招く手(増補判)
 風が吹くたび、ふと思い出す。
 さわさわと樹々の翠を揺らし、碧い芳り運んでくるそよ風。
 実家のある丹波の山奥、その風景。大学に通うため京都の街に来て一年半。懐かしい、幼い頃から共に過ごした幼友達。駆け回った山道。優しかった近所のおじさんおばさんたち。誰よりも――、誰よりも僕を大事にしてくれた、姉。
 晴れた蒼い空、白い雲。
 姉の控え目にそっと咲む微笑みが浮かぶ。差し伸べられるすべすべと白くて細い手。僕はその手が大好きだった。一緒に散歩をしてもはぐれないようぎゅっとその手につかまって歩いた。時に頭を撫でられたり、頬をさすられたりするととても嬉しかった。
 誰よりも大切な、僕の姉さん。
 今、何をしているのだろう。

 秋の深まりゆく御苑は、夏の頃とは違う澄み渡った空気に包まれ、樹々と山々しか遮る物なく広がる空、樹々は色づき、少しばかりの肌寒さが哀愁を誘う。
 春に目を楽しませてくれたたくさんの桜も、葉を赤黄に染め、どこか寂しげに葉を揺らしている。
 御所の北東角の向かい、烏丸側で一番北の乾御門の側にそびえる大銀杏は、この季節、まさに見物という他ない。まっ青な空に、鮮やかな黄色が覆うばかりに広がり、視界を二色のコントラストに染める。その見事な対比はあまりにも純粋に澄み切っていて、自分の存在も風景の中に取り込まれ一体化するような錯覚に襲われる。扇形の葉の一枚一枚が風に揺られてはらはらと落ちてくるのも神妙で、季節に独特の切なさを想わせる。
 別段、御苑の中を通る必要はないのだけど、どうせならばと通らざるを得ない心境になる。これも秋のなさしめる業だ。
 今ここに一通の封書がある。封筒がというのがより正確だろう。新品ではない。宛名も差出人も書かれ、封をされた形跡がある。ただ、中身がない。封は切られ、中にあっただろう手紙が失われている。宛名は僕。差出人はアルバイト先の仲間だった年下の少女。彼女はどこか古風なところのある娘で、最近誰もがあまり書かなくなった手紙を書いてよこすあたり彼女らしいなとは思うものの、半年ほどの付き合いでもこれは初めてのことで、彼女自身そう頻繁に手紙でやり取りすることはなかっろうと思う。古風なとは言っても、彼女も現代の女子高生で、ケータイは片時も手放さなかった。
 肝心要の内容は、手紙が入ってない以上、現時点で彼女の意図を知る術はない。
 で、その手紙なのだが、実はまったく記憶にない。切手に消印は押されている。だからこれは誰かが僕のポストへ勝手に投函したのではなく、ちゃんと郵便局員によって配送されたのだということが知れる。なのに、覚えがない。手紙がどうなったのか。いや、それ以前のこととして、僕はこの封筒をどうやって入手したのか、その記憶がない。理屈で考えれば、僕自身がポストから取り出したとするのが当然だ。それは分かる。けれども、そうした自分の行動がまったく思い出せないし、イメージすることすらできない。僕の記憶を信じるならば、僕はそんなことは一切していないはず。ならばどうして僕の手にこの封筒があるのか。
 分からない。
 夢ではないだろうか――、ふとそんなことも思う。夢ならばこういった不条理はよくあることで、脳が起きている間に入手した情報を整理しているのだと聞いたことがある。
 ただ、これは夢じゃない。これだけ意識がはっきりしていて、夢じゃないと意識できる夢なんてないだろう? 夢と現実の区別くらいは、いくらぼんやりしていると人から言われることの多い僕でもちゃんとつく。当たり前のことだ。
 だったら、どうして思い出せない?
 堂堂巡は際限なく、カウンセリングに頼るのも気が引けるので、僕はある人物を訪ねることに決めた。
 差出人である当人に聞くのが一番手っ取り早いのだけども、残念ながら……、本当に哀しいことだけども、それはできない。彼女は先日、交通事故にあって突然亡くなってしまった。本当に突然のことだった。
 プライベートで親交のあるほど親しい間柄ではなかったけども、年下なのにしっかり者で姐御肌なところがあって、職場では僕の方が後輩なこともあって、仕事の手順などを含めよく話しをした。街へ来て忌憚なく何でも話せると感じたのは、彼女だけだったかもしれない。
 だから、彼女の突然の死は、僕にとって大きな衝撃で、お葬式の後数日は心労のために起き出せないほどだった。心が死というものに呑み込まれて、実際、何度か自分で生命を断とうとした。彼女のことを好きだったとか愛していたということでもないのに、ただ漠然とした死という黒く瞑いものに取り込まれて、僕はどうすことも出来ず生きることを諦めかけていた。そこから立ち直れたのは姉のおかげだと思う。夢の中で、姉が帰ってこいと僕を呼ぶのだ。だから僕は帰って来れた。
 これから会いに行こうという人物は、そんな姉に昔世話になったことがあるという。
 出会ったのは偶然。満席近い中華屋で相席したのが切欠だった。すらりとした長身で三つ揃えのスーツを厭味無く着こなした実業家タイプの紳士――というのが初対面の印象だった。口髭を生やした愛想の良い笑顔が屈託なく、すんなりと人の心に入ってくる不思議な魅力の持ち主だった。自分が女だったら一眼で惚れてしまうだろうと素直に思えた。実際、店員の女の子がちらちら彼を見ていたのに気付かないわけにいかなかった。
