やさしい嘘で君を狩る フルver.
 月と星達が道を照らす。人工的な明かりはそこには存在せず、ただ自然の恵みのみで暮らしていかなければならない島――レダスト島。
 その島はつい最近、日本政府の数えきれないほどの努力が実を結び発見された島であった。唯一誤算だったのは、その島が無人島ではなかったこと。
 そしてその島に住んでいるのは人間などではなかったことだろう。
「……シュウ。そんなところで寝てたら、風邪ひいちゃいますよ…?」
 この島に住んでいたのは、16歳くらいの少女一人のみだった。
 人間が着るような、所々が破れている服を着て、茶色い髪をポニーテールにし黒曜石のような黒い大きな瞳を持ったかなり可愛い少女だ。
 ただ一つ違うのは、彼女の耳が尖っていること。そして、彼女のお尻から飛び出している――狼のようなフサフサとした尻尾だった。
「ゆう……。お前なにしてんだよ、もう寝床についてたんじゃないのか」
「えぇ、そのつもりでしたよ。けど目が覚めたら貴方がいないんですから、驚いて睡眠どころじゃありませんでした」
「……ゴメン。」
「ふふっ。いいんですよ、怒ってません。こんな何もない島にいて、さぞかし退屈でしょうし……疲れもたまっているはずですから。」
 2050年、人類は目覚ましい進化を遂げた。今や様々な機械が目につかない日はないくらいの日本という国から、俺は何もないレダスト島に放り込まれた。
 退屈だし、慣れない島の生活は疲れがたまる。睡眠もろくにとれない。
「レダスト島、というのは貴方達人間の呼び名でしたね。この島の正式名称は月光島と言うんです」
 慣れない呼び方はなんかむず痒いですよね。ゆうという、言わば人狼という種族の彼女は照れたように微笑んだ。
「月が綺麗でしょう?」
 今までゆうの方に向けていた視線を、静かに空に向けた。
――嗚呼、確かに、綺麗だ。
 嬉しそうに微笑むゆうをちらりと見遣る。俺が隠していることを知ったら、この心優しい人狼の少女はどうなるのだろうか。
 憎むか?蔑む?……それとも。
 そこまで考えて、それ以上を考えるのはやめた。その時はいずれ来る。
 その時に――必ず判明することなのだ。
「私、この島に調査に来たのがシュウでよかったです」
「……え?」
「だって、優しくて素敵でしょう?人間は自己保身しか考えてないって思いこんでたから……。
だから、その考えを覆してくれたシュウには感謝してるんです。」
 ゆうの純粋な笑顔を見て、俺は胸がぎゅっと締めつけられたような息苦しさを感じた。
――本当は俺だって、……自己保身しか考えていないような人間なのに。
「?どうかしました?」
「……いや、なんでもない。そろそろ寝るか」
「そうですね、寝ましょうか」
 政府からの命令だった。この島に住む生命体を滅ぼせと、自分たちの物にするためにはこの島の生命体――ゆうが邪魔だったのだ。
 ゆうには、この島の自然調査と嘘をついている。日に日に増える罪悪感と胸がはち切れそうな切なさ。この気持ちに名前をつけることは、絶対にない。
 政府には絶対忠誠を誓わなければ、自分の将来どころか命すら危うい。だから邪魔な感情など、一切持ってはいけない。
 隣で穏やかな寝息を立てているゆうを見つめた。感情豊かで優しい、俺達のような人間とは正反対の存在。綺麗で美しく、穢れのない物質が寄り集まって出来たような――そんな少女。
 その心は壊れそうなガラスで出来ていそうな錯覚さえ起きる。この事実を明かせば簡単に壊れてしまうだろう。
 一緒に過ごしてきた日々はそう長くはない。けれど、ゆうは隠すということをしないからそういうことは分かってしまう。
「……ねぇ、シュウ。」
 どくん、と心臓が飛び跳ねる。今まで寝ていると思っていたゆうがいきなり名前を呼ぶ声に驚いてしまい、喉からひゅっと息が漏れた。
「シュウはいつ、日本に帰る予定なんですか?」
 その言葉で俺はハッと思い出す。この島に来てからすっかり忘れていた。俺に与えられた猶予は2週間。この島にきて、約8日程度は経っているはずなのだ。やばい。その言葉しか出てこなくて、落ちつきかけていた心臓がまた早鐘を打ち始めた。
「シュウ?顔色が悪いですよ……?」
 心配そうに顔を覗き込んでくるゆうを見て、俺は自分の未来を手放そうかと言う気さえ起きた。ゆうを殺してまで、未来にしがみつきたくはなかった。
 2週間の期限。あと6日もすれば日本政府に命じられた兵士達がこの島にきてゆうの生死を確認するはずだ。そしてその時ゆうが生きていたら、俺は殺される。
 それでもいい。あまりに短い期間でも、それを一緒に過ごした相手に対してここまで思えるなんて考えられなかった。初めて人間らしい感情を手にすることができたという喜びさえ感じられそうだ。
「……なんでもない。そうだな、後、6日……くらい、かな。」
「6日……ですか。……寂しくなりますね」
 しょぼん、という効果音さえ見えそうなくらい落ち込んでしまったゆうの背中を優しく叩く。俺はもう、未来も命もどうでもよかった。
 ただ、ゆうさえ生きていてくれるなら。
「ゆう。俺、この島に来れてよかった」
「どうしたんですか、いきなり……。」
「言いたい気分だったんだよ」
 冷めた子供だったと思う。クラスメイト達は毎日わいわい騒いで、明るい性格ばかりだった。俺は一人で孤立していた。
 だけどゆうに出会えて、俺はそんな部分を変えられたとおもう。元から失うものなんて、なにもない。
――でも殺されてしまえば、ゆうに会えないな。すごく嫌だ、と思う。
「寝るか」
「……むぅ。結局はぐらかされるんですね……」
 むすくれたゆうに苦笑いして、俺は瞼をとじた。隣でゆうが寝ころんだのを気配で感じ、なんだか嬉しくなる。偽の夫婦みたいだ。
 何考えてんだろ、俺……。

