年の瀬は幸せも凍える

　いつも二人の姉に虐げられているシンデレラ。昔はご令嬢だったのに、父の再婚相手が財産目当ての悪女だったのが不幸の始まり。お父さんが毒殺されたなんていう人の噂も、シンデレラの扱いを見れば信じる気にもなる。ボロ布しか着ていないシンデレラ。奴隷のようにこき使われているシンデレラ。水も湯も浴びないせいで臭いのするシンデレラ。泣いていても誰も助けてくれない、みすぼらしく汚くて、世界一不幸で、いじめに我慢するだけの暮らし。ああ、知っている誰もが同情している、可哀想な可哀想なシンデレラ。
　そのシンデレラが、近頃うきうきしている。あの重い足取りはどこに行ったのだろう。石畳の道を彼女が歩くと、シンデレラのボロ靴から不幸の泥が落ちて道を汚しているようだったのに。今では、スキップするように街を駆けていく彼女の背を、誰もが驚いたように見送っている。相変わらずのボロ靴なのに、ガラスのようにキラキラと輝いているかのようだった。
　今日もシンデレラとすれ違った。パンを買ってきた帰りなんだろう。たわいのないパンも彼女が持つと、他の誰かが持つときよりも綺麗な茶色で、ふっくらとしていて美味しそうに見える。
「こんにちは。マッチウリーナ！」
　彼女がこんなに心の弾むような挨拶をするなんて。信じられなかった。あのシンデレラに何があったのかしら。こんなにキラキラした笑顔ができるなんて。彼女の急激な変化に、胸がどきどきとする。どういうどきどきだろうか。不安？　嫉妬？
　彼女は私に手を振って、「気持ちいい季節ですね」とはにかむ。
「朝起きて窓のカーテンを開けるんです。遠くのりんご畑にもやがかかっていて、その中でりんごが朝日を受けて赤く実っているの。秋ってとても綺麗な季節ですよね」
　シンデレラはうっとりと秋を描写する。なんなのこの子は。
「マッチ一個、頂くね」シンデレラが言う。
「十円よ」
　彼女は懐から銅貨を三枚とりだした。
「やっぱり、三つ買いますね」
　随分景気がいい。どうしたのだろう。シンデレラの家は知っての通り裕福だけど、シンデレラ自身は貧乏だった。
　マッチ箱を三つ彼女に渡しながら、訝しく彼女を見ていたのかもしれない。シンデレラは嬉しそうにふふふと微笑んだ。
「私ね。お城の王子様と結婚するの。お城って大きいでしょう？　マッチ箱一つじゃきっと足りないから」
　足りないのはお前の頭だシンデレラ。カメみたいな鈍い頭しやがって。王子と結婚した人間に、だれがマッチをすらせるか。貧乏な暮らしが、こき使われる生活が、シンデレラには染み付いている。
　そして私は、目頭に熱い涙がにじんでくるのを感じた。シンデレラをぐっと引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。
　驚いたように、シンデレラ小さい悲鳴を上げた。
「おめでとうシンデレラ。もう、炊事なんてしなくていいんだよ。服のほつれを直さなくても、綺麗な新品を買ってもられるんだよ」
　シンデレラが私を強く抱き返した。耳元に、ふふふとシンデレラの温かい吐息がかかる。
「ありがとう。ありがとうマッチウリーナ。私、幸せです。これからもきっと、きっとずっと幸せです」
　私は心から彼女を祝福する。
　いつも二人の姉に虐げられていたシンデレラ。泣いても誰も助けてくれなかったシンデレラ。やっと、やっと幸せになれるんだね。

