとか身体の手前に展開させる。
 無理だ、防ぎきれない。
 歯を食いしばった直後、光弾が防御壁を軽々と貫通して、僕に直撃した。炸裂音と共に、殴られたような衝撃が全身を圧迫し、僕の身体を宙に浮かせる。
「くっ」
 まだ階段の途中にいたことが、不運だった。浮き上がった身体は、自然な流れで地面に引き寄せられる。咄嗟に頭をかばったのと、階段に激突するのが同時だった。最初の一回転で強制的に、僕の意識は中断させられた。

 目が開いた。まず、暗い夜空が見える。頬に、ぽたり、ぽたり、と水滴が伝うのを僕は感じた。空を見上げる。雨は、降っていない。
「ごぇんなさぁい……」
 涙声でぐしゃぐしゃになった、ごめんなさい、が聞こえて僕はほっと安堵した。顔を、声のする方に向ける。僕の頭のすぐ側に、ルーチェは座り込んでいた。
「大丈夫…………とは、言い切れないかなあ」
 仰向けになったまま、自分の身体を含めて、周囲を観察する。十数段下の踊り場に、僕は仰向けに寝ていた。全身が痛むものの、身体のあちらこちらに包帯が巻かれている。僕の身体の周囲には、薬品の小瓶や、水の桶、血の付いた布などが散らばっていた。高台の家から、ルーチェがここまで運んできて、手当てをしてくれたのだと分かった。
「ごめんなさい……」
 ルーチェは何度も謝りながら、嗚咽を漏らした。
「ルーチェは、悪くない。誰だって、あれくらいは防げると思うよ」
「……でも」
「防げないくらいの能力だって、言ってなかった僕に非がある」
 普通の、魔法使いだったら、あれくらいの魔法弾は防御できて当然だ。感情が昂ぶっていたとはいえ、ルーチェもそれくらいは計算して、攻撃してきたのだろう。
 けれど、事故によって能力の大半を喪失している僕には、普通の魔法弾を防ぐ力もない。防御壁を展開できたのは、幸いにも今が夜だからだ。元々の魔法能力が、影や闇を操る力なため、僕の力は夜の間だけ少し回復する。そうでなかったら、生身の身体で魔法弾を受けることになっていた。今いる踊り場より、さらに下に転落する事態になっていただろう。
 隠すつもりはなかった。それでも、期せずして、ルーチェに底辺の魔法使いだと知られてしまった。
 互いに互いの、見られたくないところを晒しあう状態に、僕もルーチェも黙ってしまう。
 抱えているものを告白しあって、すぐに仲良くなれるほど、僕たちの対人スキルは高くない。互いに素直な性格ではないし、人の気持ちは簡単には前に進まない。
 高台で出会った、最初の頃のように、無言で長い時間を過ごした。冷たく澄んだ冷気が、髪を揺らし、頬を撫でるのに、身体を任せる。
 瞳から涙が零れた。最初の一滴が頬を伝うと、後から後から流れ落ちてくる。理由は、分からなかった。そういうものだ、と思うことにした。
 声を押し殺していると、横にいるルーチェの肩が震え出した。泣き声は、聞こえない。それでも、何かを隠すようにルーチェは両手で顔を覆った。
 それを確認して、涙を湛えたまま、僕は笑顔を浮かべる。一緒に泣いてくれたことが、ただ嬉しかった。
 熱いものが、さらに込み上げてきた。
 
 ひとしきり泣いた後で、僕はルーチェと向かい合った。その時に、何もかも打ち明けることもできたかもしれない。けれど、すっきりとしたルーチェの表情を見ていると、ここで何かを言うのは蛇足だと思えた。
 怪我のことは心配されたものの、動くことはできたので、一言挨拶を交わして、僕はルーチェと別れた。

 翌日、ルーチェはやって来なかった。恥ずかしい面を見せ合った手前、すぐには顔を合わせ辛かったのかもしれない。仕切り直すための猶予、そう思うことにして、僕はその日は診療所に向かった。
 酷い打撲が一箇所あるものの、折れたり、おかしくしたところはなかった。
 
 次の日、ルーチェはいつも通りにやって来て、いつも通りに振舞った。ただ、突き飛ばしてしまったことをなかったことにするつもりはないらしい。いつもより入念に借りた本を読み込んでいたし、お菓子の量も三倍になっていた。
 お詫びとしては、分かりにくいお詫びだけれど、僕はからかわずにそれを受け入れた。
 それで、元通り。お互いにそのつもり、だったのだけれど。
 ルーチェが帰った後で、僕は机に突っ伏した。
 いつも通りで良いはず。それなのに。後味の悪さだけが残った。ルーチェも僕と、同じ気分だっただろう。気分が悪い理由も、釈然としない理由も、本当は分かっている。
「明日か」
 一度、流れてしまった機会がまたやって来る。僕は、そう感じた。明日、どうするかでルーチェとの関係も変わってくるだろう。良い意味でも、悪い意味でも。
「明日、か」
 突っ伏したまま、カレンダーに視線を向けた。日付だけが正確に、確実に、減っていく。人の気分も察しないで、ただひたすらに削られていく。勝手に進めば良いものを、奴らは不意に僕に突きつけてくるのだ。
 滞在できる残り日数だとか、事故から何年だとか、周囲から隔絶され、一人ぼっちになってからどれくらい時間が過ぎたか、とか。
 取り返せない事実ばかりを、冷酷に示す。
 だから、カレンダーは嫌いだ。
 重い呻き声が、響いた。僕の、呻き声、だった。

 紅茶は、すっかりと冷めていた。ルーチェがやって来てから、小一時間が過ぎようとしている。僕とルーチェ、どちらの手にも本はなかった。
 机を挟んで向かい合ったまま、沈黙している。今日こそは大事なことを話すぞ、というお互いの気迫だけは充分という状態だ。
 ルーチェと視線が合って、僕は不自然に俯いた。これで、五十回目くらいだろうか。
 どう、話しを切り出せば良いのだろう。
 この期に及んでも、綺麗で、格好良い、素敵な打ち明け方を考えている。そんな芸当が自分にできるわけがない、と分かっているのに。
 捻くれ者が、小説の主人公みたいに、他人様を感動させられる告白ができるものか。
 半ば自棄になって、僕は口を開いた。
「ごっごめん。こんな、能力のない魔法使いだって言ってなくて」
「……謝らなくて良いのです。そっ、それを言うなら、私も、能力のある精霊とは言ってなかったのです…………自慢するわけではないですが」
 会話が一度、途切れる。ルーチェの瞳が、僕を捉えた。言おうか、言うまいか、小さな唇が迷ったように動く。迷いに迷った末に、小さいながらも、声が聞こえた。
「見たのです」
 何を? と僕は視線で聞き返す。言い難いのか、少し黙った後、ルーチェは言葉を継いだ。
「朝、うなされていたのです。見ているのが辛いくらいに」
 いつ、とは言われなかったが、記憶力だけは良いので僕はすぐに思い出した。ルーチェが、僕の部屋で一夜を過ごしたあの日のことだろう。そういえば、あの朝、目覚めてルーチェと顔を合わせた時、彼女はひどく心配そうな顔で僕を見ていた。
 寝ている自分の様子は、自分には分からない。けれど、見ているのが辛い、と言わせるくらいなのだから、悪夢を見ている僕の姿は相当に酷かったのだろう。
 そのことを敢えて言う、ルーチェの真意に、僕が気付かない筈はない。
 何があったの? 
 一言の問いかけが、目の前にあった。
 話しを切り出すのに、それ以上の言葉は必要なかった。少し時間をもらった後、僕は事故について話し始めた。

 五年前、十五歳の時までの僕は、今とはまるで違う人物だった。その時の僕は、人懐っこくて、社交的だった。良く言えばお人好しで、あれやこれやと気を回して、人の世話をするのが好きな良い奴だった。そんな僕の周りには、いつも友達がいた。
 それに、持っている能力も並外れて力強く、教師や両親からも将来を期待されていた、と思う。
 事故が起こったのは、そんな順風満帆の時だった。
 魔法学院からの帰り道、僕は道の中央で、言い争いをしている二人を見つけた。三十代くらいの屈強な男と、小さな精霊の少女だった。
 男の方はかなり興奮していて、手当たり次第に少女を罵倒していた。その凄まじさに誰も仲裁に入れず、たまたま通りかかった通行人は皆、かなり遠巻きに様子を眺めていた。
 お人好し、世話焼き、さらに言えば正義感に溢れていた当時の僕が、同じように黙って見ているはずがない。
 何の迷いもなく、僕は、二人の間に割って入った。
 平等に、二人から、話しを聞くつもりだった。しかし、男の目にはそうは映らなかった。怒りの対象である、精霊の少女を僕がかばうように見えたのだろう。
 男は、手がつけられないくらいに激昂した。
 貴様とは一緒にいられない、ふざけるな、俺を見下しやがって。あらゆる悪口が、洪水のように少女に、浴びせられた。それだけなら良かったかもしれない。僕の想像以上に、事態は悪化した。
 契約破棄、だ。こんなもの捨ててやる。
 男が放った一言が、精霊の少女の態度を急変させた。今まで、黙って罵倒に耐えていた少女が、悲痛な面持ちで、それだけは駄目だと男に駆け寄り、足に縋りついていく。
 それが、余計に男の神経を逆撫でした。僕が二人を押し止めつつ周囲に助けを呼びかけ、精霊の少女が必死に男を制止しようとする中、男は狂喜の表情で何かの魔方陣を発動させた。
 その瞬間、魂の底まで凍てつくような絶叫が、少女の口から響き渡った。断末魔の叫びをあげながら、少女の身体は吸い込まれるように、血のように赤い球体に変化する。
 そして、それは何の前触れもなく。
 爆発、した。
 契約、というものは本来、容易に破棄することはできない。人間の世界では、契約の価値が低下して久しいが、魔法の世界では契約の重さは残っていた。
 精霊契約は、その最たるものだろう。大きな力を得る代わりに、破った時の代償も大きい。魔法能力の喪失、身体機能の低下など多くの場合、後遺症に苦しむことになる。正規の儀式を踏んでも、その有様なのだから、無理に破るとどうなるか、魔法使いなら知っているはずだった。
 いや、男はそれすら分かっていて精霊契約を破棄したのかもしれない。強引な契約破棄に伴う、魔力暴走の代償はあまりに大きかった。
 男は僕の目の前で、四散して即死。精霊の少女は、消失。周囲にいた二十名ほどの男女が爆風に巻き込まれ、内十名ほどが重傷を負った。
 そして、二人の一番近くにいた僕は、一時危篤の状態になったものの、奇跡的に命は助かった。その代わり、暴走に巻き込まれて、魔力の大半を失った。
 命の代償としては、安いのかもしれない。けれど、善意の結果としては、あまりにも酷い仕打ちだった。