***

 次の日の朝に見た空は、今までで一番綺麗な青空だった。既に起きていたゆうが少し不安げに声をかけてきた。
「あの、さっきから島の中に声が響いてるんです。シュウのこと、呼んでるんだと思うんですけど……」
 その言葉を聞いて、俺は走り出していた。シュウ、と俺を呼びながらゆうが追いかけてくる。ダメだ、来ちゃだめだ。走りながらそう言っても、ゆうは引き返す事はしなかった。
「シュウ!?一体どこに……」
――いた。島の海岸に停泊している日本の国旗をかかげた大きな船が視界に入り、心臓がドクドクと跳ねる。肩が少し震えるのを必死に抑え込み、ぜぇぜぇと息を切らし追いかけてくるゆうを背中に隠す。
「シュウか。どうだ、ターゲットは無事に殺せたか?」
 ゆうが驚いているのが背中越しに伝わる。俺はギリ、と歯を噛んでふるふると首を横に振った。
 兵士長のルドルフさんが顔を露骨にしかめ、銃を手に取った。
「そうか。何故殺さない、お前が後ろに隠しているのはソイツだろう?」
「……殺したくないんです」
「甘い奴だ。……一時の感情に唆されおって」
「一時の感情なんかじゃありません。俺はゆうを殺せない」
 背中にいるゆうを狙撃されないように必死に背中に隠しつつ、俺は兵士長とピリピリした雰囲気の中穏やかとはいえない会話をする。
 銃を持っているが、まだ安全ピンは外していない。まだ大丈夫だ。
「シ、シュウ……?」
 ゆうが不安そうな声色で俺の名前を呼ぶ。返事をしてあげたいが、生憎そんな事が出来る雰囲気ではない。
「……そうか。では、仕方あるまい。俺は決まりに従い、お前を殺す」
 ジャキ、と音を立てて安全ピンが外される。銃口が俺に向けられ、俺は静かに目を閉じた。こうなるのは百も承知だったのだから、恐怖はない。
 残念ながら悔いはあるようだが、それに知らないふりをしてルドルフさんの狙撃を静かに待った。
 その瞬間、空気を裂くような破裂音が耳に入った。俺の体に痛みはなく、不思議に思いそっと目を開ける。
「……ゆ、う…?」
 目の前でゆうの茶色い長い髪がぶわりと広がる。ゆうが倒れるのがスローモーションのように見え、俺は目を見開いた。
「シュウをかばったのか。愚かな人狼だ、自らの命を捨てるとは」
 俺はルドルフさんの言葉を無視して、ゆうに走り寄った。こんな事態が起きるなんて、予想だにしていなかった。
 零れおちそうなくらい、俺の瞳に涙がたまる。急所は外れたのが救いだが、もう助かる見込みはない。傷が深すぎる。
「……シュ、ウ……。お怪我、は…?」
 自分の方が死ぬほど痛いだろう、けれどゆうは目に溜まった涙を零しながらも俺の安否を確認して微笑んだ。
 どこまでも、ゆうは優しい。
「なんで……、なんで俺なんかを庇ったんだよ……!!」
 俺の涙がゆうの頬を濡らした。ゆうはそれでも優しく微笑んで、いつも通りの優しい声色で言った。
「……シュウ、……好き……」
 ゆうの手が俺の頬にゆっくり伸びてくる。だがそれは、俺の頬に届く前に再び地面におちてしまった。ゆうは口元にひそやかな笑みを浮かべたまま、目を閉じていた。
「ゆう……?」
 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!!!ゆうを揺さぶっても、もうあの綺麗な瞳は見られない。あの優しい声はもう聞けない。自分の名前を呼ぶあの声は、もう。
「ふん。……茶番はそこまでだ、お前も死ね。シュウ」
 ゆうを抱きしめて、何かが決壊したように涙をボロボロと零す俺にルドルフさんは銃口を向けた。俺の口に笑みが浮かぶ。
 いいさ、最初から死ぬつもりだったんだ。ゆうと一緒の世界に行く。素敵なことじゃないか。
「さよならだ、シュウ。……私の、息子。」
 その言葉が俺がこの世で聞いた最後の言葉だった。再び空気を裂くような破裂音が、俺の耳を劈き急所を射抜く。
――これで終わりだ。俺は一気に体の力が抜けるのを感じ、静かに地面に倒れ込んだ。
 さようなら、父さん。死ぬ間際に思い出すのも、心の中で言うのもなんだけど、俺の目標は父さんだった。
 日本の兵士をまとめる兵士長。明るい正義感の強い性格をしていた父さん。ほとんど顔なんて合わせなかったけど、それでも尊敬していた。誇りだったんだよ、俺にとっては。
 忘れかけていた俺の目標。叶うことはもうないから、どうか無駄な夢を見るなと笑ってほしい。
 俺はこれから行くであろう死後の世界ではゆうにまた巡り会えることを信じて――黒い闇に溶け込むように、眠るように意識を手放した。