　灯っていた火が徐々に小さくなっていき、とうとう消えた。私は幸せだったときの幻想から目覚める。
　夢の続きが見たかった。マッチ箱から次のマッチ棒を取り出し、火をつけようとして、
「止めなさい」
　とめられた。振り返ると老婆がいた。シンデレラが話していた魔女だろうか。
「幻は、いくら見ても幻よ」
　でも、でも。私の手は、細かく震えてマッチ棒を擦ろうとする。秋はとっくに去ってしまい、季節は冬になっていた。土の中はどれだけ冷たいだろうね、シンデレラ。私は土饅頭の前に膝をついて、小さな墓標を撫でる。名前も刻まれていないコブシ程度の石が、彼女の墓石だ。年の瀬を越えてしまえば、誰もが不幸なシンデレラのことを忘れてしまうに違いない。
　なんでシンデレラは幸せになれなかったんだろう。なんでシンデレラの姉たちは、彼女が幸せになるのを許さなかったのだろう。嫉妬なのだろうか。毒を盛るなんて、あんまりだ。
　何度か擦って、ようやくマッチに火が灯る。
　暖かい部屋、美味しい料理、仲睦まじい夫婦。火の中に幸せな風景が浮かんだ。全部、シンデレラが得れるはずだった風景だ。
「もう、幻なのよ」
　魔女が言った。その言葉に呼応するかのように、冷たい北風が火を消した。

星野田

2011年11月27日(日) 17時55分04秒公開
■この作品の著作権は星野田さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ: こんにちは。
昔書いたものを修正して投稿しました。何が書きたかったのか、それは自分にもわかりません。童話のパクリみたいなのが書きたかったのかもしれません。