 時間のない彼が先に席を立ち、別れ際、名刺を差し出した。
「君は昔世話になった恩人に似ている。何か困ったことがあったら遠慮無く連絡してくれ。できる限りの力になろう」
 その直後、僕はほんの些細なことで彼の助力を仰ぎ、今以て親しく付き合わさせてもらっている。
 その内に知ったことだけども、彼の恩人というのが実際に僕の姉だったと知った時には少なからず驚いた。
 実家は旧い旧い家系を連ねるそれこそ旧家で、さかのぼれば平安時代後期にまで行き着く、いわゆる開発領主を祖とする家柄で、旧くは一帯を支配する地主であり、戦後も土地を失いはしても大きな影響力を維持し当主はイコール村長、家筋からは近隣の市議や府議を出す。
 その実家には屋敷神の祠があり、もともと開発時代郷に祀った土地の鎮守~とは別に一族だけが崇める氏~だったのが、今は郷の鎮守~と同等以上に郷人たちに崇められているのは、巫女による占いがよく当たると言われるからだろう。
 当代の巫女というのが、姉なのだ。
 母親も巫女をしていた。けれど早くになくなって姉が跡を継いだ。十六という年齢は歴史的に見れば幼くもないのだそうだが、今の時代にはそぐわない。そう言っても、姉は優しく咲うだけで何も言わなかった。
 彼は、巫女としての姉に世話になったというから、おそらく占いによって結果的に人生を救われるようなことがあったのだろう。彼が詳しく語らない以上、僕からも聞くことははばかられる。だから姉にも彼のことは話していない。多分憶えていないだろうし、もし憶えられていたら恥ずかしいと彼が言うからだ。それもまぁ、もっともなのだろう。
 彼の笑顔は、どこということはないがなんとなく姉に似ている気がして(人相風体は当たり前だけどまったく似ていない)、信用しても良いという気を起こさせる。
 だから今回も、まず彼に相談しようという気になった。姉に知らせる前に。
 姉は巫女というだけあって、隠し事なんて一切できるような人じゃない。何もかも瞬時に見抜かれてしまう。洞察力が半端じゃない。電話でも関係なく。離れて暮らす僕をただでさえ心配している姉に、これ以上の心労をかけさせたくない。
 乾御門をくぐり、烏丸通りを渡って北へ。牛丼ショップの脇から地下鉄の駅へ降りる。
 光溢れる地上から、光の届かない、閉ざされた、人工の明かりだけが白々しく灯る地下へ。階段を降りるたび、光が遠退く。圧迫感。コンクリートに、その向こうの圧倒的な大地の土塊に囲まれている重圧感。
 地上から地下へ。
 一歩、また、一歩と。

 地下鉄の駅、人混みの中にいる。
 駅の構内を埋め尽くす蒼白い蛍光灯の光明。まばゆいばかりに煌々と、地上より彼方、地中深くにある不安を打ち消すようにとうとうと灯る。蒼白く照らし出される大勢の人、人、人。取り囲む壁のような人の群がりの向こうにまだ人がいて、その先もっとずっと先まで人がいて、人、人、人で埋め尽くされて、無尽蔵な誰とも分からない有象無象が、わらわら、うねうね、どよどよと。
 僕は、
 そのただ中に、
 ぽつんと一人で立ち尽くす。
 蔓延する人いきれ。汗と息から放たれる熱と湿り気が集い積もり充ち充ちてむぅぅと詰まって押し寄せる。意味をなさない話し声の集積された雑音。ごみごみと、うねうねと、蠢く黒い球体の無造作な羅列が巨大な蟲の腹を思わせ吐き気をもよおす。
 圧倒され、埋没する自我。
 僕は――、
 消沈してかすれていくのは、僕の中のどの部分だったろう……。輪郭を無くす意識。同化し補完される人格だったものの残滓、あるいは記憶を伴わない自我。
 目の前にぽっかり空いた、列車の滑り込むのを待つ線路。そこにいたって雑踏は静寂に、それは静寂よりも鎮かな静謐、あるいは、予感。予感の先にあるのは静謐を呑み込む闇がり、底のない闇。光からはみ出て視界より閉ざされたその先に潜む、未知。
 闇は、怖い。分からないから、怖い。光の消失したその向こうがここと同じ、人が統べる、確固たる物の輪郭を持つ物質から成る世界が今この瞬間も続いているなんてことを、誰がどうやって証明し得ようか。見えない、聞こえない、触れられない、その先に何があるのか、何がいるのか、何が蠢くものか。
 今、この瞬間にも、闇の向こうから、
 じっと見ている。見られている。
 何かが――、ほら、聞こえる。音が。
 ひた――、ひた――、
 取り巻く雑踏の向こう、この世の騒音を突き通して、静かに、ねっとりと、滴るように、
 ひた――、ひた――、
 あぁ、来るな。何かが、正体の分からない、正体のない、何ものでもない何かが、ゆっくり、じっとり、たくさんの人のいる中を、たくさんの笑顔、仏頂面、そんなものを嘲笑い、怯える僕を嘲笑い、
 ひた――、ひた――、
 闇があるべきところから漏れ出し、霧の押し寄せるように、冷たく、じっとりと、脂のにじみ出すように、ねっとりと、光を打ち消し、呑み込み、じわじわと、急速に、溢れ出す。
 そこから――、