「……それで、後は見ての通り。目覚めた後、医院で一年間暮らすはめになってね。その間に、どんどん卑屈になるわ、人間不信は一向に治らないわで、友達も離れていったよ。気付けば、能力のない一人ぼっちが完成してた」
 話し終わった僕は、言葉を切って、紅茶に口をつけた。その目の前で、ルーチェが青い顔をして、俯いた。
「過ぎた話しだよ、そんなに気にしないで良い」
 ふるふる、とルーチェは首を横に振った。
「軽い気持ちで、尋ねてしまったのです……思い出したく、なかったと思うのです」
「いや、重い話しでごめん。でも、五年経っているから、少し話すくらいは平気」
 聞いてはいけないことを聞いた、そう思っているのか、小さいルーチェがさらに小さくなっていた。
「ルーチェの話し、聞かせてよ」
 ルーチェの萎縮を解くために、僕はそう口にした。今日は、互いに大事なことを話す日だ。もう、そうなってしまった。だから次は、ルーチェの番だ。
「わっ、私の話しなんて…………」
「辛い経験は、比べられない」
 ルーチェは、顔を上げた。嫌味にならないように、僕は柔らかい表情で応える。
 不幸自慢をしているわけでは、ない。たまたま僕の過去が酷かっただけ。誰かと辛い経験を比較することはできない。その人が抱える辛さは、その人のものだから。
「私は……」
 僕の反応を確かめながら、ルーチェが話しを始めた。僕は、静かにそれに耳を傾けた。

 精霊の世界のことは秘匿事項があるようで、詳細なことは未だによく分かっていない。どんなに尋ねようと、精霊の方が口を開かないからだ。
 ルーチェも話せる範囲で、けれど誠意を持って、話しを進めてくれた。僕は、推測を交えながら、ルーチェがいた世界のことを想像して聴いた。
 生まれた時から、ルーチェは魔力の高い優秀な精霊として、周囲に期待されていたそうだ。ルーチェ自身も明るい性格で、周りの精霊の友達と一緒に楽しい日々を送っていた。
 けれども、成長していく毎に、幼い頃は分かり難かった能力の差が見えてくるようになった。
 多くの仲間が、努力して覚える魔法も、ルーチェはさほど苦労せずにできてしまう。多くの仲間が苦労して維持している魔法を、ルーチェは顔色一つ変えずに維持できてしまう。
 ルーチェ自身が自慢して、見下したつもりはなくても、周囲は彼女の能力に嫉妬した。
 嫉妬は、敵対心を生む。気付いた時には、自分以外が敵になっていた。
 僕が市場で見たような光景は、日常茶飯事だったらしい。辛く、長い期間をルーチェは一人で過ごした。それでも、何とか凌いでいたのは、精霊契約という大事な務めがあったからだそうだ。
 去年の精霊契約の日。それが、ルーチェにとって初めての外の世界だった。 通例通り、何人かの魔法使いが、ルーチェに声をかけてきた。中には、非常に優しく接してくれる人もいて、精霊の側に居場所がないルーチェは逃げ出すように、その魔法使い達に会いに行ったし、訪ねてくるのも拒否しなかった。
 それが、能力を鼻にかけて契約する魔法使いたちを物色している、という悪い噂となって広がった。狭間の町で広がった噂は、精霊の耳だけではなく、魔法使いの耳にも届いた。優しかった魔法使い達の態度が、手の平を返したように変わった。
 ルーチェは、また一人ぼっちになった。
 誰とも契約できないまま、その年の契約期間は終わった。
 そして、今年。最初から、ルーチェは高台に小屋を借りた。余計な噂をたてられないために。極力、精霊の仲間と会わないようにするために。
 何をしに来たのだろう、何のために今まで耐えてきたのだろう、ルーチェがそう思って歌を口ずさんだその時に、どうやら僕は現れたらしい。
 そこで、ルーチェの回想は終わった。

 悲しい顔をして語っていたルーチェだったが、僕が登場する件になるとその悲しさもどこかへと消えていた。
「あ〜、そんな気分の時に、『葬式の歌かと、思ったよ』って言ったんだね」
 最初の台詞を思い出して、僕は相当に苦い、苦笑いを浮かべた。
「そうなのですよ〜」
 ルーチェも少し頬を膨らませて、怒ったような仕草をした。
「あの時は、洒落た一言だと思ったのになあ」
「何こいつ、って思ったのです。でも、悪くないって言われて、似た属性の人なんだなって思い直したのです」
「思い直したわりには、あの後、寝たまま放置されたんですけど」
「三回くらい小突いたのに、起きなかったそっちが悪いのです!」
 重く、辛い告白の後での他愛もない会話。慰めるわけでも、一緒に悲しむわけでもない。
 ただ、二週間遅れで、初日の出来事を確認しているだけ。
 それでも、何故か心地が良かった。進行が遅くても、初日から、どれだけ僕らが近付いたのか、それが分かったから。
 今ならもう一歩、近付けるかもしれない。
「夕食、食べていかない? ついでに食材が底をついたから、一緒に買出しに行かない?」
 いつもの調子なら、一つや二つ毒を吐きそうなルーチェ。けれど、今回だけは違った。
 頬を染めて、こくり、と頷く。
 それを見て、僕は満足そうに口元を緩ませた。

 ルーチェが絡まれた市場は、当然の如く除外した。今、来ているのは、町の外れに近い商店街だ。ここなら、あのお仲間と遭遇する確率も少しは減るだろう。
 並んで歩けば良いものを、何故かルーチェは僕の斜め後方を離れずにキープしていた。迷子になっていないか、いちいち確認しなくてはならないので面倒くさい。
 食材は何だかんだで、もう揃っていた。
「ジェスチャーと片言だけで買い物するとは、流石なのです。外国人なのですか?」
 毒を溜め込んだ分、いつもより皮肉が鋭くなっている。
「人と話すのが苦手なんだって。特に、店員は。ルーチェも同じでしょ」
「私は、視線で買い物ができるのです」
「それ、ルーチェじゃなくて、空気読んだ店員さんが凄いのでは?」 
 無言の圧力が、三割り増しで怖い。ごめん、と謝ろうと振り向いたところで、ルーチェが装飾品店のショーウィンドウの前で、歩く速度を緩めたことに気付いた。
「これは、綺麗だね」
 足を止めて、中を見つめる。そこには結婚式で着るような、優雅なドレスが飾られていた。サイズから考えて、精霊用の商品なのだろう。
 てっきりドレスを見ていると思って、僕は感想を言ったが、すぐに違うと気付いた。ルーチェは、その側で並べられている髪飾りをじっと見つめていた。
 いくつか並べられた内の、青い羽をあしらった可愛らしい髪飾りだった。
 僕は、値札を見る。多少高価ではあるものの、残金で買えそうな価格だった。
「かっ」
 買ってあげようか? そう言おうとして飲み込んだ。ルーチェが、変な顔で首を傾げる。
 普通に提案しても、ルーチェは絶対に拒否すると思った。だから、ちょうど良い口実を探ってみる。思いの外すぐに、それを思い出した。
「借りを返そう、かな。今、ここで」
 ルーチェもすぐに思い返したような表情をした。あれは、ルーチェが最初に僕の部屋に来た日。レディーに恥をかかせた、ということで何か償いをするように言われていたはずだ。
「一つ、選んで良いよ」
「うぅ……!」
 嬉しいのか、都合の良いように発言を利用されて悔しいのか、はたまた恥ずかしいのか。
 ルーチェは軽く唸りながら、僕を睨みつける。僕はちょっと出し抜いた気分で、手を上げて、中の店員を呼び出した。これで、逃げられない。
「どちらの商品になさいますか?」
 丁寧そうな女性の店員に問われて、ルーチェは髪飾りを指差した。ずっと見ていたのとは違う、かなり安めの別物だった。
「こちらの商品ですね」
 店員が頷いて、店内に取りに戻ろうとしたのを僕は手で制止した。
「あの、こっちので」
 青い羽の髪飾りを、僕は指差す。ううっ、とルーチェがまた唸って、僕の足を踏んだ。
「よろしいのですか?」
 無言で頷いた僕に、店員は頷き返した。事情は察してくれたようだ。ショーケースから取り出して、綺麗に包装したものを店員は渡してくれた。代金を払って、僕たちはそこを立ち去る。微笑ましいものを見た顔付きで、店員は見送ってくれた。
「意地っ張り」
 そう言いながら、僕はルーチェに包装を手渡した。憤慨していたにしては素直に、ルーチェはそれを受け取った。
「別に、悔しくなんかないのです! 返してもらうものを、返してもらっただけです!」
「はいはい」
 僕の視線に気付いて、頬を膨らませるルーチェ。けれど、一度頬に浮かんだ喜色はすぐには消せない。怒っているのに、頬が緩んでいる、そんな変なルーチェの表情を僕は記憶に刻み込んだ。
 