この作品の感想をお寄せください。
No.10 星野田評価：--点 ■2011-12-09 00:22 ID:ZTkblJXjeI6	PASS 編集削除
zooeyさんチャットでも感想いただいたのに、こちらでも！　ありがとうございます。双子にしたらいいのでは、という言葉の意図、なるほどそういうことかと納得しました。たしかにこの作品には、ひねりというか、ウェットが物足りない感じがありますね。あんまり色々詰め込むと、ドロドロしすぎるし、せっかく原作をつかっているのでそれから逸脱しすぎて原作を殺すかなと思って躊躇したりしている部分はあったりします。オマージュってそういう難しさがあるかなとか思っていたり（努力不足とか手抜きといってしまえばそのとおりですが）。ダークファンタジーかどうかはあまり意識していません（笑）。書き手としては、物語を書くときに方向性をあまり決めて書かないので…。読み手としては、「あ、この物語はこういう話か」とおもって読み進めるので、たしかに、読者の方々にとっては座りが悪いのかもしれない。そういう視点で書いてなかったというか、自分の客観性が抜けているところかもしれませんね。意識してみようかと思います zooeyさんを含め、読んでいた色々な方に物足りなさを思い抱かせてしまったようですが、この作品にそういう部分が欠けているのだとわかったのは個人的に大きな収穫だったりしました。感想ありがとうございました！
No.9 zooey 評価：30点 ■2011-12-08 01:13 ID:1SHiiT1PETY	PASS 編集削除
こんばんは、読ませていただきました。チャットでも少しだけ話しましたが、感想も書かせてください。チャットで、マッチウリーナをマッチとウリーナの結合性双生児にしちゃえばー、みたいなことを言いましたが、あながち冗談でもありません。「マッチウリーナ」という名前は、私は面白いと思ったのですが、そうするには、なんというか、言葉遊び感が足りないかな、なんて思うんです。ストレートすぎて面白味が伝わらないというか。マッチとウリーナがそこまでいい案とも思いませんが、もう少しウィットに富んだ設定でも良かったんじゃないかなあと思いました。あとは、この作品はダーク・ファンタジーだと受け取っているのですが、そうだとしたら、もっとダークな世界観を出すと、雰囲気が出て面白くなるんじゃないかなあとも考えました。いろいろ書きましたが、パロディ好きなので面白く読めました。あまりいい感想が書けてない気がするので、申し訳ないんですが、とりあえずそんな感じでした。
No.8 星野田評価：--点 ■2011-12-04 23:05 ID:ZTkblJXjeI6	PASS 編集削除
HALさん読んでいただきありがとうございます。ドラゴンの話、あるんでしょうかｗ書いているときはあまり気にしなかったのですが、たしかにこの作品、ブラックで軽い読み物だ…！！！（ぇ指摘されたマッチ売りが抱きしめるまで、自分でもどうかなと思った部分だったのですが、サラっと書くことでむしろ、二人の間柄に深み（すでに嫉妬と不安と友情が同居しうる関係みたいな？）が出るかなとか思ってこの形にしました。うんでもやっぱり、なんか展開が早いように感じてしまうんですね。反省です。けっこう気軽な気持ちで出した作品だったのですが、ここの感想欄やチャットでいろいろと勉強になるようなことをたくさん言ってもらえてたりして満足…！　感想ありがとうございました。
No.7 HAL 評価：30点 ■2011-12-04 22:08 ID:Iqk7q0vk2RU	PASS 編集削除
感想おそくなりました！　拝読しました。　か、悲しすぎる。コメディから転調したあとのラストシーンがものすごく切なくて、そこがいいんだけど、でもやっぱり悲しいです。　もしあくまでブラックで軽い読み物として書かれたのなら、見当違いの意見かもしれませんが、悲劇としては、マッチ売りの少女がシンデレラを抱きしめる（不安や嫉妬から友情に転じる）までに、あともう一拍、間がほしかったような気がしました。無駄がないといえばないのですが、とんとんとんと話が転調していくので、もう少しひたる（頭を切り替える）時間が欲しかったかなあと。　……などといいつつ、楽しませていただきました。できればチャットで仰っていたドラゴンの話も読んでみたいです、とこそこそリクエストしつつ。　拙い感想、大変失礼いたしました。
No.6 星野田評価：--点 ■2011-12-04 19:30 ID:ZTkblJXjeI6	PASS 編集削除
白星奏夜さん感想ありがとうございます。童話組み合わせ創作はときどき妄想するんですが面白いです。一寸法師＋親指姫とか。ラプツェルを助けに行くためにジャックから豆を借りるとか（笑）。こういうので楽しめるのは、自分の創作ルーツが子供の頃読んだ童話にあるからなんだろうなと思います結末についてはあまり深く考えずこんなふうにしましたが、今からするともっとあったかなあと反省したりしなくもないです。読んでいただきありがとうございました！
No.5 白星奏夜評価：20点 ■2011-12-02 17:37 ID:UNdEY8LlRxE	PASS 編集削除
遅ればせながら感想をかかせて頂きます。私も二つの童話を重ねる発想は、おもしろいなぁと思いました。悪い悪い姉達なら、現実的にここまでしそうな気がします。おとなしく幸せにはさせないでしょうね…。
No.4 星野田評価：--点 ■2011-11-29 23:53 ID:ZTkblJXjeI6	PASS 編集削除
おさんこんにちは。完成度の低さというか、下手面白い、みたいなのが目指すものの一つなので、感想で言われたことが素直に嬉しいです。まあ、逆に完成度の高い作品というのも目指すものの一つなので（ぇ）、そちらについては課題を頂いた感じもあります感想ありがとうございました！！
No.3 お評価：30点 ■2011-11-29 23:24 ID:E6J2.hBM/gE	PASS 編集削除
こんちゃ。へぇ、面白い面白い。僕は好きだよ、こういうの。名前はなんとかならんのかとか、十円てことはないだろうとか、まぁ、そういうことはあるけども。背景を想像しながら、筋立てを追うと、けっこう楽しめたし、最後はちょっとしんみりとした気持ちになれた。完成度の低さが妄想を膨らませてくれて、むしろ、豊かに情感を味わうことができた。 nice！
No.2 星野田評価：--点 ■2011-11-29 23:21 ID:ZTkblJXjeI6	PASS 編集削除
ゆうすけさん稚拙を読んでいただきありがとうございます。既製のものを組み合わせてものを作る。つまりiPhoneの発想です（ちがいます）この作品、自分でもなにか物足りないような気がしていたのですが、二人のつながりやマッチ売りの一方的な願い、姉たちへの物語的な処理など、なるほどなと思えました。たしかに、そういうものがあるともう少し読めそうですね。ためになる感想でした。励みになります。ありがとうございました！
No.1 ゆうすけ評価：20点 ■2011-11-28 18:00 ID:YcX9U6OXQFE	PASS 編集削除
拝読させていただきました。メルヘンの話から一変、悲しい展開に面食らいました。主人公はマッチ売りの少女、不思議なコラボですね。シンデレラの事を思うマッチ売りの少女、不思議な関係ですね。その繋がりが示されていた方が感情移入できるように思いました。一方的に幸せを願っているだけに感じましたので。二人の姉に対して一撃を喰らわせたい、そんな読後感です。なにかもう一撃欲しかったような。
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