魔法学園の七不思議
 その王国には、難攻不落の魔法学園があった。幾重もの城壁と、強力な結界によって守られた鉄壁の学び舎。数百年の間、学業を妨げようとするあらゆる圧力から学生を守ってきた。今朝も、目に見えない力に守られながら学生達は学園に向かって歩いていく。

「しまったぁ〜、もうこんな時間だよ」
 女子寮から、一人の少女がぱたぱたと小走りで駆けていく。明るい金髪、少し幼く見える顔が印象的だ。年は、十八といったところだろうか。まだ全く急がなくても良い時間帯だが、少女は辺りを見回しながら足早に大通りを通り抜けていく。しばらく進んだところで、少女は目的の後ろ姿を見つけ足を止める。常備してある手鏡を、黒い魔法衣からさっと取り出して髪を直す。よし、これでオッケー。深呼吸して、少し忙しくなった呼吸を抑える。
「おはよう、エド君!」
 できるだけ朗らかに、急いで来ましたなんて空気は微塵も出さず、偶然見つけましたという感じで声をかける。
「……、あぁ、童顔アイリスか」
 振り返った少年、いやどう見ても青年は面倒臭そうに少女を見つめた。そして、ひくひくと肩を震わして俯く少女に嫌な予感を覚える。
「あ、そのアイリスさん?なんか、さっきの挨拶とだいぶ雰囲気が違う気がしたり、しなかったり……」
「誰が童顔よ、人がっ人が一番気にしていることをっ!!」
 アイリスの革靴が容赦なく、エドの脛を強打する。エドはひぃぃと呻いてその場で悶絶した。
「ちょっとは感謝しなさいよ、この永遠の五年生!学園最弱の魔法使い!上がれない男!」
「不名誉なあだ名を、全部並べるな……」
 脛をさすりながら、エドは涙目で抗議した。自業自得よ、とアイリスは腕を組む。そうよ、同郷のあたしが話しかけなかったらエドは一人なんだから!七年制の学園で六年も留年して、まだ五年生のままのエド。周りは花の十代なのに、一人だけ二十オーバーのエド。もちろん、学園ぶっちぎりのワースト記録保持者。とうとう、同じ学年になってしまった。
「あ、そうそう」
 アイリスは、鞄から巻物数本を取り出してエドに手渡す。
「この前の紋章術式の応用と、第三詠唱時の反動理論と、王国魔法史の板書書き写し」
 エドは恭しく、巻物を受け取る。
「ありがとうございます、お役人様」
「エド君、魔法実技がてんでダメダメなんだから筆記で点上げないといけないんだよ?良い?」
 同じ学年なら、こういうサポートも出来る。今年こそは、一緒に進級してもらうんだから。アイリスは、エドの知らぬところで秘かに決意を固めた。
 一段落ついたところで、二人は並んで歩き始めた。学園の中枢、丘の上の城に向かって学生の黒い列が大通りを登っていく。朝から、楽しそうな声が響きわたっていた。
「平和だねぇ、ここは。王国は戦争中だっていうのに」
 達観したような表情で、エドはふざけ合う学生を見つめた。エドはたまにこういう顔をする、アイリスはそう思った。
「そう、だね。不謹慎だっていう人もいるよね、国が大変なのに学園の生徒は遊んでいるって。少しは協力しろって。けど……」
「けど?」
「あたし達が騒いだって、余計に人を不安にさせるだけでしょ?だったら、あたし達は今、学園でするべきことを一生懸命するだけだよ」
 アイリスは、にこっと笑った。
「するべきことか……」
「まっ、エド君は早くその不名誉な伝説から卒業することだねっ」
 エドは、ははっと苦笑した。その不名誉過ぎる伝説。
「六年連続留年の伝説と、実技がダメダメの学園最弱の魔法使いという伝説か……」
「あ、最近はそれにプラスして学園七不思議の一つにもなったらしいよ」
「どんな七不思議だよ」
「何であんなに実技が出来ないのか誰にも解明できない、最早あれは怪奇現象だって」
 深い溜め息が漏れる。アイリスは、少しエドが可哀想に思えた。言い過ぎたかな?
「でっ、でも姿の見えない学園最強の魔法使いとか、変幻自在でどこにいるか分からない学園校長と同じ学園七不思議の一つがエド君だよ。すごいよ、うんとってもすごい!」
 エドがじろっとアイリスを睨む。
「ぜんっぜん、励ましになってないな」
「がっ、学園最強の魔法使いってどんな人何だろうね。誰も、姿を見たことが無いんだって」
 とりあえず、無理矢理話しを変えてみる。
「誰も見たことが無いのに、何で学園最強って分かるんだよ」
 お、食いついたと思いながらアイリスも首を捻る。
「確かに、変だよね〜。まあ、七不思議だからいるかいないかも分からないし。でも、そういうのちょっとカッコいいかも。やだ、イケメンだったらどうしよう」
「変に期待すんなよ」
 エドには珍しく、強い語気で言われた。アイリスは、それをポジティブに解釈する。
「なに〜妬いてるの?」
「あぁ?調子に乗るな、このどうがっ」
 ん、まで言い終わらない内に脛蹴りが決まる。二人は騒ぎ合いながら、学園の門をくぐった。エドは、そのまま出入口の側にあるベンチに腰を下ろした。
「何、エド君またさぼる気?」
「ちげーよ、お前に強打された脛が気になるんだよ!」
 若干、後ろめたさを感じてアイリスはうっと唸った。
「じゃっ、じゃあ先に上がってるね。お昼は、ここで待ち合わせということで!」
 アイリスはそそくさと退散する。また、変に言い合いになったら今度こそエドの脛を撃破してしまう。
「まっ、お昼もどうせ一緒だし」
 城の階段を、金髪の少女は軽やかに登っていった。