 鞄の中に借りていく本を入れ、その後で大事そうに髪飾りの入った包装を収納した。帰り支度を終えたルーチェが、肩に鞄をかけながらこちらに向き直った。
 夕食も、その後のティータイムもすでに終えている。前の時間で、話し疲れたのか、やたらと会話の少ない時間だったけれど、どちらも悪い気分にはなっていない。
「それじゃあ」
 いつものように僕は声をかける。ルーチェは頷いた後、迷ったように足踏みをした。
「ルーチェ?」
 鞄を持つ、ルーチェの手にきゅっと力が入る。俯いていたルーチェの顔が上がり、僕の方をしっかりと見据えた。
「あの」
「外」
 出鼻を挫くように、僕は彼女の言葉の先を切って、声を出す。
「外、暗いから気をつけて」
 僕の拒絶を感じ取ったのか、ルーチェは言いかけた言葉を飲み込んで、頷いた。振り返る背に、申し訳ないほどの落胆が見て取れる。
「また明日」
 寂しそうに微笑んで、ルーチェは扉から出て行った。軽い足音が遠くなるのを聞きながら、僕は天井を見上げた。
 臆病者。
 心の底から、自分を呪う。ルーチェが何を言おうとしたか、分かっていたのに。自分がどうしたいのかも、本当は分かっているのに。一緒にいたい、と心から願っているはずなのに。
 ルーチェとの契約を思う度に、耳に張り付いた絶叫が心を凍りつかせる。全てに絶望したあの悲痛な叫びを、僕がルーチェに強いることはないと言い切れるのだろうか。
 温かく解れた心が、冷たく頑なになっていく。簡単に契約などしてはいけない、と囁く声が聞こえる。
 僕は、僕の想いが、分からなくなる。
「僕は…………」
 どんなに言葉を尽くしても、時間をかけても、拭えない傷が疼く。その痛さに、呻き声しか出すことができなかった。
――本当に辛い時は、涙も出ないのです。自分の部屋で人知れずに、声を押し殺して呻くのです。
 ルーチェの言葉が、蘇る。本当にその通りだな、と思った。

 三日、経った。カレンダーがあった場所へ、僕は目を向ける。壁が、あるだけだ。カレンダーの本体は、部屋の隅で丸まっている。別に見なくても、残りの日付くらいは分かる。だから、外してしまった。
 ルーチェは、三日とも来てくれた。いつも通り、つつがなく接してくれている。嬉しくて、気が楽な一方で、心が軋んだ。高台で泣きあった後と、同じ気分だ。
 あの時と同じ気持ちなら、ルーチェも分かっているだろう。機会がやって来る。引いた波が、また打ち寄せるのと同じように。
「今日の午後」
 呟きながら、僕は深呼吸をした。いつまでも逃げることはできない。今日こそ、契約についてルーチェと話す。そこで、答えを出す。
 決意したところで、扉を叩く音が聞こえた。
「ルーチェ?」
 まだ、午前中だ。いつも、ルーチェが来る時間ではない。僕は首を捻りながら、ゆっくりと扉を開けた。ルーチェしか訪ねてくる相手がいないため、自然と目線が下にいく。ちょうど、そこに頬を染めた精霊の少女がいた。
「こんにちは」
 探し物を見つけたような、純粋な喜びを表情に浮かべながら、少女は挨拶をした。
 金髪に、水色の織り布。丁寧な物腰。記憶から消したはずなのに、律儀に覚えていた自分に驚く。この娘は……。
「初日の」
「覚えていて下さったのですか!」
 僕の呟きに、少女は両手を合わせて歓喜する。間違いない。僕が、初日にぶつかって転倒させてしまった精霊の少女だ。
「私、ユリアと申します。もう一度、あなたにお会いしたくて。お時間、頂けますか?」
 少し考えて、僕はユリアを部屋の中へ通した。ルーチェが座る席に、ユリアが座る。複雑な気持ちになりながら、僕はいつもの椅子に腰掛けた。
「どうして、ここが」
 当然の疑問を口にしながら、僕は探りを入れた。ユリア、というこの少女が自力で探し出した、ということならまだ良いのだが。嫌な、直感が頭に閃いている。
「はい。偶然お会いしただけだったので、広い町の中で探し出すのは無理と諦めていたのですけれど」
 ユリアは奇跡を語るように、熱っぽい口調で話し始めた。
「こういう特徴の方とお会いしたと、知り合いに話していましたら、その方が偶然、似たような人を知っていると言うのです。その方が、宿泊しているところも知っているから試しに確認してみたら、と誘われましたので、恥ずかしながら覗き見させて頂いたところ」
 ユリアが、恥ずかしそうに僕を見上げる。
「本人……つまり、僕だった?」
 こくり、とユリアは頷いた。出来すぎている、と思ったものの、閉鎖的な町ということを考えれば有り得そうな気もした。それよりも、僕は気になることを彼女に尋ねた。
「知り合いっていうのは」
「シリエ、という精霊の女の子ですが……銀髪の。ご存知ですか?」
 首を横に振りながら、僕は確信した。ろくな根拠も、証拠もない。それでも、こういう勘だけは人よりも優れているつもりだ。
 僕の知る中で、銀髪で、精霊の少女といえば一人しかいない。ルーチェを囲んで、虐めていたあのリーダー格の少女だ。
 あの時の、彼女たちの会話を、僕は覚えている。
――それがぁ、何か魔法使いの男のところに通っているみたいですよ?
――へえ、誰なのかしら? 教えて欲しいものね。とんだ物好きがいたものだわ。
 これが、ただの冗談ではなかったとしたら。ルーチェが、通っている魔法使いとは誰かを本気で調べ上げようと思い、彼女の後をこっそりと付けていたのなら。僕の部屋を、見つけ出すことは容易なはずだ。
 そこへ、僕のことを探している別の精霊の少女を発見したのなら。
 彼女達の悪意が、透けて見える。
「親切に教えて下さって、助かりました。シリエさんがいなかったら、お会いできませんでしたもの」
 ユリアは、僕の冷めた視線を前にして、にこりと笑んだ。
 ユリアも、ルーチェに嫌がらせをしようとするシリエの一員と考えた方が、都合は良い。けれど、嬉しそうに微笑むその表情に裏の意図は感じられなかった。人を見抜くことに関しては、少しなりとも自信があるので、僕は少し考えを改める。
 ユリアもまた利用された、と推測するのが妥当かもしれない。
「そういえば、お名前をお聞きしていませんでしたね」
「クラウス」
 ルーチェの名前を知るのに、一日かかった。そのことを、答えながら思い出す。せっかく来てもらったのに、申し訳ないけれど。
 世間話しを続けて、僕に話しかけてくれるこの娘にきちんと言わなければならない。僕には、先約があるということを。逆に、ユリアが来てくれたことで、ルーチェへの想いを確認できた。そのことは、感謝したい。
「ごめん、実は」
 僕が言いかけた矢先、扉が開いた。冷たいものが、僕の中に落ちる。
「なん……で」
 僕とユリアに見つめられる中、小さな肩が震える。栗色の髪が、外からの風に吹かれて、寂しく揺れた。
 午後に来るはず、そう思っていた。だから、ユリアを家に上げて事情を聞いたのに。何故、今日に限って、午前中に来た。いや、今日だからか。大事な話しをしようと思って、いつもより早めに来たのか。
 違うんだ。
「ルーチェ!」
「っ!!」
 呼びかけた瞬間、ルーチェは弾かれるように逃げ出した。慌てて、僕は戸口へ駆け寄る。
 通りを見た時には、既にその姿はどこにも見当たらなかった。
「あの、その……」
 事態を察したのか、ユリアが蒼白な顔でこちらを見ていた。
「ごめん、すぐには言い出せなくて」
 それだけしか言葉が出てこない。ユリアは、それでも理解したようで、急いで僕の部屋から出てきた。
「行ってあげて下さい」
「……ありがとう」
 辛そうに微笑むユリアの姿に、心が痛む。彼女は、悪くない。そう思いながら、僕は扉を閉めて、通りへと駆け出した。
 闇雲に探し回ることはしない。ルーチェが、行きそうなところは分かっていた。
 どうして、こんなことに。
 歯軋りしながら、僕はその想いを心に封じ込めた。