「……バカな息子だよ、お前は」
 ルドルフは未だ煙をあげている銃を地面に置き、死んでしまった――正確に言えば自分が殺した二人の少年少女に近寄った。
 一人は自分の息子。もう一人は、自分の息子が愛した少女。
 このままでは、可哀想だ。ルドルフは静かに二人の片手を持ち、手を握らせるように重ね合わせた。
 結局のところ、自分が信じてやまなかった正義はまやかしだったのだ。愛する息子をほったらかして正義に勤しんだ結果がこれなのだから。
「兵士長。もうすぐ船を出港させます、お急ぎください」
「……いや。私はここに残る」
「何を言っておられるのですか!?早くお乗りくださ……」
「ここに残ると言っている」
 ルドルフの冷たい目線に怯え、部下である兵士の一人は逃げるように船に乗り込んだ。それからしばらくして、船は出港した。
 まずはこの二人の墓でも建てなければ。この少女が愛したであろう自然が一番近いところに埋めて、同じ墓にシュウも埋めてやらねば。
――そして自分も、この地で眠ろう。せめて最後は、家族で同じ島で眠りたいから。

 ルドルフは、二人の子供を抱きかかえそっと上を向いた。眩しいくらいの青空に目を細める。
 もう一度二人の顔を見遣り、心の中で懺悔をする。青空が、痛かった。

――ルドルフ!一緒に遊ぼう!
 あの日もこんな、青空だった。かつて自分が最も愛した幼なじみ。
 もうすぐ、私もお前のもとに行こう。そしてこの二人と巡り会えたなら、共にその世界で暮らそう。
 ルドルフはそっと微笑んだ。すぐそばで、少年と少女の笑い声が聞こえた気がした――。



Fin*
藤堂ナヅキ
2012年07月22日(日) 14時06分55秒 公開
■この作品の著作権は藤堂ナヅキさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
完結しました。長くなった気がしますが、感動物になっていたらいいなぁ。
天国で巡り会えるのを、私は願っています。自分で紡ぐんじゃなく、本当に彼らが巡り会えるのを。

この作品の感想をお寄せください。
No.1  白星奏夜  評価:20点  ■2012-07-24 23:41  ID:LuursefdGYI
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こんばんは、白星です。

勝手な要望に応えて? 頂き、ありがとうございます。拝読させて頂きました。

フルになって、悲しいお話しになってしまいました(泣 個人的には何らかのこの世での救いがあって欲しかったので、ちょっと残念です。
ゆうの純真さ、素晴らしいキャラだと感じます。愛らしさが伝わってきます。

余計な意見ですが、というか読者の勝手な感想ですが、やはりフルになった分だけ、説明が欲しかったように感じます。レダスト島とは何なのか? ゆうを排してまで手に入れるべき必要とは何なのか? 兵士長は何故、死を決意したのか? この悲劇を生んだこの世界の歪みとは何なのか? 読解不足で見落としていたら、すみません。ですが、未解決部分があるせいで、ラストの輝きが褪せてしまっているように感じました。

好き勝手言って、自分を棚上げしてすみません。舞台や、キャラがとても良かったので、もっと面白くなる、と期待値を上げていたので。
傲慢な感想、お許し下さい。またの機会をお待ちして、今回は失礼させて頂きます!!ではでは〜。

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