 にゅぅぅーと伸びる、白い、蒼い、腕。しなやかで骨張った、女性のものと思しき、腕。闇から生える、ただそれだけの、腕。持ち主のない腕が、僕の方へ伸びて、ゆらゆらと、闇を連れて、人混みを掻い潜って、僕の元へ、おいで、おいで、と、僕を、求めて、招いて、僕は、あの腕が、白くて細くて滑らかで指のすらりと僕を招くあの腕を、僕は、
 僕は――、

 う、うひゃひゃひゃあ

 嗤ったのは、僕だった。
 頸筋を襲うくすぐったさに、思わず身悶えする。ぞわぞわぁと背筋を駆け上がる、嫌悪感とも違う、快感にも似た震え。お腹の底がむず痒くなって、思わず声が出た。それも、けっこうな声量で。
 周囲の視線が冷たく突き刺さる。
 恥ずかしい。
 何ごとが起こったのか瞬時には理解できず、思考が真っ白になって、かぁと頭が熱くなる。それでいて、鼻孔をくすぐる甘い香りに意識は引き寄せられ、取り込まれ、その香りにいつまでも包まれていたいという思いに囚われる。
 気が付けば、闇はあるべき場所に収まり、明るすぎる蛍光灯の明かりの中、人々の気楽な話し言葉が雑然と聞こえる、いつもどおりの地下鉄の駅に呆然と突っ立っていた。
 あれは、何だったのだろう。
 今でははっきり思い出すことすらできない。闇が間近に迫り、その闇の中から……、あれは……たしかに腕だった。白くて細くて艶やかな、女の人の腕。それが、僕を招いて……
「なかなか面白いモノを連れて歩いてるじゃないか」
 耳元に囁きかける声に、ぶるっと身を震わせる。別の所へ行きかける意識を引き戻すのは、芳しい甘い香り。温かく、どこか切なくなるような。その香りの主は、僕のすぐ側に立ち、興味深げに僕を見上げる。
「君は誰――」
 と言いかけて、僕は眼を見張った。
 自然に流れる黒い髪は背中くるりと跳ね、ほっそりとした小さな顔立ち、少し切れ長の眼に収まる瞳のわずかに翠掛かった澄んだ眼差し。小さいめの鼻、薄い唇の化粧もしないのに艶めかしく光る紅。僕はもう、片時も彼女から目が離せない。
「なんて、綺麗な人――」
 慌てて口を塞ぐ。
 彼女の表情が一瞬だけきょとんとして、それからくすくすと顔を背けて咲い始めた。
 途端にかぁーと頭に血が上り、耳の先まで熱くなって全身から汗が噴き出す。
 うぅ、やってしまった。
 呆れられるか、怒られるかと思っていたら、彼女はひとしきりまで咲い続け、そのうち、くすくす咲いを通り越して、大口を開けて笑いだして、どうにも止まらなくなって、大きく右手を振りかぶって僕の背中をばしばし叩きながら、それでも笑い続けて、
「君、良いわ。とっても良い」
 となぜか僕を褒めた。いや、この場合はやっぱり褒められてはいないのか? 
「ごめん、ごめん。あんまり君が素直だから、つい、ね」
 彼女は目に涙を溜め、まだ頬をひくつかせながら、僕の肩に手を置く。
 温かい、柔らかな手。
「ともかく、君、少し下がった方が良いな。いつまでもそんなところにいると、列車が来たときに巻き込まれてしまう。よもや、自殺志願者というわけではないんだろう?」
 いつの間にか、ホームの線路際ぎりぎりに立っていた。え? と思ってホーム下の線路に目を遣ると、奈落の底でも覗き込むような気になって、危うくバランスを崩しそうになる。僕は慌ててたたらを踏み、足をもつれさせながら二三歩ホームの内へ逃げ込んだ。
「なんで、こんなところに立ってるんだろう」
 記憶にある限り、確かに僕は列に並んで列車を待っていた――はず。
「憶えてないのかい。では、アレも見ていないのかな」
 記憶に幾ばくかの空白がある。
 空白――いや、闇、か。
 闇の中に何か……、あぁ、あれは……、
「あの、白い手」
 暗がりから、にゅぅぅーと伸びる……
「あれは、一体、誰の?」
 僕を招く。白く美しい腕。いつか、どこかで、見たような気もしなくはない。いつ、どこで……。
「もっともな問いだろうけど、その答えは君しか知り得ないだろうね」
 彼女がそっと咲う。どこか不敵さをも思わせる笑みで。その小悪魔的な瞳の燦めきが、なおのこと彼女を魅力的に見せる。
「君は多分、待っているんじゃないかな。その誰かを」
「待ってる……、僕が?」
 むしろ僕は招かれていた。闇の中からおいでおいでと僕を招く白い指。僕はその招きに応じた方が良かったのだろうか。そうしたら、僕は一体、どこへ連れて行かれるのだろう。光一筋も届かない深い深い闇の中を通って。それにしても、それを阻止したのは他ならぬ彼女ではなかったか。
「まぁ、人の考えることなんて分からないけどね」
 そんな気がしたんだよと彼女は僕の瞳の奥を覗き込んで言った。
「さて、ボクはある人物を捜していてね。それがどうやらこの界隈にいるのではないかという話を聞き及んで来たのだが、君は#$%&という男の名を聞かないかね」
「え――、ごめん、よく聞き取れなかった」
 雑踏賑わう構内ではあったけど、他の言葉はよく聞こえたのに、そこだけがなぜだかはっきりと聞き取れなかった。首を傾げる僕に、
「いや、良い」
 彼女は手を振って僕の問い掛けを封じる。
「でも……」
「君が気にするまでもない。答えはもらった。後はボクの方の問題だ。折角来たのだからね、たどれるところまでたどってみるよ」
 謎めいた言葉は僕には理解できないけれど、僕は曖昧にだけ頷き、