 荒い息を吐きながら、僕は高台の頂上を見回した。僕を待ち構えるように、大樹の幹を背にして、ルーチェは立っていた。
「良かった、ルーチェ」
「近付くな、です」
 低い声に僕は、歩みを止める。ルーチェからは、聞いたこともないような声だった。敵意しかない視線が向けられて、僕の表情も歪む。
「違うんだ」
「何が違うのですか」
「話しを聞いて」
「他の娘と会う理由なんて、聞きたくもないのです」
 ルーチェの激しい拒絶が、僕を刺す。
「あれは!」
「結局、そういうことですか。似た者同士とか、本とか、興味を引いておいて、自分にとって良い方の精霊を選ぼうと、そういうことですか」
 違う、君なら分かるだろう? 僕は、目で訴える。冷静に考えれば、そうではないことくらい君なら見抜けるだろう?
「最低……。だから、誰も信じられないのです。みんな、私を能力でしか見ない。クズばかりです。あなたも同じクズだとは」
 本心ではない。そう分かっていても、投げつけられる言葉に傷ついた。仮に、僕が逆の立場で、ルーチェが他の魔法使いと会っていたら、同じ行動を取るだろう。それが分かっていても、ルーチェの侮辱に腹が立った。
「能力がない、というのは本当ですか? 隠しているのではないのですか?」
 僕たちが重ねてきた時間は、そんなものなのか。ルーチェにとって、信じるに足りないものなのか。冷静に何があったかを話すべきなのに、冷静でいられなくなる。
「過去の話しも本当なのですか? 同情させるために、あんな酷い事件をつくりあげたのでは」
 何かが、切れた。
「ルーチェ」
 怒気を含ませた僕の声に、ルーチェは怯えたように震えた。
「言って良いことと、悪いことがある」
「……間近で魔力暴走を受けたくせに、五体満足なんて変だと思ったのです。やっぱり人を騙すのが得意で」
「ルーチェ!!!!」
 その場が、震える。僕の怒鳴り声に、ルーチェの瞳から次々と水滴が零れ落ちた。
「いらないのです……一番以外は、いらないのです!」 
 嫌だ。こんな悲しいこと。何故、僕がルーチェを怒鳴らなければならない。何故、彼女を泣かせなければならない。
「本気じゃないなら、私になんか優しくしないで……!」
 絞り出すような苦しい叫び声。僕は、耐えかねてルーチェに一歩近寄る。言葉が通じないなら、態度で示すしかない。何を言っても傷つけてしまうなら、側にいてあげることしか僕にはできない。
「そこまで、です」
 僕が、近付いてきたのを見て、ルーチェは制止をかけた。両手に、光弾が形成されていく。
「それ以上、近付いたら本気で撃ちます」
 ルーチェの語気からも、目の前で収束していく魔力を見ても、脅しでないことは分かる。当たれば、痛いでは済まないだろう。
 僕は呼吸を整えて、無防備のまま踏み出した。
 ルーチェが撃って、僕が傷ついて、それで終わりにする。大喧嘩はそれで終わり。後は、きちんと仲直りすれば良い。そして、いつの日か、今日の出来事を恥ずかしい笑い話にするんだ。
 大丈夫、声には出さずに呟いた。
「……っ!!」
 悲鳴のような声を漏らして、ルーチェの両手が振られる。光の一撃は、容赦なく、僕の身体を地面に打ち倒した。意識が途切れる間際、ルーチェが悲しそうな顔で、走り去るのだけが見えた。
 
 光が、あった。温かく、眩い光。側にいたい、と思わせる光。近くにいるだけで、良かった。その光があるだけで、どれほど助けられたことだろう。どれだけ、癒されたことだろう。
 ルーチェ。僕は、呼びかけた。
 大樹の根に座りながら、こちらを見て不機嫌な顔をするルーチェ。僕の部屋で、一生懸命に読んできた本について語るルーチェ。髪飾りの包装を、大事そうに抱えるルーチェ。
 彼女がいなければ、この数週間の輝きはなかった。
 精霊契約の時、運命のパートナーを見つけると、互いに何かを感じるのだそうだ。ある人は、それを情欲のように感じることもある。ある人は、胸が裂けそうなほどの恋心としてそれを感じるらしい。
 僕とルーチェの場合は、どうなのだろう。
 はっきりとは分からない。でも、彼女にいて欲しい。何故惹かれあったのか、それを知るためにも。だから、いつまでも寝ている場合ではない。
 逃げ出した片割れを連れ戻せ。気難しいお姫様を、自分の心へ取り戻せ。
「ああ」
 答えるのと同時に、夢は幾多の光の粒となって消えた。

 目を覚ます。辺りはすっかり暗くなっていた。僕は、真っ先にルーチェの姿を探した。高台のどこにもいない。痛みに堪えて、立ち上がった。怪我を確認する前に、確認しておくことがある。
「ルーチェ?」
 小屋に明かりはなかった。ひっそりとした小屋の中から、人の気配は感じられない。悪寒がした。ルーチェが、この場所にいないという感覚ではない。どこか遠く、この町よりも遠くにいるようなそんな感覚。
 夜になって、能力が少し戻ってきているからかもしれない。僕は集中して、自分の魔力を五感に与えた。細くてすぐに消えてしまいそうな光の線が、途切れながら高台を下っているのを感じ取る。
「追える」
 僕は、拳を握った。精霊は流れ出している自分の魔力を、自分の意思で一時的に極端に減らすことができるという。魔法で探されたくない場合や、余計な魔力が邪魔になる場合にそういう状態になるらしい。僕に探されたくないなら、ルーチェもそうしている可能性が高い。見つけ出すのは、至難の技だろう。
 けれど、運よく僕は二度、ルーチェの魔法攻撃を食らっていた。彼女の魔力の残り香が、僕の身体にまだ付いている。他人の魔力は、本人の元へと戻ろうとする。それを頼りに、追跡できる。
 階段を下りながら、僕は光の線を追った。足早に進みながら、やはりどこか違和感を覚える。
「何か、おかしい」
 残っている魔力が細いのは分かるのだけれども、その線の先に何も感じられない。魔力を減らしているといっても、大元の存在さえ感じられないということがあるのだろうか。
 最初に感じた感覚が、やはり正しいのかもしれない。
 ルーチェの存在自体が、この町から感じられない。
 粘るような汗が、身体を覆った。急いで高台から離れると、市場の方へと向かった線に僕は付いていく。そこで、立ち止まった。
「くそっ」
 長い時間、行ったり来たりを繰り返したのか、線が千切れ、無数の点となって広がっていた。さらにそこを、様々な魔力を持った存在が踏みつけたせいで、今まで辿れていた痕跡がひどく分かりにくくなっている。
 それでも、行くしかない。手掛かりは、目の前にしかないのだから。
 ルーチェが歩いた場所を、重ねて歩いていく。道の隅や、建物の端、路地の裏。人目につかない、寂しい場所ばかりが目についた。
 高台に戻るわけにはいかないし、僕の部屋にも行けない。ルーチェは、この町を彷徨うしかない。そのことが感じ取れて、息が苦しくなった。
 歩きながら、嫌な予感が徐々に形を成していった。魔力を減らしているので、精霊や魔法使いからは見つかり難くかったはずだ。けれど、魔力を持たない普通の人間には効果がない。ルーチェの姿を、しっかりと認識できただろう。
 明るい内は、良い。けれど日が落ちてしまえば、暗がりはさらに暗くなる。人通りも、ほとんどなくなる。そんな中を、精霊の少女が一人でふらついていたら。
――この町では商人による精霊の誘拐や拉致事件が後を絶たない。
 疑念が、一つの可能性に終着する。
 僕は、無数の痕跡を無視して、町の入り口に向かった。

 嘘であって欲しい。その思いは、踏みにじられた。
 光の線は、途切れながらも町の入り口で再び繋がった。僕の目の前で、細い光が、町の外まで伸びて、続いていく。その事実が示すことは、ただ一つだけだ。
 僕は、無言で入り口に向けて歩き出した。
 正門を監視している魔法使いの衛兵達が、僕に気付いて駆け寄ってくる。
「止まりなさい」
 制止を無視した。事情を説明している時間も、惜しい。
「許可状を提示しなさい!」
 行く手を衛兵が塞ぎ、僕の身体を押さえ込もうと後ろからも手が伸びてくる。
「離せ」
 僕しか辿れない線を、今、彼らに説明しても無駄だった。強行突破しようとした手前、僕の言う事を即刻信じてくれるとは思えない。急がなければ、取り返しがつかなくなる。
「邪魔をするな!」
 地面に組み伏されそうになる中で、僕は自分の手を横に払った。
「何だ、これは!」
「見えない、見えない!」
 衛兵が騒ぎ出す。彼らの目の部分に、黒い影のようなものが付着していた。 夜の間だけ、能力が少し戻る間だけ、僕が使える唯一の魔法。目くらまし程度にしかならないが、ここでは役に立ったようだ。
 僕は身体を捻って、捕縛の手を逃れると、そのまま町の外へ向けて走った。後ろから、激しい声が追いすがってくるが、気にせずに前方の線を辿ることに集中する。
「必ず、見つけ出すから」
 そう呟いて、僕は闇の中へと踏み出していった。

