ライブ
「3年C組の今野知哉君。生徒会室の桜木千恵のところまで来てください。繰り返します、3年C組の……」
 昼休み。呼び出しの放送がかかり、僕は廊下を足早に移動する。周りの生徒が、好奇の目で僕を見つめる。
「あいつ、生徒会長に呼ばれたよな」
「盗撮でもしてたんじゃないの?」「やだ、有りうる〜」
 僕は、顔を伏せる。桜木千恵――成績優秀、美人で、超が付くほど人気がある生徒会長。その彼女に呼び出される覚えがない。そもそも、校内一と言われる機械オタクで、ネットの住人である僕とは接点すらない。何故、呼び出しが? 恐怖に似た感情を抱えながら、僕は生徒会室に入った。
「いらっしゃい、急に呼び出してごめんなさいね」
 桜木さんは、にこりと笑む。予想とは反対に、快く迎えられた。桜木さんを含む、生徒会三役が揃っている。副会長の眼鏡男と、書記の地味な女の子もいる。見るからに、真面目そうな三人だ。
「あの、何の用で……」
 視線をさまよわせながら、尋ねた。
「まあ、まず座って」
「はあ」
 おずおずと、着席する。桜木さんは僕と対面に座ると、真面目な顔つきで口を開いた。
「ねえ、今野君。今の日本、どう思う?」
「はい? 今の、日本?」
 突拍子もない質問に、首を傾げる。三役揃って、睨むように僕を見た。
「いや、その、なんというか、大変というか」
「もしかして、君も戦争賛成な感じ?」
「ええっと、そういうわけでは……」
 僕の答えに、桜木さんは少し満足したように微笑んだ。

 日本は、変わってしまった。隣の超好戦的軍事国家がやけくそで、宣戦布告。便乗して、その国と親しい四千年の歴史を誇る大国が南の島々を掠め取ろうと侵攻。日本を含む、同盟国と本格的な武力衝突に発展した。日本の首相は、市長から成り上がったこれも超がつくほどの強権主義者。国が有事なのを良いことに、自身に反抗的な勢力を潰して回った。おかげで、今では国を挙げて戦争賛成の風潮が蔓延している。テレビでは連日、連合軍の詳報が流れるし、中高生は動画サイトでリアルタイムの戦場を観戦して楽しんでいる。街中では、人気少年グループの新曲『今こそ燃えろ、ヴィクトリージャパン』が盛んに流れるし、今や俳優より、勇敢に戦った兵士の方に熱狂的なファンが付く。

「この国は、おかしい。街中で反戦なんて言ったら、白い目で見られるのよ。変じゃない?」
「はあ……」
 副会長と書記も、深々と頷く。
「というわけで、来週の文化祭で生徒会による反戦ライブを行います。協力してくれる?」
「はあ……はああ!?」
 一人ノリつっ込みの如く、僕は声を荒らげる。反戦ライブ? この人たち、真面目かと思いきやめちゃくちゃ過激だ。
「いや、捕まりますよ? というか、皆さん成績優秀で人気があるのに何でわざわざ」
 桜木さんは、つかつかと僕の前に歩み寄る。
「私、縛られるの大嫌いなの。みんなが、戦争賛成だからそれに乗るなんて御免なの。そもそも、日本国民って空気読みすぎ、踊らされて自分がなさすぎ。カラオケじゃ自分が好きな曲じゃなくて、みんなが盛り上がる曲を歌うし、誰かと付き合おうと思ったら死ぬほど苦労して情報戦を繰り広げないと痛い目を見るし。万事がそんなんだから、馬鹿な市長が遂には首相にまでなるし。俺は、ロックに生きるとか言っている歌手が、速攻で『みんなで前線の兵士に熱いソウルを届けようぜ!』とか言うし。人気歌手グループは、政府の犬だし。歌姫は、前線に行って自分のステータス上げるのに必死だし。捕まるのが嫌だし、村八分にされるのが嫌だから、反戦のデモもライブも今年に入って両手の指で数えられるほどしかないし。なんか、そういうのが、全部嫌なのよ!!!!」
 感情のままに、言いたいことを言う彼女がとても綺麗に見えた。正直、もっと感情的に引くかと思っていた自分が妙に乗り気なことに気付く。ああ、そうか。僕も言いたいことが言えずに、苦しんでいる側の人間だ。
「ライブって桜木さん達、演奏できるんです?」
 僕の質問に、桜木さんは笑う。
「隠れて練習してたわ。私はギターとヴォーカル、副会長がベースで、書記がドラムね」
 凄いな、と思わず感心してしまう。口だけじゃない。
「協力ってことは、音響とかですか」
 どんどん乗り気になって、協力すること前提で尋ねてしまう。
「機械、得意なんでしょ? 音響も頼みたいけど、実は本命はもっと大事なのよね」
「本命?」
「ネットも、得意なんでしょ? ライブの映像撮って欲しいの。それで、死ぬ気でその映像を守りきって動画サイトに流して」
 よく考える、と感嘆する。ネット上に流せば、ちょっとやそっとではもみ消されない。
「きっとライブは、先生方に潰されるわ。でも、映像が残れば私たちは頑張れる。だから、今野君は死ぬ気で体育館から映像持って脱出してね」
 桜木さんの笑顔に、胸が鳴った。
「なんか、最後の忠臣○みたいな役回りですね」
「責任重大だからね」
 ぽん、と肩を叩かれる。この学校に来て、初めて良かったと思えた。