「名前、聞いても良いかな」
 と聞いてみた。なんだか意味もなくどきどきしてる。たかだか名前を聞くだけのことに。
「できればお礼もしたいところだけど」
「なに、礼には及ばないよ。ボクも君も用があって行くべき場所がある。大事な用件なのだろう」
「じゃあ、名前だけでも」
 ふふんと彼女は鼻先で咲い、
「握手をしようじゃないか」
 と言って右手を差し出した。
 僕はその手を少しびびりながら――いや、女性に、それもこんな綺麗な娘に手を触れるなんて経験、今まであまりなったから――軽くだけ手を添えると、彼女の方からぎゅっと握り替えしてきた。小さくて繊細な手。柔らかくて温かい。けれど絶対に意志を曲げない手。
「君とボクの縁はどこかで繋がっているらしい。それが過去のことなのか未来のことなのか定かではないがね。いずれ、縁は深められた。また、会うだろう」
 君が望むか否かは別にしてね――
 彼女はまるで運命を司る女神が謎めいた言葉と共に浮かべるような咲みを残して、さっそうと一陣の風のように去って行った。ふわりと揺れる髪の残り香が、しばらく僕の頭から消えそうにない。
 列車の到着を告げるアナウンス。
 行列の最後尾に着く。何人かの男が僕をちらちら見るのは、きっと彼女との関係を訝ってのことだろう。地味な風体の僕が不釣り合いなことは重々承知してる。
 じりりりりりり……
 本物のベルの鳴り響く。電子音ではなく。今時アナログなことだなと感心する――、待て、地下鉄なんていつも使ってるじゃないか。ノスタルジーに浸るようなことなんて――、ていうかいつも聞いているならそんな感慨起こるはずが……、
 じりりりりり……
 ベルは止まない。ベルは……
 もぞもぞと寝返りを打つ。
 寝返り……、柔らかく温かな、これは――、身体を包む蒲団の感覚……、
 あぁ、僕は……、
 微睡みに沈んでいく――、ちがう、微睡みに浮かんでいく。
 意思に関わらず、身体が、精神が、浮かんで、ふわふわと不確かなところに、どちらでもない境界の上をさ迷い、
 ベルが鳴る。
 僕は引き上げられる。不確からしさが曖昧な、確からしさが確実な……、
 反射的に眼を開く。
 焦点が定まらない。物音が耳の奥で聞こえる。現実の音なのか、そうではないのか。
 天井がある。白い壁紙の天井。どこにでもある、高級感のない、見慣れた天井。京都市上京区のとあるアパート。僕の住む部屋。
 僕は目覚めた。目覚めてしまった。
 夢の記憶は薄れ、もはやない。何かとても大事な、忘れてはいけない、ただの夢ではなくとてもとっても大切なことだったような。
 大切なこと……、
 起き上がり、テーブルの上に置きっぱなしの紙片を取り上げる。
 半端に開いたカーテンの隙間から差し込む陽光のまぶしさにしょぼつく眼を擦る。
 手紙。
 女の子が使うような可愛らしい便箋が一枚。添えられた封筒も賑やかにキャラクターが躍っていていかにも女子高生らしい。メールでないのが今時の女子高生としては珍しいのかと思ったら、バイト先ではけっこうこういうのが流行っていると言われた。ちょっとした連絡事とかをやり取りするのだそうだ。こういうものをそっと忍ばされると少しばかり勘違いをしてしまいそうだけど、みんなの前で堂々と渡されると何か拍子抜けしてしまう。
 手紙には、「四日十時にマルイ前集合!」とあった。 
 今日は何日だ……
 ――、ていうか、今日じゃないか。時間は――九時、間に合う。どうして忘れてたんだろう。必ず来いと言われていたのに。
 北里里奈という娘は、わりと普通の女子高校生。男女を問わず友達がたくさんいて、屈託のない笑顔で皆と話す。バイト仲間とは仲が良く、後輩の面倒見も良くて、少しドジっ娘なところも愛嬌がある。見た目も、そうだな――飛切りの美人じゃないけど、それなりにまぁ可愛らしい。そして、なぜか僕と付き合っている。僕の彼女だったりするわけだ。
 今回は確か、バイト仲間の誰かさんの誕生日だかなんだかのお祝いを兼ねてみんなで遊びに行こうて趣旨だったと思う。どうにも頭の中がぼうとして記憶がすっきりしないのは、起き抜けすぐに動き出したせいだろうか。
 ともかく、急いで四条河原町へ向かう。
 地下鉄の駅。地下のホーム。
 日曜の朝は、平日に比べるとのんびりしたものだ。なのに、なんだか、なんだろう、なんとはなしに厭な感じ……。前にここで何か厭なことがあった――ような、どうだろう、はっきりしない。前に? 前に――ではなく――未来……、まさか。
 地下鉄の列車の中はさほど混雑していなかった。座れないこともなかったが、せいぜい十分くらいのことだからとドアの横に立つ。程なく出発する列車の、ほどよい振動。車窓に流れるのは暗がりの壁。
 ごとんごとん――、ごとんごとん……
 心地よさにうとうととする。
 窓の外には地下トンネルの闇がり。
 列車の明かりが漏れ、流れゆく。
 ごとんごとん、ごとんごとん、
 列車が揺れて、車窓も揺れる。
 僕も、揺れる。
 闇がりが、闇が揺れる。
 ゆらり、ゆらり、
 ふらり、くらり、
 ゆらゆら、ふらふら、くらくら、くらくら、
 僕はどこに行く。
 僕はどこにいる?