「あいつ、年上に対するなんたらってもんが欠如してるな……」
 脛にくっきり付いた靴跡を触りながら、エドは呟いた。でも、その遠慮の無さが心地良い。
「また、今日も酷くやられたみたいですね」
 エドは、顔を上げる。ウェーブのかかった美しい栗色の髪、優しい瞳をした少女がいた。同じ、制服と黒い法衣を着ている。一つ上の上級生にしか、見えない。
「校長先生」
 エドの発言に少女は、しっと指を唇に当てた。
「それは、禁句ですよ。エド君」
「きょっ、今日は女子学生ですか……まさか、そっち方向の趣味も?」
「あら、この姿は七番目に気に入っているんですけどぉ」
 少女、こと校長先生はくすくすと笑う。校長と知らなければ、惚れてしまいそうだ。
「あ、そういえば二つ目の七不思議に認定されたみたいですわね」
 少女は、ぱちぱちと手を叩いてエドに言った。
「不本意な七不思議ですけど」
「あら、私は一つしか持ってないもの。エド君は、二つも持ってるのよ、すごいじゃない」
 姿の見えない学園最強の魔法使い。それが、エドの持つもう一つの七不思議であり、伝説。
「最強と最弱が同一人物なんて、誰も考えないでしょうね〜」
「そっそんな話しをしに来たんですか?」
 気恥しくなってエドは、校長を睨んだ。
「いいえ、防御結界の北西担当区域を今から私が引き継ぎます。エド君は、いつも通り北東担当区域に専念して下さい。ごめんなさいね、六時間も二つの結界を支えてもらって」
 エドは神妙に首を振る。状況は、よく分かっている。
「軍が、三人も教師を前線に引っ張っり出しちゃって手が足りないのよぉ」
 暢気に言う校長だが、エドはその苦悩を知っている。軍の強引な学園への介入を、この人は一人で防いでいる。学生の誰一人も、学業の半ばで戦地に行かせないようにしている。戦争の始まった六年前のあの日から。そう、その時からエドの留年と、秘密の手伝いも始まっている。
「じゃあ、そういうことでよろしくね」
 校長は朗らかに手を振って、ゆっくりと遠ざかった。
 結界を支えている間は、エドの魔法力のほぼ全てがその維持のために食われる。よって、魔法実技に回す力など残っていない。学生には過ぎた役目。しかし、校長は断腸の思いでエドにそれを託した。天賦の才を潰し、不名誉な嘲りを受けさせていると自覚しながら。
 こうして、姿の見えない学園最強の魔法使いは生まれた。目に見えない力で、何も知らない学生を守っている。

「あ〜いたいた!エド君」
 昼休み、約束した通りアイリスがやって来た。この娘はいつも明るい。人の気も、気負いも知らないで。
「で、今日は何を作ってきたんだ?」
「何か偉そうだなぁ、まあいいや、ほら」
 アイリスは、バスケットを広げる。彩り豊かなサンドイッチが並んでいる。
「今日はどうかな、と」
 エドは、一つ取り出すと口に運んだ。手拭いてから、取ってよ〜と文句を言いながらアイリスはエドの反応を気にする。
「あ、これうまい」
「ほんと?」
 アイリスは綺麗な花が咲いたように、金髪の髪を揺らして笑う。心の底から、嬉しいと思っている顔だ。
 エドは、まじまじとその笑顔を見つめる。気負いも、重責もふっと肩から抜け落ちる。ああ、国とか学園じゃなくて。