文化祭の中盤、最も盛り上がる時間にライブはスタートした。人気のある生徒会長のライブということで、体育館は人の海だ。バンド名が、KYと紹介されると笑いと黄色い歓声があがった。KY、ケーワイ。「空気、読めない」ではなく桜木さん曰く「空気、読まない」だそうだ。何とも、彼女らしくて笑ってしまった。
 素人くさいところも多々あるが、熱いテンポの曲が始まる。僕が、デジカメを回していても、音響を触っていても誰も気にしない。みんな、機械オタクだと思っているから。今は、それがちょっと誇らしい。
 熱狂的に始まったライブ、黄色い歓声は途中からざわめきに変わった。調子の良い曲調に騙されていたら、歌詞がもろに反戦を歌っていることに気付いたからだ。観客の異変もどこ吹く風で、桜木さんは戦争の何が良いんだ、兵士にきゃあきゃあ言っているお前らが前線に行ってみろなど、好き勝手に歌う。僕は、過去最高に気分が良くなる。しかし、その時間も長くはなかった。若さにかまけて、現実を見ていない馬鹿の犯行に見えたのか、すぐに教師が複数、体育館に突入してくる。薄情な生徒達は、先を争って退避した。体育会系の教師が壇上に上がっていく。
「頼んだ!!!!」
マイクを蹴り倒される直前に、桜木さんは僕を見て叫ぶ。僕は頷いて、デジカメを大事に懐に隠して、全力で逃げた。扉から出る前に、振り返る。屈強な教師に取り押さえられながら、桜木さんはギターを弾き続ける。最後まで、彼女は彼女らしい。


「再生回数、300万回突破しましたよ」
 僕の言葉に、桜木さんは本当に嬉しそうに笑う。
「退学も覚悟していたけれど、みんなのおかげで助かったわ。まあ、この学校の生徒も根性見せたんじゃない?」
 生徒会の三役は当然、職を追われた。しかし、ライブを見た複数の生徒が匿名で、あるいは署名で退学だけはやりすぎだと猛抗議した結果、三人とも停学、自宅謹慎で済んだ。あのライブですかっとしたのは、僕だけではなかったらしい。
「この調子だと、本気で首相に目をつけられるかも」
「望むところ、よ」
 全く気にしていない感じで、桜木さんは屈託なく笑う。
「次もよろしく頼むわね」
 僕も、笑い返す。人から見れば、若いのかもしれない。何も分かっていないのかもしれない。間違っているのかもしれない。でも。
「はい、こちらこそ」
 答えた僕の声は、自分が思ったよりずっと弾んでいた――。
白星奏夜
2012年03月02日(金) 11時59分04秒 公開
■この作品の著作権は白星奏夜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
完全に趣味、です。言いたいことを、好き放題言っているのは私の方かも(笑)
でも、それって大事ですよね?たぶん……。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  白星奏夜  評価:0点  ■2012-03-05 21:22  ID:07GNpZyB5Uc
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Phys様
御感想、感謝致します。シリアス続きだったので、少し気分を変えてみました。気に入って頂けたら、嬉しいです。
こんな日本、やだなぁと苦笑しながら設定を書き上げました。微妙な皮肉が伝われば、なんてちょっと毒っ気を出してみたり(笑)
学生達に戦時のリアルさがない、ん〜その通りです。実際はもっと緊張感に溢れているはず、今回は彼らがものすごいダメダメということで描いてみました。はい、言い訳です。
習慣化して頂けて、とても嬉しいです。Phys様のコメントにもいつも励まされています。アイデアが続く限り、楽しんで書いていきます。その間、温かく見守ってやってください!!
ではでは、今回もありがとうございました〜!