 痛い。痒い。辛い。
 荒い息を吐きながら、棒のようになった足を引きずる。しばらく街道を進んでいた光の線は、途中で大きく横に逸れて、何でもない草地に入り込んでいた。
 気力だけで進み続けたものの、普段引きこもっていたせいで、僕には体力がない。枯れるのでは、と思うほど汗が出て、その汗に寄ってきた羽虫に刺される。草地に潜む、鋭利な植物の葉で、何箇所も腕を切った。血も出ていて、またその血に別の虫が寄ってくる。
 それでも、集中は切らさない。
 気を抜けば、光の線を見失ってしまうから。惨めでも良い。彼女さえ、見つけることができるのなら。
 執念だけで、歩みを進める。そんな僕の前で、急に視界が開けた。草地を抜けたすぐそこに、一台の荷馬車が止まっていた。
 唸り声をあげながら、僕は荷馬車に駆け寄っていく。二人の老人が、途方に暮れたように地面に座っていた。
「ルーチェは」
 何も説明せずに、僕はただ一言尋ねた。
「連れていかれた。森の方に」
 白髪の男が、震えながら答える。その妻なのか、同じように白髪をした女が激しく首を振って、顔を覆った。
「こんなこと、するつもりじゃなかったの。こんなこと!」
 穏やかな気品のある夫妻だった。それが、ひどく残念だった。二人に怒りをぶつける暇も惜しい。僕は二人を一瞥して、黒々と佇んでいる森の方へと足を向けた。
「許して欲しい、こんな非道いことを。何故私たちは」
 男の独り言が、背に刺さる。誰もが、そう言う。その言葉を喉の奥に押し込んだ。細い線の先に、ルーチェの気配がある。それを感じ取って、萎えた足がまた動き出した。今は、それで充分だった。

「いやあ、こんな幸運あるんすかっ。今日は超ついてるじゃないすかっ!」
「荷物だけ奪えれば良かったのに、まさか精霊が付いてくるとは」
「こいつ、裏で捌けばやばい金になりますよね?」
「まあ、待て。売る前に少しくらい楽しんでも良いだろう?」
 森の中、下卑た声がする方へと僕は進んだ。襲われない、と思っているのか、森の中で焚き火をしている。木の陰に隠れながら、人数を数えた。首領格の男が一人、その部下のような男が四人。計、五人。
 男達の視線の先、幹の下に、彼女はいた。
 大声で名前を呼びそうになるのを、必死で堪える。手足をきつく縛られ、転がるようにルーチェは横たわっていた。
「なあ、壤ちゃん。俺と契約してみねえか」
 首領の男が、ルーチェの頬を撫で回す。きつい視線が、ルーチェから放たれた。
「おお、怖い怖い。けどなあ、まだ俺達の方が嬢ちゃんを大事にしてやれると思うんだよなあ」
 隠れながら、機会を窺う。目くらまししかできない以上、一瞬でルーチェを確保して、後はひたすら逃げるしかない。ルーチェの側に誰かがいれば、万が一の時に彼女の身体を押さえつけて逃げられないようにするかもしれない。人が離れた、その僅かな隙を突く。それが、最善だ。
「金になるから、売っても良いけどよ。裏のルートで、精霊を手に入れようなんて輩はろくでもないぜ? 何年でも地下室に監禁して、身体も心も苛め抜いて、言うこと一つ逆らわないようにさせてから契約して、手駒として使う黒魔導士とか。変態のくされ領主の館に連れて行かれて、一生をそいつの幼女趣味のペットにされて過ごす、とか」
 怒りが抑えられない。聞こえてくる会話に、全身が震えた。
「あ〜、お頭。泣かせちゃ駄目じゃないすか〜」
「どうせ今から盛大に鳴くはめになるんだ。前戯だよ、前戯」
 駄目だ。待てない。汚い手から、今すぐ僕の元に取り返さないと。僕が、僕でいられなくなる。
 次の瞬間、漆黒の影が、五人全員の目を覆った。何が起こったか分からず、動きが止まった間隙を見逃さずに、僕は突進する。
「魔法か」
 手を伸ばして、ルーチェを押さえようとした首領の手を体当たりで弾き飛ばし、そのまま大切な人を両手で抱き上げた。僕が疲弊しているせいで、目くらましはすぐに消えるだろう。その前に、できるだけ遠くへ。
 小枝が頬を切るのも構わず、森の中を僕は疾走した。
「……っ!!」
 ルーチェが、僕の顔を見上げる。そして、全身を激しく震わしながら、顔だけを僕の胸元に当てた。呼吸が苦しくて、声もかけられない。それでも、それだけで数時間分の苦しさも、今の辛さも全て吹き飛んだ。
 大丈夫、このまま逃げ切れば。
 そう思った瞬間、焼けるような痛みが背中に走った。赤い魔法の粒子が、周囲に散っていく。
「やってくれるじゃねえか、なあ、おい!」
 声と共に、もう一撃を背中に食らった。足が、もつれる。ルーチェをかばって、肩から地面に倒れた。嫌な音が、自分の身体から響いた。
 あいつも、魔法使いか。首領の様子を見た時から、それは感じていた。
 立ち上がりながら、舌打ちをする。かつての僕がそうだったように、精霊がいなくてもそれなりに魔法は使える。むしろ、契約できなかったことで荒んで、盗賊のような真似事をする魔法使いが最近増えていると聞いていた。出会いたくはなかったけれど。
 もう一度、走ろうとした背にまた魔法弾が直撃した。もう痛いのかどうか、よく分からなくなっている。
 魔力で、こちらの位置を探っているのか、首領は正確に僕の身体を狙い撃ちしてきた。よろけながら、僕は足を前に進めた。
「ほらほら、逃げねえと捕まえちまうぞ!」
 部下達を走らせれば、すぐにでも包囲されそうなところを、首領は一人で近付いてきた。僕が、逃げ切れないと確信している。捕らえる前に、できるだけ楽しんでおこうと手頃な遊び相手を弄っている。
 また魔法弾が当たって、僕は回転しながら、森の中にあった傾斜を滑り落ちた。後ろから、馬鹿にしたような笑いが聞こえた。
 悔しくて、涙が出る。あんな奴らに一矢報いることもできないほどに、能力がない。あんな奴の方が、能力的には上だ。僕では、勝てない。大切な人でさえ、守れない。
 足音と笑い声が近付く。変な落ち方をしたため、僕はすぐには動けない。爪を割りながら、僕はルーチェの結び目を解いた。
「逃げて」
 僕の言葉に、ルーチェは首を横に振った。
「僕じゃあいつに勝てない。ルーチェも、今は使えないんでしょ? じゃあ、どうすれば良いか分かるよね?」
 余裕がないので、言い方がきつくなる。僕は、満身創痍。ルーチェも魔力を抑えている状態から、急激に使える状態までは戻せない。要は、二人共に戦えない。結論は、一つ。逃げられる方を、逃がす。
 足音がさらに近付いた。
「おい、あれくらいで死んでねえよなあ?」
 呼びかける声も、近い。
「早く」
 突き放すように、ルーチェの身体を押しやる。その手を、ルーチェが包んだ。
「まだ一つ、選択肢が残っているのです」
 最初から、除外していて気にも留めていなかった。
「私と、契約して下さい」
 ルーチェが、真摯な目で僕を見つめた。今度は僕が、首を横に振る。
「それは」
 追い詰められて、切羽詰ったから、するようなものではない。
「駄目だ、それだけは」
 駄々をこねる子供の様に、僕は首を振った。悲痛な絶叫が、頭の中で反響を始める。
 空気を裂くような、短い打撃音が響いた。顔ごと頬を張られたことに、遅れて気付く。痛みをもう感じないはずなのに、ルーチェに平手打ちされた頬がじんじんと痛んだ。その頬を、僕の瞳から零れた涙が伝う。
「あなたが良いのです」
 ルーチェの温かい手が、そっと腫れた頬に触れた。僕は、僕の手をそこに重ねる。小さな手、小さな身体。でも、どれだけ君が僕を支えてくれただろう。
 三週間近い記憶が、僕の中で甦った。
 他人が見たら、焦れるような速度で築いてきた関係。離れたり、ぶつかったりしながら、それでも少しずつ少しずつ前に進めてきた関係。今では、手放すことのできないそんな大切な関係。
 僕の目の前で、ルーチェが微笑んだ。考えは、全て見通されている。似た者同士なのだから。
 ルーチェの身体が、淡い光を放ち始める。暗い森の中で、暖炉の明かりのようにそれは灯った。
 とても、温かい。
「私の名前は、ルーチェ。魔法語で、光。私があなたを照らしましょう。私が、あなたの光になりましょう」
「……僕は、影だ」
 拗ねたように、僕は笑った。ルーチェは頷いて、頬に手を添えたまま、僕に顔を近付ける。
「強い光には、深い影が出来ます。あなただけが、私の側にいて下さい。私の影に寄り添って下さい」
 ああそれは、悪くない、心からそう思えた。今だけは、素直になっても良い。
「あなたはあなたのままでいて下さい」
 ルーチェの口が、僕の頬に優しく触れた。
「分かった」
 僕は、涙を零して頷く。失ったものが、身体に流れ込んできた。その懐かしさに、胸が一杯になった。

