ざしきわらしの名前

 わたしの家は古くから続く旧家で、今時珍しい木造の広いお屋敷だ。
 県会議員をやっているお父さんと、家政婦の島田さんとわたしの3人で暮らしているが、お父さんは仕事で忙しく1週間に2〜3日しか帰って来ない。

 ある日、それは突然現れた。
 わたしは中学校から帰宅し、いつものように制服を着替えるため、奥の座敷へとつづく襖をガラリと開けた。その時わたしの眼に飛び込んできたのは、浴衣のようなものを着て畳にゴロリと横になり、せんべいをかじりながらテレビを観ている男の人―。
「……すいません、間違えました」
 静かに襖を閉め、今の状況をもう一度確認する。えっと、ここはわたしの家。あれはわたしのテレビ。
「って、それわたしのせんべいぃ!!」

「……すいませんでした。なんか無造作に放置してあったから、つい食べてしまいました。はい、悪い事だと自覚しています」
 5分後、わたしはその見知らぬ男を正座させ、せんべいの件についての追及を一通り済ませていた。
「コホン、まぁこちらとしても、たかがせんべい一袋でガタガタ言うつもりはありません」
「いや、もう十分言ってね?」ボソッと男がつぶやくが、無視。
「あいにく父は留守にしておりますので、今日のところはこれでお引き取り下さい」わたしはいつも言い慣れたセリフを言って、丁寧に頭を下げる。これで一件落着……のはずだった。
「いや、あのぉ、お引き取りと言われても、ここが俺の帰る所なんですけど」
 男の口から明かされる衝撃の真実。まさか……。
「い、生き別れたお兄さん?」
「な訳ねーだろ! 昼ドラじゃねぇんだから。座敷童だよ、座敷童」
 そうだよね、生き別れの兄妹なんてドラマじゃあるまいし。なんだ、ただの座敷童か。座敷童……。目の前に座敷童がいる。
「きゃああああ! 出たぁ〜!」
 わたしの盛大な悲鳴を聞きつけて、島田さんが慌てて走ってきた。
「お嬢様、どうなさったんですか?」と、座敷に転がり込んできて、ハタと不思議そうに立ち止まる。「まぁまぁ、こんな所で一人で。何をしていらっしゃるんですか?」
 一人で?ゾッとして男の方を見ると、男はにまっと笑ってピースサインを送ってきた。
「はは、何でもないです」

 男は、本当に座敷童のようだった。わたし以外の人間には見えていない。しかし、明らかに20歳を超えているであろうその風貌は、座敷童というより座敷成人だ。
「まぁ、そういうことで、暫くこちらでお世話になりますんで。どうぞお構いなく」童らしさの微塵もないふてぶてしい態度。こいつ疫病神じゃないだろうな。
「あの〜、座敷童が現れる家は繁栄するって、よく言いますよね?うちも、なんかこう、ウハウハになるんでしょうか?」わたしは一番気になっていた事を聞いてみる。
「……知らね」
 ああ、そうですか。

 いつまで居座るつもりか知らないが、そいつはちょくちょく座敷に現れた。決まってわたしが一人で暇を持て余している時にやって来ては、何をするでもなくダラダラ過ごして、どこへともなく消えていく。いつの間にかわたしは、座敷に入ると一番に奴の姿を探すようになっていた。
 その日もわたしとそいつは、一緒にお茶をすすりながらテレビのクイズ番組を観ていた。
「ねぇ、徳川綱吉って何やった人だっけ?」
「アレだろ。リンゴが木から落ちるのを見て、裸で風呂を飛び出した、のちにメロスと呼ばれるおっさんじゃね?」間違いすぎていて否定する気も起こらない。
「ニュートンって知ってる?」試しに聞いてみると、
「あぁ、あの人類で初めて宇宙の果てまで行った奴?」自信満々の答えが返ってくるが、そんな人がいたらぜひ教えてほしい。わたしは奴の言葉を黙殺した。
「ところでよぉ、最近何か変わった事起きてない?」
「座敷童が出没した」わたしは即答で答える。
「いや、俺じゃなくてさ。他に何か、夜中に足音がするとか、家具の配置が勝手に変わってるとか」
「夜中に足音なら何回か聞いたけど、アレあなたの足音じゃなかったの?」
「いや、まぁ」そいつは珍しく言葉を濁したまま、その後その話題に再び触れることはなかった。