 そして、何かがにじみ込む。
 僕の中に。
 じわり、と。
 ぬめり、と。
 ぬちゃり、と。
 粘り着く冥い霧のように。
 濃縮された闇が車窓からにじみ溢れる。
 熱帯夜にまとわるぬるい風がどこからともなく吹いて、むぅとした熱気を湧き上げる。頭がくらくらとして、意識がぼんやりと、けれども視界ははっきりとして、そこを、溢れ出る闇の一点を見詰める。
 そこから伸びるのは――、
 あぁ、
 僕は待っていた。
 確かにそうかもしれない。
 僕は、待っていた。
 この時が来るのを。ずっと、以前から。僕を連れて行ってくれる誰かを。この世ではない、どこか別の世界。この世の価値観に縛られない、どこか遠く、誰も知らない、そんなところへ。
 はっとして繋いだ手摺りに額を打ち付けそうになって、目が覚めた。立ったままうたた寝でもしていたのか、混濁としていた意識が晴れて、視界を占有していた闇が、元ある車窓の向こうへ眼の端の方へ減退する。ドアは閉まっている。開いたような形跡はない。
 あれは――夢、でなければ幻覚……、それにしても、あれはあまりに……
「四条ー、四条ー」
 車内アナウンスが告げる、目的地の駅名。
 僕は列車を降りる。釈然としない感情を抱えて。あれは――、なんだったのか。
 楽しい時間は早く過ぎるもの。
 ゲームセンターでゲームに興じる時間、軽い昼食はパスタで済ませ、あちらこちらをウィンドウショッピング、たくさんの店をまわってそれぞれがお祝いの品を当人の希望を聞きながら買うのは仲間内の慣例。誰かの言い出したボーリングでへとへとの腹ぺこになる。夕食は予約してあったアジア料理店で、店に頼んでお祝いのケーキも用意してあった。声を合わせて乾杯、プレゼントを渡して、口々に述べられるお祝いの言葉。お腹のふくれたところでカラオケになだれ込み狂ったように歌いまくる。
 仲間とのかけがえのない時間。
 帰りの道すがら、里奈と二人。どうやら皆が気を利かせてくれたようだったけども、僕はもうへとへとで残念ながら彼女と二人でどこかにしけ込もうなんて体力も気力もなくなっていた。明かりもまばらな街を地下鉄の駅まで二人で歩き、そこで別れる。
「今日は楽しかった」
 僕は頷く。
 彼女は微笑んで、
「ほんとに楽しかった」
 と繰り返す。僕はそうだねと少し疲れた声で返す。でも、本当に楽しかった。
「あたし、君のこと、好きだよ」
 唐突のような彼女の言葉に僕は照れて、声に出さずただ頷いた。
「だから、忘れないで。喩え現実じゃなくても、あたしの気持ち、君のこと好きだという心は紛れもなく現実で、本物で、何ものにも代え難い大事なもので、現実じゃないからって消してしまえるものじゃなくて、本当に大切で大事で、だから、できれば君も同じ気持ちでいてくれたら嬉しいし、忘れないで欲しい」
 僕は彼女の言うことが理解できず、忘れるもなにも僕らは現在進行形で付き合っているわけで忘れようにも忘れようがないじゃないかと思いながらも、彼女の真剣な表情に気圧されてつい、うん、と頷いてしまう。
「良かった、じゃあ」
 彼女は手を振って階段を駆け上がっていく。僕は、自動改札に切符を通してホームへ降りるエスカレーターに乗る。彼女が何度か振り向いて手を振るのに応えながら、今生の別れでもあるまいにと思い苦笑するも、そんなところも可愛いなとひとりにやつく。
 よもやそれが、本当に最期の別れになるなんて、本当に、思いもよらなかった。
 家に着いたのが三十分後。
 さっとシャワーを浴び寝支度を整える。蒲団に潜り込み明かりを懸想とした時、携帯が鳴った。
 彼女の携帯番号に出たのは、彼女じゃなかった。彼女はその時、とても話しをできる状態ではなかった。それどころか……。
 報せをくれたのは彼女のお母さん。二度ほど会ったことがある。僕のことは気に入っていてくれたようで、いつでも遊びに来てねと言ってくれた。
 事故だったらしい。
 家までもうすぐというところ。いつも交通量の少ない交差点。深夜だから、人通りもないから、油断してスピードを出して、注意が散漫になっていたのだろう。それは里奈の方にも言えたことなのかもしれない。迎えに出た母親を見つけて確認せず飛び出した。
 結果は無惨。
 目の前で娘に大けがを負わされたお母さんの気持ちは推し量ることすらできない。涙を見せない気丈さが痛々しくさえあった。
 無限に遅延する時間。
 時を刻むことのない時計。秒針だけが空回りしている。
 頑張れ、頑張れ、
 声にならない祈り。
 僕と彼女の父母。三人分の沈黙、沈痛な祈り、願い。何を代わりに差し出しても良い。三人共がそう願っていた。
 凍え付く時間は、冷たく、揺るがず、ただ滞る。慰めのない時間の停滞。心を摩耗する。
 疲れた……
 これは全部夢で、夢から覚めれば、夢の中で眼を閉じ、現実で瞼を開けば、元通りの日々が戻ってくる。
 疲れた、本当に疲れた。
 僕は、もう……、
「少しでもお休みなさい」
 彼女のお母さんの優しい声が、僕が眠りに誘う。少し眠って、目覚めれば――、きっと彼女が咲って目覚めさせてくれる……。
「お休みなさい」
 おやすみ……
 僕は眠りに落ちていく。
 夢を見ていた。
 どちらが夢で、どちらが現実なのか。
 もう、どちらでも良い。どちらでも良いじゃないか。
 心の中に彼女が――北里里奈の姿が際限なく思い浮かぶ。笑ってる彼女、怒っている彼女、ちょっぴり拗ねた表情、喜んでる時の少しオーバーなリアクション。僕の中にいる彼女が溢れかえって、僕は彼女への思いのなかに溺れていく。
 初めてのデートは映画が良いと言ったのは里奈だった。彼女はあるハリウッド男優の大ファンで、彼の出演作品は欠かさず見ているのだそうだ。何かとスキャンダルも多い俳優だが、現実離れした美男子で演技にもそこそこ定評がある。まさにスクリーンの中の人で、僕らには異世界の人間としか思えない。彼女がきちんと虚構と現実の区別の付く人で良かった。
 微睡みの中にいる。
 今がいつなのか、どこにいるのか、何をしていたのか、何をすべきなのか、何もかもがはっきりしない。混濁としているのに意識の一部ははっきりと覚醒していて、彼女を求めさ迷っている。
 僕を呼び覚ますもの。微睡みの中、僕を現実に引き戻すのは、彼女の好きなあの曲。
 携帯が鳴っている。
 取らなきゃ。この曲が鳴るのは、彼女からに相違ないのだから。
「なにしてるのよ、もぉー」
 開口一番がこのセリフ。いつもの元気な里奈の声。とりわけ今日ははしゃいで聞こえる。
 僕はいつもの苦笑い。
 僕との初デートがその理由だとしたちょっとは自惚れても良いのかな。
「あたしの電話にはすぐ出ること! ていうか、まさか寝てた?」
「おはよう、先輩。ちゃんと起きたよ」