 男達の笑い声が、完全に止まった。代わりに、全員の膝が笑い始めている。首領は、顔を引きつらせてこちらを見ていた。
「なっ、んだ。おっ、お前……!」
 木々を昼のように明るく照らし、嘲笑うことさえ許さない強力な魔力を周囲に放ちながら、僕は彼らの前に出た。
「ひいっっ!」
 赤い魔法弾が飛んでくる。僕は、防御すらせずにそれを受け止めた。魔法弾は、光に触れた瞬間に白熱し、溶けるように霧散した。
 首領の力が全く通用しない。その現実が、男達の脳に刻み込まれる。当然の結果、蜘蛛の子を散らすように、男達は逃げ出した。
「いけるかい、ルーチェ」
 僕が尋ねると、悪戯をする子供のような顔をしてルーチェは頷いた。右手を突き出し、ルーチェの魔力をそこに呼び込んでいく。光弾が、渦を巻くようにして出来上がった。誰が、どこにいるのかも知覚できる。標的を全て捕捉して、僕は右手を天に掲げた。
「貫け」
 命令を受けて光の矢が五つ、光跡を描きながら、男達目がけて駆け抜けていった。間髪入れずに、炸裂音と悲鳴が響き渡る。手加減はしてあるので、死にはしない。
 とりあえず手近な男から、処理することにした。見つけた端から、光輪で両手両足を縛り、ついでに目くらましの魔法で、視界も奪っておく。ルーチェの魔力が大半を占めているものの、契約しても僕の魔力はそのまま残っていた。
――あなたは、あなたのままで。
 その言葉が胸に響く。隣に立っているルーチェの頭を、僕は撫でた。僕の気持ちが分かったのか、うっ、と一回唸っただけで、ルーチェはされるがままに身を任してくれた。
 流石に魔法使いなのか、首領だけは意識を保ったまま、地面で悶絶していた。矢の当たり所が、悪かったらしい。他の男と同じように拘束しても、なお呪いの言葉を吐きながら跳ね回っていた。
 止めを刺そうか、と僕は右手を上げる。それを、ルーチェが制止した。つかつかと、首領の後方に回ると、下半身、正確には股間を思いっきり蹴り上げた。屠殺される家畜のような、物悲しい叫び声が木霊する。足が小さい分、正確に打撃が吸い込まれたことだけが理解できた。
 うん、決定。これからルーチェの前で下手なことはしないことにしよう。
「どうしたのですか?」
「ううん、何でも」
 男だけが感じる戦慄を隠しながら、僕は手を振る。ルーチェは首を傾げながら、戻ってきた。止めを刺されて、首領は沈黙している。
「たぶん、一日くらいは持つと思うのです。それまでに町に帰って、改めて捕まえてもらいましょう」
「そうだね」
 同意して、僕はルーチェと向かい合った。初めて、本当の意味で、向かい合った気がした。
「これから、よろしくお願いします」
 深々と頭を下げて、挨拶をする。
「よろしく……です」
 ちょこんと、頭を下げたルーチェの頬が真っ赤に染まった。

 森を抜けたところで、地平線が赤くなった。もう朝になるのか、と感慨深く僕はそれを眺める。荷馬車は、見当たらなかった。逃げたのかかもしれない。それはそれで、僕にはどうしようもできないことだった。
 ルーチェは、老夫婦のことさえ覚えていなかった。町で意識を失い、気付いた時には森の中にいたという。一つ間違っていれば、本当に取り返しのつかない事態になるところだった。今更ながらそのことを思って、僕は心から安堵した。
「ところで、さ」
 僕は、背後に呼びかける。
「これ、本当に背負う必要あるかな?」
 むくれる呼気が耳元で響いた。
「普通に歩いたら、大変なのです。責任を持って、運んで欲しいのです!」
 ルーチェの提案……ほぼ命令、によって僕は今、ルーチェを背負っていた。所謂、おんぶ、という姿勢だ。ルーチェが、右肩越しに顔を出して話しかけてくるせいで、頬に当たる柔らかい髪の毛が気になる。近すぎる顔の距離に頬が赤くなり、甘い香りに目眩がする。
「あ〜あのさ、あいつら引き渡さなきゃとは思うんだけど、言伝だけ頼むのは駄目かなあ」
「却下です」
「いや、ルーチェを探し出すために町の正門を強行突破しちゃってさ。戻ったら、捕まると思うんだよね」
「牢から出てくるまで待ってあげます」
 町に帰るのにこだわるな、僕はそう思った。契約が済んだ以上、町の中まで戻る必要はあまりない。後は、自分の持ち物を回収するくらいだ。それも頼めば、管理者がきちんと手配してくれるだろう。
「何か、大切なものでもあった?」
「うぅっ」
 ルーチェは呻きながら、僕の肩に顔を埋めた。爪先が、二、三度、僕の脇腹を小突く。久しぶりの無言が、続く。
「かっ」
「か?」
 たっぷり待った後で、小さな声が聞こえた。
「髪飾り……」
 髪飾りとだけしか言っていないけれど、僕には何の髪飾りのことか分かった。あの日、ルーチェに贈った青い羽の髪飾り、僕はそれを思い返す。
「へーえ、あれ、そんなに大事なんだ」
 茶化すように僕は言う。毒が返ってくると思ったのに、ルーチェはきゅっと僕の背に身を寄せた。
「だって、クラウスに買ってもらったものだもの」
 速い鼓動が、背中越しに伝わる。ルーチェの言葉が、僕の中にゆっくりと広がっていった。嬉しくて、頬がだらしないくらいに緩む。
「そっか」
「そうです……」
 そのままだと、情けない声を出しそうだったので僕は、もう一点考えていたことを口にした。
「僕の家族にも、ルーチェを紹介しないとね」
「家族……」
 ルーチェは、噛み締めるように呟いた。両親と、二人の精霊がいることを僕は付け加える。
「あっ、挨拶はどうすれば良いですか」
「ん〜、適当で言い気がするよ…………僕も、二年くらい話してないし」 
「愚息ですね」
「愚息って謙称だから。悪口じゃないから」
 声を抑えた笑い声が、後ろから聞こえた。話している内に、日もだいぶ顔を出すようになった。足元を灯していた光を、僕は消した。
 ルーチェの視線が動いた。朝の光は、暗がりで隠れていたものや、強い光で見え難くなっていたものを映し出す。自分が思っている以上に、僕はぼろぼろだった。流血は止まったように思うけれど、身体の節々が本当に痛い。
「ありがとう」
 余計なことは言わずに、ルーチェはしっかりと口にした。僕の方こそ、そう言おうと思ったのに、胸が詰まって言葉にできなかった。
 それから、少し歩いたところで、十名ほどの魔法使いで構成された一団と僕たちは遭遇した。シャルール付の精鋭の魔法使いたち、ルーチェ捜索のために編成された部隊の一つだった。
 
 危急を告げたのは、舞い戻った老夫婦だった。動機は、分からない。けれど、二人の一報によって、事態が明らかとなり、シャルール側は即座に五十名の精鋭を周辺地域に送り出した。
 僕たちが出会ったのは、最も早くに出動した一団だった。その場で軽い手当てを受け、つたないながらも事情を説明した後、手厚く護衛されながら、帰路についた。
「シャルールだ」
 しばらく進んだところで、丘の向こうに正門が見えた。朝日を受けて、シャルールの結界全体が桜色に輝く。美しい光景を眺めながら、僕とルーチェは町に近付いていった。
 最後の最後になって、ふと、僕は自分が取りこぼしていたことに一つ気付いた。
 ルーチェのことだから、後々気付いて、文句を言ってくるかもしれない。ここは、先手必勝だった。
「あのさ、ルーチェ」
 人がいるので、並んで歩くようになったルーチェの瞳がこちらを向く。
「契約の時、こっ、ここに口付けしてくれたけど、あれってどういう意味?」
 頬を示しながら、僕は尋ねた。茹で上がるように、ルーチェの全身が朱で染まる。聞いていた魔法使いから、陽気な口笛が吹かれた。
「どの本にも、そうするって書いてなかったし、教えてももらわなかったから」
「なっ、ななっ、何で」
 ルーチェは目を泳がせながら、聞き返してきた。何でそういうことを言うの、というところだろうか。僕は、覚えていたことを強調しつつ、即答した。
「女の子がいつもと何か違うことをしたらきちんと言ってあげろって、ルーチェが言っていたでしょ? だから」
 僕の笑顔を見て、ルーチェは肩を震わせた。そして。
「それは、気付いても言わなくて良いのです!! そんな鈍感だから、部屋に別の娘をあげたりするのです!」
「ああ、それ蒸し返すの? だから、森の中で説明した通り……」
 始まった僕達の口喧嘩を見て、周りの魔法使いたちが止めようとする。けれど、楽しそうに、酷い皮肉をぶつけ合う僕達の様子を見て、すぐに誰も口出しをしなくなった。
 少々、捻くれていても、これが僕とルーチェの日常だ。これが、涙を零して手に入れた、僕達二人だけの距離だ。

 世界も、人も、思っているほど優しくはない。それでも隣にいてくれる誰かが、隣にいても楽な誰かがいてくれるなら、きっとそれは。
 
 近付く町を見つめながら、ルーチェが小声で歌い始めた。それは、出会いの歌。一人ぼっちの少女が、かけがえのない主人公と出会う歌。朝の空気と同じように、その歌声は清々しく、素直な喜びが心に響いてくる。
 
 悪くない、僕は一言だけ呟いて微笑んだ――。 
 

 
白星奏夜
2013年09月12日(木) 15時01分54秒 公開
■この作品の著作権は白星奏夜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
久々の投稿です。私事ですが、体調を崩してしまってなかなか書き進められませんでした。ようやく辿り着けました。

いろいろ放り込んだので、まとまりがないかもしれませんが、少しでも楽しんで頂ければ
と思います。
というか、だんだん長くなってきているので、すみません! 読んで下さった方に心から感謝申し上げます!

ルーチェは、こんな妹がいたら良いなという私の妄想です。精一杯、動かしてみました!