 そんな会話があった事も忘れてしまっていたある夜。わたしは寝苦しくて目を覚ました。時計を見ると、夜中の2時を回ったところ。布団に潜り込もうとしたその時、座敷部屋の方から何かが壁にぶつかるような、大きな音がした。
 恐るおそる部屋を出て、音の元を確かめに行く。その間にも何度か足音のようなものが聞こえた。きっと奴が寝ぼけて暴れているだけに違いない。そうじゃなかったら怖すぎる。わたしは忍び足で座敷に近づくと、勢いよく襖を開け放した。
「……なんだ、やっぱりあなたか」部屋にいたのは、座敷童だった。一気に気が抜ける。「も〜、こんな夜中に何して……あれ?それ何?」
 わたしは座敷童が、毛の生えた小さい生き物を掴んでいるのを見つけた。暗くてよく見えないが、丸い毛玉が座敷童の手の中でぶるぶる震えている。
「猫?かわいい」
「近づくな!」座敷童の鋭い声に、反射的に身を引いた。
「こいつは、鬼だよ」
「オニ……?」その毛玉のような生き物は鬼と呼ぶにはあまりにも小さくて弱々しい生き物だった。「これが?」
「この小っこいのが、もう少し経つと鬼になるんだ。弱っちぃもんだから、あっちで祓われこっちで祓われしてる内に、恨みが溜まって鬼になるんだよ。ひでぇ話だよな、まったく」
「でも、害がある訳じゃないんでしょ?」
「いや、鬼になっちまうと手に負えなくなる。だからその前に、こうして回収して回ってんだ」この小さい生き物が、一体どうやって鬼なんかになるんだろう。
「じゃあ、この家に来たのも、ここに鬼がいたから……?」
 座敷童は、フンと鼻で笑った。
「ああ。世話になったな」
 すっとわたしの横を通り抜けて、部屋を出ようとする。
「ちょっと待った!」
 わたしは咄嗟に座敷童の袖をつかんだ。
「出て行っちゃうの?」
「ああ。鬼は捕まえたから、もう俺は用済みだ」
「せっかく仲良くなったのに」行って欲しくなかった。しかし座敷童は、ぐいと袖を引っ張って、わたしの手を振りほどいた。
「アンタ何言ってんの?」そう言って座敷童は笑ったが、無理に笑っているような、乾いた笑い方だった。「仲良くなんかなれる訳ねぇだろ。人と妖怪が」
 言い終えると座敷童は縁側から庭へ降りた。満月が明るく外を照らしている。
「じゃあな、もう変な妖怪に絡まれるんじゃねぇぞ」
 座敷童は月明かりに吸い込まれるように姿を消した。

 それから今まで、わたしは座敷童の姿も、他の妖怪の姿も見ていない。あの座敷童はずっと鬼退治をして回っているのか。どうしてそんな事をしているのか。聞けなかった事は全部謎のままだ。それでもわたしは、いつかまたあの座敷童に会えるような気がしていた。そして、今度会ったら絶対に、聞きそびれてしまった彼の名前を聞き出そうと思っている。
umeto
2012年07月02日(月) 16時47分37秒 公開
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初投稿です。
未熟な作品ですが、感想いただけると嬉しいです。

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No.8  umeto  評価:0点  ■2012-09-02 19:26  ID:FQM2XKrxInM
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お様

ご感想ありがとうございました!
詳しいご指摘、勉強になります!

そうですね、言われてみれば、ざしきわらしさんのキャラ描写、ちょっと足りなかったかなと思います(汗)
パッと出てくるので余計、どんな人物かとか説明いりますよね。。
終わりも、ちょっと書き急いでしまいました…。うぬ〜。

でも楽しんで頂けて、嬉しいです!
それでは、ご感想ありがとうございました。
No.7  お  評価:30点  ■2012-09-01 00:22  ID:.kbB.DhU4/c
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こんちわ。
そうすっね、まぁ、あえて注文付けるとすれば、
・主人公の中学生らしさがもう少しあっても良かったかなぁ。
・ちょいと終わり方があっけなかったかなぁ。
・座敷童氏のキャラ描写が断片的でちょいと掴みにくかったかなぁ。
あとはまぁ、座敷童が去った家は没落するんじゃなかったっけ? とか?
まぁ、あえてということで。
物語りのアウトラインは面白かったです。楽しませてもらいましたよ。
あと、ディテールを詰めつつ、描写のバランスを試し試しやっていけば、ばっちりな感じになるんじゃないかと期待を込めて。
No.6  umeto  評価:0点  ■2012-08-17 13:01  ID:gdj7LSTb7tI
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夕凪様

ご感想ありがとうございました。

ざしきわらしが去っていく所は、一番最初に浮かんできたシーンで、一番書きたい所でもあったので、読んでいただけて嬉しいです!