「電話して正解だったわ、ちゃんと遅れずに来るのよ」
 恥ずかしながら僕は彼女のことを先輩と呼んでいる。里奈と呼び捨てにできるのは心の内だけ。皆からも冷やかされるし、彼女からも非難されるのだけども、これがなかなかなんというか恥ずかしいというか緊張するというか、未だに本人を目の前にして里奈と呼ぶことができないでいる。まぁそのうち自然に言えるようになるだろうと高を括っているが、一生このままだったらどうしよう? 冗談めかして言ったら、彼女にどつかれた。
 身支度もそこそこに、早々に部屋を出る。
 待望の初デートに、まさか遅刻はできない。電話で起こされはしたけど。
 待ち合わせの喫茶店には彼女の方が先に来ていた。僕は誤りつつ、コーヒーを注文する。
 お茶を飲みながらおしゃべり、映画は彼女の見たがった例の俳優主演のアクション物、あまり雰囲気はないけど気持ちは盛り上がった。彼女の買い物に付き合い、オシャレだけども学生の財布に優しい居酒屋風の店で夕食。二人の秘密ということでカクテルを一杯ずつ注文する。店員さんがいぶかしむようすを愉しみながら二人乾杯する。
 いつまでも一緒にいたい。その気持ちは多分二人共通のものだったと思う。けども、僕らは未成年で、彼女は高校生。夜もあまり遅くなっては少しまずいかなと思う。何より、彼女のご両親、とりわけお母さんに心配を掛けてしまう。実は一度だけ会ったことがあるのだけども、とても丁寧に接してくれて優しくて、彼女のことを愛しているのだなというのが良く伝わってくる、そんなお母さんだったから、心配を掛けたくないというのも、二人共通の思いだった。
 そんなわけで、僕はまだバスのあるうちに彼女をバス停まで送り、乗り込み帰り行くのを見送る。
「また、きっと会いましょう」
 彼女は念を押すように言う。
「何言ってるの、明後日、一緒にバイトのシフト入ってるでしょ」
「そうよね、うん、また、デートしようっていう意味」
「うん、絶対。ほんと、楽しかった。僕は君の彼氏になれて良かった。幸せ者だよ、僕は」
「馬鹿……」
 彼女の言葉を遮ってバスのドアが閉まる。
 信号で曲がったバスが見えなくなるまで見送っていた。うん、また、デートしよう。
 そう、例えば死が二人を分かつまで、何度でも。二人がおじさんおばさんになっても、今日と同じくらい楽しいデートをしよう。
 バス停から地下鉄の駅へ降りる階段まで数百メートル。僕は心地よい疲れを感じながら、とぼとぼと歩く。
 ねちゃり――
 何かが粘った。粘った……何が? 何かが。空気が、いや、夜が、夜の闇が。粘った。ねちゃり、と。ぬちゃり、と。
 何かが見ている。何か、誰か。誰が? なぜ、僕を。僕の何を――
 闇の中に白い影が見えた。
 それは月だった。
 月の影からぬぅぅうぅと――、
 白い、手が、おいでおいで、と、僕を、招く――、
 僕はふらふらとその招きに応じて、よろよろとよろめきながら、闇の中へ、堕ちていく、堕ちていく……
 彼女と、北里里奈と初めて出会ったのはバイトの初日、店長に紹介されて、彼女が僕の教育係に決まった時だった。年下なのにしっかりした娘だなぁというのが第一印象。最初は遠慮がちに、けれども言うべきはびしびし指摘してくる、厳しいけど頼りになる先輩。タイプは違うけど、どこか田舎の姉を想わせる。
 姉は容姿もさることながら優しく澄んだ心根のとても美しい人で、小さい頃から僕の憬れだった。ただ優しいばかりではなく、ときに厳しく、凛として物怖じせず、頑として動じない強さも併せ持つ。そんな姉の後を、僕はいつも付いて回っていた。
 普段の彼女は姉とはまるで性格の違う、明るくて楽しいことが大好きな今時の女子高生。でも、仕事とかひと度気持ちが入れ替わると途端に真剣な表情になる。その時の瞳の輝きが姉に似ているのだと思う。厳しい時も怒っている時も、ただ責められているというだけでなく、信頼感というのか安心感というのか思われているという暖かさを感じさせる。
 いつの間にか、僕は彼女のことばかりを考えるようになっていた。
 バイトの最中でも彼女のことばかり眼で追って、仕事がおろそかになることもあって、単純なミスをしては彼女に叱られた。叱られるためにわざとやってるんじゃないかと冷やかされもしたけど、そんなわけでは決してなく、僕なりに一生懸命やっていた。まぁ、気もそぞろだったことは否定できないけど。
 彼女の、僕の印象がどうだったのか。多分、年上のくせに頼りないと思われてるんじゃないかと思っていたけど、意外とそうでもないのかなと思えることがあって、彼女もどうやら僕のことをそう悪く思っていないのかなと覚えるにいたって、思い切って告白した。
 それは、星と月の輝く夜空を頂いた秋。その日の仕事を終えようと二人でゴミ捨てをしている時だった。
 よりにもよってとは思うけど、二人っきりになる瞬間を探っていたら、結果的にそうなってしまった。
 そして、僕らは恋人同士になった。
 世界中の何も彼もに感謝したい気持ちだった。
 帰り道、彼女をバス停まで送って、僕は地下鉄に乗る。いつもの道がなぜだか華やいで見えるから不思議だ。
 僕は、浮かれ気分のまま地下鉄への階段を降りる。
 いつも使っている地下鉄。四条界隈や、京都駅に出る時には必ず乗る。いつもと別に何も変わらない。けれども、違う。何かが違う、駅の構内。そう感じるのは、僕の気のせいか。ここで何かがあった……、そんな気がして気分が落ち着かない。記憶をまさぐるも、何も思い出せることがない。僕に関わりない事件事故であっても思い出せることは何もない。にもかかわらず、何かが引っ掛かる。気分が重い。頭が痛い。吐きそうだ。これは人混みの中にいるせいだけじゃない。人いきれだけじゃない……、誰かが、何かが……
 列車がホームに滑り込む。
 まばらな人並みのなだれ込むのに呑まれて、僕も列車に乗り込む。その波に逆らうことはできない。帰ろう、帰らないと……。
 ごとんごとん
 揺れる列車。
 座ってしまいたかったけど、空いている席はなかった。
 疲れた。今日は一日緊張しっぱなしだったから、そのせいで心身共に疲れ切っている。今、ようやっと緊張から解放されほっとして――、だめだ、落ち着かない。腹の底にわだかまるのは正体不明の違和感。嬉しくて、ほっとして、浮かれていても良いはずなのに、憂鬱でどうにも気分が晴れない。
 列車は走る。
 闇の中。地下のトンネルを。抜け出すことのできない、深い深い地底の闇に包まれて。列車が走る。ごとごとと。揺れて、揺られて……
 車窓を眺める。ただ漫然と。
 流れゆく儚い光り。振り切られていく。
 にじみ出る闇。車窓から溢れ出る。
 あの時と同じ――、あの時……、あの時とは、いつ?