案外、この笑顔を守るために自分はここにいるのかもしれない――。



白星奏夜
2011年12月10日(土) 15時37分05秒 公開
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■作者からのメッセージ
学園ものが書きたかっただけです。すみません。これも、妄想です。

この作品の感想をお寄せください。
No.5  白星奏夜  評価:0点  ■2011-12-13 15:35  ID:kjJUbTfDXxE
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お様
はじめまして、こんにちは。二次創作のワンエピソード的、確かに御指摘の通りです。明らかに自分の好きな作品を参考にしたり、意識したりして書いていますから、そうなるんでしょうね(汗)。
コメントへのコメント、感謝致します。そこまで見て下さってありがたい限りです。ヒロインについてのご意見、大変参考になりました。ありがとうございました!
No.4  お  評価:30点  ■2011-12-13 14:36  ID:.kbB.DhU4/c
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どうもです。

良くも悪くも「二次創作のワンエピソード」的な感じを受けました。
作品自体はもちろんオリジナルなのでしょうが、ネタの取り方というか、構成というか、そういうのが。元ネタを知らない二次創作のワンエピソードを読んだような感じを受けたという方が良いのかな。本題を余所に預けたスピンアウト、そんな感じなのかなぁ。

蛇足
「どっちかと言うとアイリスを書きたかったお話しなので」エド君の活躍を削るというのはどうだろう? エド君に設定に見合うだけの活躍をきちんとさせた上で、それ以上の活躍なり魅力を見せるからこそヒロインじゃないかな?
エド君が本当に劣等生であっても何も変わらない……これではちょっとヒロインとして寂しいよね。
No.3  白星奏夜  評価:0点  ■2011-12-12 20:46  ID:94hagFN2U1k
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ウィル様
御感想、感謝致します。七から追加したら、確かに八ですね〜何の謎が抜け落ちたかはご想像にお任せします(笑)。問題点の指摘や御感想を期待して、投稿しているので感謝しております。あ、は完全に私の口ぐせですね。ご指摘があるまで、気にしていませんでした。今後、気を付けたいと思います! 楽しんで頂き、幸せです。ありがとうございました。

エンガワ様
御感想、感謝致します。御指摘の通り、主人公の扱いは私も悩みました。何らかの活躍をさせようかとも考えましたが、どっちかと言うとアイリスを書きたかったお話しなので! そのヒロインを気に入って頂き、とても嬉しく思います。爽やか、というご感想もとても励みになりました。ありがとうございました。
No.2  エンガワ  評価:30点  ■2011-12-12 19:30  ID:SED/FC6RMzg
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王道をど真ん中ストレートで投げている。力みなく。羨ましいなぁ。
見慣れているのに、先が読めるのに、魔法や恋心に臭みが無いのが、とってもいいです。爽やか。

主人公の力や結界張り、を会話で済ますのは、どうなんだろう。
説明ではなく、ここを活写すれば、迫力が出るかなと思うんだけど、そうすると全体のほんわかとしたムードも失われてしまいそうな。
本作はこれで、いいんだと思います。

短い中で、堅実に纏まっていて、暖かくなりました。それとヒロイン、かなり好みです。可愛いです。
No.1  ウィル  評価:20点  ■2011-12-11 00:58  ID:yqFASJqAhJQ
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拝読しました。
学園ファンタジーものですね。オチはもしかしたら……と途中から思っていましたが、オチがわかっていても楽しく読めました。

七不思議に追加されたって、七から追加されたら八じゃん! もしも何かが抜けたのなら、最弱伝説よりも不思議じゃない謎ってなんだったんだよ!
とか一人つっこんでいましたw

えっと、じゃあ言い難いのですが、問題点を数か所。
“脛をさすりながら”から“同じ学年になってしまった。”までの間に、アイリスのセリフが急に混ざっていて読みにくくなっています。

次に、セリフ中の!や?の次、文章が続く場合は一マス空けてください。

次に、これは私もよくやってしまうのですが、会話文のはじめに、あ、などが使われていますが、確かに感嘆文は実際に話すときはよく使いますが、あ、だけでも五回も使われていたら、文章のリズムが大きく崩れそうです。
ある程度はおさえて、地の文で補ったほうがいいかもしれませんね。

「あ、最近はそれにプラスして学園七不思議の一つにもなったらしいよ」
 ↓
「最近はそれにプラスして学園七不思議の一つにもなったらしいよ」
 アイリスは思い出したように言った。

 以上、参考できるところは参考してください。
 久しぶりに学園ファンタジーものを読みました。おもしろかったです。私も書いてみたくなりました。
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