ゆうすけ様
御感想、感謝致します。むちゃくちゃな発想からの、仮想日本を楽しんで頂けたようでにやりと笑っております。ほんとにあったら笑えないので、パロディのしがいがありますよね(笑)
学生達のリアルさがないのは、ごめんなさいです。あんまり考えてませんでした。
ご想像の通りです。実は、頑張って戦線を維持しています。いや、していないのにこの雰囲気だったら、ほんとに最高に終わった国、日本ですね。あ、そっちの方でも書きたくなったり。
ほんとのこと、真実を語るのはとても危険ですね。それを全く言わせないようにする、それが一番危険だと思います。重いジャンルをネタに面白く書く、ありですね!ああ、また意欲がふつふつとわいてきました〜!!
今回も、コメント、ありがとうございました!ではではぁ〜。

ウィル様
御感想、感謝致します。ライブのところは、完全にエンジェルビーツに影響されています。っというか、バレた、と冷や汗を流しまくっている次第で(笑)
ガルデモ聴きながら、書いてましたしね。
ライブの混乱に重きをおいたら、もっと良かったなと私も思います。ただ、その、そうすると、かな〜りパクり感があるので心理的に避けた感じです。はい、これも言い訳です。ごめんなさい。
気に入られた時に、いつでもコメント下さい。それが、とても励みになりますし、嬉しいです。ではでは、またの機会をお待ちしつつ。ありがとうございました〜!!
No.3  ウィル  評価:30点  ■2012-03-05 00:27  ID:q.3hdNiiaHQ
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拝読しました。ちょいと前のアニメ、エンジェルビートを彷彿させる話でした。

いい意味で、俺たちの話はこれからだ! 的な話ですね。
正直、もう少しライブの混乱のほうに重点をおいたほうがよかったような気もしますが、おもしろかったです。

また機会があれば拝読させていただきますね。
No.2  ゆうすけ  評価:30点  ■2012-03-04 10:58  ID:m0hMR5bWYIY
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拝読させていただきました。

社会情勢大爆笑です。実際問題として笑えない所が特に大爆笑ですね。
案外そんな危険極まりない状況においても、学生達は順応して普通に暮らしてしまい、その中で自分の考え方を確立していくのかもしれません。私もPhysさん同様に、学生達のノリの軽さに違和感を感じましたけど、よく考えたらそれもありな気もします。
半日アジア連合軍に攻め込まれたら鎧袖一触でやられてしまいそうですが、きっと作中の日本は頑張って戦線を維持しているのでしょうね。天晴れ大和魂復活。なんだか変な所で萌える、じゃないで燃える、変なおじさんです。

世の中には情報操作が溢れています。私達が見聞きする情報は、操作されて捏造されているものばかり。韓流ブーム、原発問題、CO2問題、アジアにおける領土問題、植民地政策、うそばかりです。本当の事を言う危険は重いもの。そういった重いジャンルをネタにして面白く書くのもありかな、そんな気がしました。
No.1  Phys  評価:30点  ■2012-03-04 09:18  ID:vJVAPig4KGg
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拝読しました。

白星さんはいろいろな話を書かれるのですね。抒情的なお話も好きですけど、
こういった楽しい掌編も好みです。

市長から首相に成り上がった、とか、四千年の歴史を誇る大国が南の島々を掠め
取ろうと侵攻、とか、パロディっぷりが爽快でした。急に真面目な話に発展
するのもおかしかったです。笑

少し気になったことと言えば。
私はどちらかというと保守・穏健派なので、もしこういう世の中になったら、
主人公さんの立場を支持すると思うのですが、なんとなく緊張感がないような
気がしました。(なんというか、学生の雰囲気が今の世の中の延長、みたいな
感じがして)

とにかく、面白かったです。これからもいろいろな話を書いていって下さい。
ファンタジー板にふらりと立ち寄って白星さんの作品を読むのが習慣化して
きました。これからも期待しています。

また、読ませて下さい。
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