今度は、もっと近い内に投稿できたら良いなあと思いつつ、今回はお別れさせて頂きます。ではでは。

この作品の感想をお寄せください。
No.12  白星奏夜  評価:0点  ■2013-10-23 18:01  ID:aVLtrY/5VjA
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陣家様

返信遅れまして、すみません。こんにちは〜! 

萌えも、キャラ設定も難しいですよね。あまりにリアルに即しすぎても、夢も希望もないヒロインじゃ、読んでいて面白くないですし、飛躍し過ぎても、読者は離れるように思います。理想論ですけど、やっぱり可愛らしい、夢に出てきそうなヒロインを描きつつ、そこに魂を宿らせるように、現実の私達が共感できる人間らしい感情を織り込んでいくのがベストなように思います。その加減が上手い人が、上手い作者さんではないのかなあ、なんて私は勝手に思っちゃったりしてます。

殻を破るために、不得手なキャラに挑戦する必要があると思う一方で、逆に無理に直してスランプに陥るより、自分はこういうキャラ設定が得意でこんなのしか書けないんだから、このまま突撃じゃい、と突破するのも悪くないように感じます。

結局、どっちも悪くないよねw というまあ現代っ子らしい返信で申し訳ないです。

私も、闇がまだまだ深くない! キャラの暗さが足りない! というご指摘があるので何とかしたいです(半泣 一度ダークサイドに堕ちる必要があるのかもしれません。

この娘に、このキャラに、こんな可愛いことをさせたい、というパッションのままに投稿し続けているので、私のキャラ設定……参考になるかどうかw 

とまあ、思いつくままに書いたので、きちんとお答えできてない部分もあるかと思いますが、一先ずはこの辺で。ご感想、嬉しかったです。ありがとうございました〜、ではでは〜!
No.11  陣家  評価:30点  ■2013-10-20 16:06  ID:kOIbAC2GXGY
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拝読しました。

自分も女キャラ(ヒロイン)をよく書きますが、振り返ってみると腹黒い人間ばかりなのに気が付きます。
素直で善良な性格とか書けないんですよね。なんか、お人形さんみたいに思えてしまって。
唯一、善人ヒロインを書けたのは微塵娘憚の坂元さんだけかもしれません。

萌のポイントは人それぞれですけど、どんなに可愛く見えても腹に一物もっているようにしか見えないんですよね。
だけどそれはよく考えてみると男にも女にも受けが悪いキャラ立てになっているのかもしれないなと、この作品を読んで気づかされました。
いくら人間味のあるキャラにしたところで、それは結局男視線なわけで、女性から見れば、こんな男に都合良い女いねえよ、と思われるでしょうし、もちろん男から見れば、ただのいやな女だしで、いいことないのかも、と。
それならば最初から男に都合のいいお人形さんキャラにしておく方が、平均的に見れば好感度の高いキャラになるよね、てな感じです。
村上春樹作品のヒロインだってそんな感じですしね。

でもなあ、やっぱり難しいですね。
自分が中途半端にひねくれてるからかもしれないですが、結局腹黒ビッチ萌えなヒロインになっちゃいます。
萌は奥が深いですね。

白星さんにキャラ設定をお願いしようかしら。なんて考えも頭をよぎりました。

というわけで勉強になりました。
失礼いたしました。
No.10  白星奏夜  評価:0点  ■2013-10-14 18:26  ID:pzR0LjkSUhs
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gokui様

ご感想、感謝致します。こんばんは〜!

よくできている、とのお言葉、嬉しく思います。と、言いつつ、書きながらいろいろ設定や描写を忘れていたので、まだまだだなあ、と思わされました。粗い部分は、やはり複数の方がご指摘されたり、気付いたりされるので、そういうところを気にかけて、修正していきたいものですw

新作に向けて、精度を上げつつ、頑張っていきたいですね〜まあ、あんまり気合いが入りすぎると投稿までまた間隔があきそうですが(泣

よろしければ、またお付き合い&ご指摘をよろしくお願いしますっ! コメント、本当に嬉しかったです。ありがとうございました! ではではっ〜。
No.9  gokui  評価:40点  ■2013-10-11 20:44  ID:SczqTa1aH02
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読ませていただきました。
うん、良く出来ていますねえ。普通に本屋さんで売っていそうな出来の良さです。
しかし、指摘すべき場所はけっこうあったりします。……えーと、おさんのメッセージに全部私の言いたいことは書いてありますねえ。ローゼンメイデンは全然知らないですけど。
とても楽しめたのでまた読ませていただきますね。頑張ってくださいね。
No.8  白星奏夜  評価:0点  ■2013-09-28 21:29  ID:E6BGnWmdnp2
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坂倉圭一様

ご感想感謝致します。返信遅れまして、ごめんなさい。

ご指摘のところ、全ての原因は私が精霊のサイズがどの程度なのかきちんと描写しなかったところにあると思います。反省です。文字で伝える以上、細部まで書かなければ伝わらないと痛感しました。想像の自由を許して楽しんで貰う部分と、それを助けるためにきちんと描かなければならない部分、その二つを大切にしなければいけないと思いました。特に物語の序盤は、読者に読んで頂くためにも注意を払わなければならないと勉強になりました。ご指摘、重ねて感謝致します。

甘い感じ、素晴らしいと言って頂けて素直に嬉しいです。にやにやさせたくて、書いたのでw ご感想、本当にありがとうございました! またお会いできる機会をお待ちしつつ、今回は失礼させて頂きますね。ではではっ〜!
No.7  坂倉圭一  評価:40点  ■2013-09-21 16:54  ID:VXAdgm2cKp6
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読ませていただきました。

気になったところですが、ときどきルーチェさんの小さな体を、作者さん自身が忘れてしまっているように感じました。ルーチェさんが折る紙飛行機などはとても小さいはずですよね。況してや「僕」にとっては。そういうところにもこだわりがあると、もっと雰囲気が出ると思います。

ルーチェさんが「僕」の家を訪れたときなどもそうで、細かいですが、来客用の、おそらく人間用の椅子にどんな風に座っているのかイメージしづらいですし、彼女にとっては大きいと思われる本を膝の上に置いて読んだり、また紅茶のカップなども大きくないのかな、と気になってしまいました。

いずれにしましても、全体を通しての甘い感じが素晴らしかったです。
ありがとうございました。
No.6  白星奏夜  評価:0点  ■2013-09-15 21:01  ID:dKd4XBTHRSw
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時雨ノ宮 蜉蝣丸様

ご感想、感謝致します。はじめまして、で良いですよね? よろしくお願いします。アツくなって頂けて、嬉しいです。萌え尽き……いえ燃え尽きるくらいになって頂ければ幸いですw

これはコメントを頂いたので気付いたことですが、主軸二人に対する私の想いが強いのかな、と感じました。無意識に、展開上必要なところまで関係の邪魔はさせない、という線引きをしていたように思います。過去や脇役が、薄く感じるのはそこが原因なような気がします。悪役がうまく活かしきれていないので、改善していこうと思います!

例示して頂いた場面が、目に浮かぶようで笑顔になります。ただ、クラウスが能力を失ったと描く以上、後で出てくるにしろ、最初から使わせない方が良いのでは? と考えてこういう形にしました。しかし、ご指摘の通り、魔法の存在を感じさせる何かを入れるべきでした。反省です。
攻撃も、芸のない魔法弾ばかりでしたね(泣

ルーチェ、全力でいじって下さい! 全力の毒が返ってきますが(笑
感想、本当にありがとうございました〜またお会いしましょう。ではでは!

ゆうすけ様

こんにちは〜ご感想、ありがとうございます! ルーチェ萌え、頂きましたっ。やったあ(笑) 微妙な感じ、少しずつな感じ、苦労した分、描いて良かったと思えました。

契約システム、描ききれていませんでしたね。カットした部分もあるのですがが、必要なところを落としてしまいました。裏設定の説明は、みっともない限りですが、一応頭の中では、男女の関係は可(子はなせない)、ペアは性別に縛られない(女×女もあり。男×男も!)、精霊側の動機としては、力の正しい管理、みたいなことを考えていました〜。蛇足ですみません。

属性は念頭にあったものの、これも出し切れていませんね。世界観を深くして、本当にその町があるように感じてもらえるよう、頑張っていきたいです。

ファンタジー書いて下さいっ。現代板よりも寂しいですしね〜。嫌な体験も、糧になるんですよね。ちょっと、気持ちが楽になりました。
また、お会いできるのを私も楽しみにしていますっ! 本当にありがとうございましたっ、それでは〜 

お様

お久しぶりです〜ってほんとに何とかなると良いなと思います! ご感想、感謝します。面白かった、萌えた、とのお言葉、本当に嬉しいです。
ローゼンメイデンですかあ、内緒にしといて下さい! 第○ドールとか特に。影響がないとは言えませんw

主人公の闇の薄さは、前々からの宿題です。私も、もっと良くしたいので頑張ります。後、気になる点を書き出して頂いて、そうだなあと反省させられました。一つ一つ書き出すのもなかなか手間なところ、ありがたいなあ、という感謝で一杯です。

ご都合的に見えるところは、練りきれていない欠陥箇所です。押し切らずに、自然に流れるように、もっと練習していきたいですね〜。何かしら苦しんだところがやはり粗いのも、注意すべきですよね。