 僕はふらふらと一歩、足を踏み出す。
 列車のドアが開いた。
 途端に嵐のように吹き込む暗闇。風を巻き込み空間を圧倒し、僕を圧迫して息が止まる。列車の中の明かりが闇に押し込められ、灯っているにも関わらず、弱々しくほのかな光を残して沈黙する。
 列車は走り続ける。闇に呑まれながらも。
 僕は吹き出る闇のただ中に立って、茫然と、あるいは決然としてそれを待っている。あの、白く艶やかで美しい腕を。その持ち主を。
 指先が見える。
 掌が、ひらり、ひらりと。僕を招いている。
 僕は――、
 そこへ行けば、僕は――、僕たちは――、何ものに煩わされることなく一つに……。
 闇が、融け込んでくる。
 どこに?――僕の頭の中に、僕の心の奥底に、触れることを許さない深淵へ、闇がぞとりと、融け込んで……
「阿呆か、君は。心のうちの闇にすがったところで、開ける未来などありはしないよ」
 声が聞こえた気がした。挑発的で自信過剰でどこか拗ねたようにも聞こえるボクっ子的な可愛らしい声。と同時に、頭骨の中を直接殴りつけられたような衝撃。はっとした途端、くらくらと立ちくらみする。
 この声はいつか聞いた……
 いや、過去には決して聞いたことがない。なら――、未来に……?
 周囲の明るさに眼を瞬かせる。
 闇が、晴れている。
 あれは幻、幻覚だったのだろうか。
 出発した時となんら変わらない車内。人々の意味をなさない雑多な話し声が日常の変わりなさを証明する。
 今の今まで気配すら忘れていた乗客の声の騒がしさに何ごとかと周囲を見渡すと、列車の奥から人影を掻き分けて、いや、どちらかというと踏みつけるようにして、誰かが来る。
 のしのしと。ずかずかと。
 一斉に非難の声が湧き上がるが、彼女は一向に気にするふうもない。つかつかと歩み寄るヒールの足音が非難の声を物ともせず響き、
「まったく君は驚くべき愚か者だな」
 その声は天上の女神から下された啓示のように僕の精神を震わせた。
 つんと澄ました鼻筋、周囲を見下す強い眼差し、柔らかくも豊満過ぎない絶妙のプロポーションを黒のワンピースに包みこみ、腰に手を当てた決めポーズで僕を見下ろす。上背はヒールを込みにして僕より少し低いくらいか。それなのに、彼女はあからさまに僕を見下ろしていた。それは心の有り様の差なのかも知れない。あぁ、僕は彼女になら踏みつけれても良いとその瞬間本気で思っていた。背徳の女神――そんなフレーズが自然に浮かぶ。その美しさに僕は情況を忘れてうっとりと見惚れる。あの時と同じように……、あの時、あの時とは――、いつ?
「君は誰? 僕は君を知っている。でも、君のことを、君と会ったことを何も憶えていない。会った記憶のこれっぽっちもない。そんなことって、あり得ない。だって、君みたいな綺麗な人のことを忘れるなんて。君は? 君は僕を知っているの? 僕らはどこかで会っているの?」
「まったく騒々しいな、君は」
 彼女はやれやれと肩をすくめてみせる。その仕草の様になるのは、彼女クラスの美女の特権だろう。
「君のことなど知らない。現在はね。まだ、ボクらは出会ってもいない。ボクらが初めて出会うのは、そうだな、今から数ヶ月後といったところかな」
「何を……」言っている? 数ヶ月後? 未来? 未来に会うことを憶えているなんてことがあるものか。未来に始めてであって今はまだ出会ってもいない。なら今出会ったことはどうなる? この出会いはなかったことになってしまうのか?