そうですか…。
ご友人を亡くされたんですね…。
お辛いでしょうが、お友達である夕凪様が時々思い出すなら、それが亡くなった方にとっては何よりの供養になるのでは…、と思います。
偉そうなこと言ってすみません(汗)

感想どうもありがとうございました。
No.5  夕凪  評価:30点  ■2012-08-08 00:53  ID:qwuq6su/k/I
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 TCらしい文芸的な良い文章だなぁ・・・と懐かしく感じた。するする読めるしさり気なくて自然で。。。ほんの暫く居た丈の男が鬼を捕まえて去って行く時の寂寥感が意外に現実的でよかった。。
 何十年か振りに友人が出来たが彼女はほんの一年程で老齢の為去った様だ、、最後に会って以来とんと見掛け無い。去ってからああ 久し振りに茶飲み友達が出来たのだったのに・・・と気付いたが。。この噺を読んでふと彼女の事を思い出し悲しくなった。
No.4  umeto  評価:0点  ■2012-07-23 15:42  ID:gdj7LSTb7tI
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青山様

ご指摘ありがとうございました!

まだ小説書き始めたばかりで、語法や言葉の選び方なんかに不自然な所が、多々あると思います……。
作品に合った言い回しが書けるといいな、と思っていますが、まだまだ道のりは遠そうです(汗)

ご感想頂けて嬉しいです。ありがとうございました!
No.3  青山 天音  評価:30点  ■2012-07-04 12:00  ID:zhM4b1eL.ms
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こんにちは。読ませていただきました!
青年でちょっと口調の悪い座敷童、新鮮ですね。
良くある座敷童とは設定がちょっと違うのも、要所々々でさりげなく説明されているのですんなり受け入れられました。
中学生の主人公と青年の座敷童の「クスッ」と笑えるような掛け合いも面白いなと思いました。

一つ個人的に気になったのですが、「県議会委員をやっているお父さん」の語法は「県議会委員をしている父」とした方が、全体の統一感がとれて良いように思いました。

以上、どうぞよろしくお願い致します。
No.2  umeto  評価:--点  ■2012-07-03 15:48  ID:8IqlwdT1i0E
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白星様、ご感想ありがとうございました。

面白いと言っていただけてとても嬉しいです。まだまだ本当に反省点だらけの作品ですが、これを励みにまた書いていきたいと思います。今回の二人の続きなんかも、書けたらいいなと思っています。

>>読み間違いだったら申し訳ないのですが、彼が鬼を狩っているので、その家には不幸が訪れなくなる、ということで良いのでしょうか?
わかりにくくてすみません。はい、そういうことです。

>>結果的に住み込んだ家を知らず、知らず、幸福にしていた、という展開でも面白かったような気がしました。
貴重なご意見ありがとうございます!参考にさせていただきます。
No.1  白星奏夜  評価:30点  ■2012-07-02 18:38  ID:ZnM0IRCgEXc
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こんにちは、白星と申します。拝読させて頂きました。

面白かったです。座敷童が、青年という設定が非常に効いていて、会話のかけあいもとても楽しかったです。

読み間違いだったら申し訳ないのですが、彼が鬼を狩っているので、その家には不幸が訪れなくなる、ということで良いのでしょうか?知らね、と彼が言っているので彼自身よく分かってないのでしょうが((笑) それなら、結果的に住み込んだ家を知らず、知らず、幸福にしていた、という展開でも面白かったような気がしました。彼の性格も活きる、というか。はい、余計な一言です。すみません。

これから二人の物語が始まる、というようなプロローグにも感じました。もう少し、長く、二人の会話を眺めていたい気分になりました。

拙い感想ですが、失礼致します。ではではっ。
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