主人公が来た目的と、精霊の大きさの説明は手抜き過ぎました。ごめんなさい。

と、まだまだ手がかかる奴ですが、気長に修正してやって下さい。お様が心置きなく萌え苦しめるように、まだまだ邪魔なものを削らなければw 
コメント、本当にありがとうございましたっ。ではではっ〜!!
No.5  お  評価:30点  ■2013-09-15 18:55  ID:wxwaeJFv2JA
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どーも、どーも。
お久しぶりです!
とか前にも言った覚えがあるので、次は言わなくて良いように、お互い、なんとかなれば良いですね(咲

面白かったっっ!
てか、萌えたっっ!w
まぁちょっと、ローゼンメイデン第八ドール、ルーチェ!とか脳内で聞こえていたことは内緒ですw
全体としては高水準で、物語りも楽しめましたし、えぇえわ、えぇえわと思っていたんですが、そこはそれ、なにかしら指摘もしておかないとと言うことで。

一番は、ていうか迷ったんですが、主人公、拗ねてはいるんですが、めちゃめちゃ素直。てか、もう、素直すぎ。なんでこんなに真っ直ぐなんだってぐらい。なんだろう、好みで言えば、もっとひねくれかえってこじらせかえって、ぐちゃぐちゃどろどろ人非人ぐらいでないと、こう、拗ねた人って言う感じを受けないんですよねぇ。まぁ、これくらいがきっと女の人からすると母性本能くすぐったりするのかなぁとか思いつつ、おっさん的には、死んだヤツらが成仏出来ずに彷徨ってるぜとか思ってしまうわけで。単なる好みです、済みません。

後若干気になったのは、「契約」とか「魔法」の設定が詰まりきってないのかなと。物語には都合が良いのだろうけど、客観的に見て、ちょっと良く分かんないなという点が。例えば、精霊さんは相手を見付けるのに基準とか持ってるのかな? とか。手当たり次第? としたら随分人間側の買手市場なんだなと。そんなことあるのかな。それにどうも妖精と人間の魔法を使う際のバランスとか関係性が良く分からんと言うか。なんかこう、すんなり収まりすぎというか、良く分からん。そう言う意味で、もう一人の娘との出会いがあんまり唐突というか、ご都合的で、なんだかなぁ。後はまぁ、自分もヤバいことが分かってて契約破棄とか、なくね? 的な。あるいは、死を賭してまで離れたかったのなら、なんかむしろ理由とかありそう。そっちの方が気になるとか。ちょっと、詰まりきらない感じ。それから、魔力の残りを頼りに追跡……うぅん、あり? あと、精霊が大事な時に咄嗟に魔法つかえないとか、こういうのは事前に示しておかないとなぁ。とかとか、どうもね、ご都合的に見えるところがちらほらと。

それと、主人公君は、いったいなんのためにこの街に来たのか結局よく分かんなかったり。

細かいことですが、冒頭、「人形サイズ」では大きさは伝わらないんじゃないかな? とか。

まぁ、最後はめでたしめだたしで良かったなと。
そんな感じで。
No.4  ゆうすけ  評価:40点  ■2013-09-15 17:55  ID:ka2JhsoTEZ6
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ルーチェ萌〜。まさに白星さんの本領発揮といえるキャラですね。セリフがいい雰囲気を出しています。白星さんのこういった作品は、ファンタジーを好んで読んでいたあの頃……学生時代――ざっと二十五年ほども前か(遠い目)の心を呼び起こしてくれます。
うまくコミュニケーションが取れない者同士の微妙な距離感、少しづつ近づく感じ、ここら辺の感情の変化が丁寧に積み上げられていて素晴らしいと思いました。好きになってしまうのが怖い感じとか、いいですね。

精霊契約システムは、魔法使いが一方的に得をするように感じました。男女の関係になれるのかも未知ですし、まだ踏み込む余地がありそうです。ありきたりですが、地水火風光闇属性とかもありかな。セイレーンとかウンディーネとか、そういうの学生時代好きだったのでね。
精霊が魔法使いと契約する動機はなんでしょうか? 閉塞的な世界を抜け出して外の世界を知るとかかな。女性の魔法使いとは、男精霊が契約するのかな。
魔法の種類や属性なども、ちょっと短調に感じました。直接物語に関係しなくても、広大で緻密な世界を垣間見たような舞台だとより作品世界を楽しめると思います。
展開については、時雨ノ宮 蜉蝣丸さんと同じ感想をもちました。契約を怖がる主人公の心の闇が薄い気がします。

私もファンタジーを書いてみたい、そんな気持ちにさせてくれましたよ。なかなか時間がなくても、筆を折る気はありませんからね。行住坐臥常にネタ探し、嫌な相手、嫌な記憶、嫌な体験、全てがギャグのネタってのが私の信念ですから。
ではまたお会いしましょう。
No.3  時雨ノ宮 蜉蝣丸  評価:40点  ■2013-09-14 01:14  ID:7FhEub0F6/M
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とてもロマンチックで可愛らしいファンタジー小説だったと思います。
王道を書くのは、案外難しいものですが、この物語はストーリー・文章構成ともに高評価なものでした。

さて、ここからは俺の個人的な意見です。
キャラクターは主人公・クラウスと精霊のルーチェに、数人のエキストラさんという具合でした。主軸二人の会話や信頼関係の成り立つ過程は丁寧でよかったのですが、それ以外の皆さんや二人の過去、どうも俺的には薄いように感じました。クラウス君のトラウマやルーチェの孤立具合を、もっと鮮明に、欲を言えばもっと残酷な部分があった方が、お涙頂戴できたと思います。また、ルーチェに関してはシリエのいじめ方をより陰湿にしたり台詞を侮辱的なものにする、『転』に当たる二人のすれ違いはユリアをより積極的にさせるなど、キャラを使うのもアリかなと。
要するにもっと展開に凹凸があればな……と思ったのです。
そういう雰囲気にするためここに留めたのであれば、失礼千万ですが。

あと、この物語には魔法、精霊といったものが出てきますが、俺はそういったものも展開同様序盤からでももっと利用したり押し出してもいいかと思います。読書シーンが印象的な今作、本に載っている魔方陣で、彼女の興味を引くための小手先程度の魔法を使う主人公、しかし彼女の反応は薄く……みたいな描写があると、ぐっと魔法の存在感が出るはず。
攻撃も魔法弾以外で何か無かったのかなー……と……。
イヤ、単純に俺がファンタジーマニアなだけなのですが。

長々申し訳ありません。あくまで個人的なものです。

キャラクターも世界も素敵な『ファンタジー』、ご馳走様でした。
久しぶりにいい作品に出会えたので少々アツくなってしまいました。
今は全力でルーチェを(愛を込めて)いじりたい心境です。

ありがとうございました。次回作も期待しています。
No.2  白星奏夜  評価:0点  ■2013-09-13 20:10  ID:FHMRwCbWStQ
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楠山歳幸様

読んで頂いただけで、感謝です。こんにちは〜。
ルーチェは、無事に彼のところへ嫁いでいったので、あげられませんっ! いやあの娘は私の……! 取り乱しました。でも、そのご感想で本当に書いて良かったなあ、と思えました。ありがとうございます!

狭間の町の雰囲気は、あったら良いなあという思いでつくりあげました。感情移入、嬉しく思います。自分もなかなか卑屈なところがあるので、捻くれてて良い、いやむしろ捻くれていた方が面白い、くらいの気持ちで二人の性格を設定しました。
少しずつ、二人が近付く、という話しをずっと書こうと思っていたので、ここでようやく一つ挑戦できました。もどかしい、何かいらいらする、くらいに思って頂ければ私としては嬉しいところですw
メインがルーチェなので、ユリアはこういう結果になりましたが、きっと彼女にも良い契約者が見つかるはずです! 健気な脇役として、登場させてみました。メイン二人より、彼女の方に作者としての罪悪感があります(泣

伏線のつもりで仕掛けたものは、発動させたつもりだったのですが、猫派と身長を気にしている、の二つが不発弾でした(泣) 一言、それでからかう場面をつくれれば良かったのですが〜。
軽快なかけ合いとは違う、台詞遊びがしたかったので、ニヤニヤして頂けて良かったと感じています。私も、書きながらニヤついていました(笑)

コメントはいつ頂いても嬉しいのですが、投稿後の一番はまた別の嬉しさがあります。正直、期間が開いていたので、ちょっと心配でした。

こちらこそ、本当にありがとうございました。また、お会いできる機会をお待ちしつつ、今回は失礼しますね。ではではっ〜!!
No.1  楠山歳幸  評価:50点  ■2013-09-12 23:50  ID:3.rK8dssdKA
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 ルーチェください、いえ読ませていただきました。
 いやあ、良かったです。良かったです。
 まず題名の狭間の町に興味が引かれました。町の設定もロマンチックで、魔法ものが苦手なわたしでもすぐに物語に引き込まれました。キャラ立ちがしっかりしている一人称、程よいひねくれ方にスッと感情移入してしまい(わたしがひねくれているかも知れませんが)、また読みやすい文章に読解力のないわたしでも一気に読んでしまいました。
 徐々に近づいていく二人の感情描写ももどかしくて素敵でした。ルーチェのセリフが可愛かったです。と言いつつユリアも可愛いです。
 伏線も「そう来たか!」と思うところばかりで、起承転結もしっかりしていて、盛り上がりも良く、読書量の多い方は王道的と思われるかも知れませんがそこが助さん角さんの葵の門のように面白かったです。
 ラストも良いですね。伏線が生きていて思わずニヤニヤいえ微笑ましくなりました。

 最後まで楽しく読ませていただきました。
 ありがとうございました。
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