「混乱するのも分からなくはないがね、そう深刻に考えることはない。何もかもが真実とは程遠い虚無のうちの欺瞞が織りなす虚構の事実なのだから」
「そんなこと……」
「理解などできなくとも良いよ、今はね。必要なら、追々理解していくさ。そんなことよりも重要なのは――」
 彼女は言葉を切り、僕の眼を正面に向き合い、彼女のわずか翠掛かった瞳でじっと僕を見詰め、
「どうやら君は過去にさかのぼって記憶を再構築しているらしいね。しているのか、させられているのかは知らないが。しかし……」
 彼女がなおもその憎らしいほどに整った顔を近寄せ、僕を、僕の眼の奥を覗き込む。彼女の息づかいが感じられ、彼女の鼓動が、彼女の身動ぎの一つ一つが、衣擦れの音が聞こえるくらいの距離で。僕の心蔵と理性は崩壊寸前だった。
「それだけじゃない。もう一つ、意図を感じる。いや、それもこれも絡み合っているのか。ふぅん、なかなかやるものだね。けっこうな使い手のようだ」
 僕は彼女の声を聴きながら、彼女の言葉の何一つも聞いていなかった。頭がぼぅとして、彼女の香りにくらくらしている。それでも断片的に耳に入る言葉――、記憶の再構築、使い手――、いったい何のことだろう。
 彼女の気配がふと遠退く。
 僕は絶望的な喪失感に思わず叫びだしそうになる。お願いだからもう少しだけ……。
「それにしても」
 すがろうとする僕のおでこを、彼女はツンと弾いて、
「君が、こんな見え透いた安っぽい幻想に乗せられるとは思わなかったよ」
 としかめ面をする。彼女のしかめ面は、笑顔にも負けないくらい綺麗で魅惑的で、なおも見惚れそうになる僕を、彼女がキッと睨め付ける。
 それで僕は正気を取り戻し、醜態を思い返して消沈する。恥ずかしい、死にたい。
「君が死んでも何の解決にもならないよ」
 冷たい彼女の言葉に、はははと乾いた嗤いを漏らすくらいしかできず、僕は、冷静になろうと努め、理解しがたい話しの流れを掴もうとしてみる。
 見え透いた幻想……
「あの腕のことかい?」
 あれを、彼女は視ていたのか。僕と同じものを。じゃあ、あれはただの幻覚じゃない? 幻想――とは、いったい……
「幻覚でも幻想でもそんなことはどうでもいいことだよ。いずれこの世界の中では些末なことだ。問題は、君が愚かにも招きに応じて闇に落ちそうになっていたことだ。いや、もう君は一度堕ちているのか、今は堕ちている最中、さらなる深層へ招き堕とされるか」
「でも、君が、僕は待っていたんだろうって。だから……」
 自分で口走っもののその記憶は僕にはない。なら、この湧いてきた言葉は、誰のものだ。
「なるほど、そう未来のボクが言ったんだね。おおよそ、ボクの言いとうなことだ。まぁそうだね、君ならばそういう誤解をするだろうね、きっと。しかしね、そもそも――」
 彼女は僕の胸をしなやかな指先で小突き、
「君は土地の信仰を奉じる旧家の生まれなんじゃないのかい」
 その通りだ。でも――
「なぜ、それを?」
 彼女は、それには応えず、
「得体の知れないモノの誘うに乗るなんて、最も戒められてきたことじゃないのかい」
 そう、まさしくそのとおりだった。
 幼い頃の僕はおおよそ祖母に育てられた。母親はあまり子育てに熱心な方じゃなかったし、父親に至ってはほとんど顔も見たこともなかった。祖母が衰えてからは姉に育てられたようなものだが、それでも祖母がいつも傍に着いていてくれたから、僕らは安心していられたんだと思う。
 祖母の言うことには、一にも二にも、見知らぬモノに付いて行ってはならぬ。この世ならざるモノに連れて行かれたらもうこの世には戻って来れない。普段は優しい祖母だったが、僕がそういったモノに触れようとすると、人が変わったかのように怒り叱咤した。僕はその祖母の表情が怖くてよく泣いたものだ。その度に祖母は、もうしてはダメだと困ったようにたしなめていた。
「闇の向こうに理想郷なんかありはしない。あるとすれば、永遠の虚無くらいのものだろう。生命を投げ出すほどの価値はないと思うがね」
 彼女の表情をじっと見詰める。彼女はいったい、僕の何をどこまで知っているのだろう。
「何も知らないよ、君のことなんて。これっぽちも知りはしない」
「でも……」
「顔に書いてあることを読みたどっていけば、おおよそ今思ってることくらいは察しが付くからね」
「顔に……って、そんなに?」
「なにせ君は、昨今には珍しいくらいの純情な人みたいだからね」
 くくっと声を潜めて咲う彼女。
 純情と言われた照れくささにかぁっと熱くなる。田舎育ちだし、都会のように人や物が溢れてるわけでも、子供だったから複雑な人間関係に悩まされることもなかった。少なくとも僕は。山に囲まれた村。小さな田畑が段々に続き、川が流れ、無邪気に駆け回ったくらいしが思い出せない。なにかにつけ物事は単純だったように思う。姉や祖母はそうでもなかったかも知れないけど……。
 結局、僕がいつまでも子供で、どうしようもなく甘えたで、何も知らず、なにも感じず、祖母と姉の庇護のもとのうのうと過ごしてきただけなのだろう。僕は、薄っぺらでちゃちな、なんの取り柄もない、単純で、短絡で……
「やれやれ。君は、ボク以上に君のことを分かっていないようだね」
 僕は、僕のことを厭になるほどよくよく承知しているつもりだ。だからこそ感情に流されてすぐに凹んでしまう。
「まぁ、君がそう思いたいならそれでもかまわないがね。まだ、今のところは。でもじき、そうもいかなくなる。ボクの勘だけどね」
 彼女の勘が何を示唆するのかまったく見当も付かないけども、なんとなく彼女をがっかりさせてしまうのはとても残念な気がして、そんな気持ちになる自分が少し意外だった。
 何か返事をと思いながら巧く言葉が見つからずもごもごうする僕を、彼女が苦笑を浮かべて見詰める。
「あの腕――、また来るんだろうか」
「来るだろうね、君が待っている限り」
「僕が、待っている……。本当に、僕が、待ってる? どうして? 誰かも知れないのに」
「知っているさ、少なくとも意識の深層の部分では。君が意識できないでいるのか、それとも目を背けているのかは、君にしか分からないことだけどね」
 彼女は軽く肩をすぼめてみせる。その仕草はとてもキュートでドギマギしてしまうが、根本的な解決には程遠い。
「とこでいったい君は……」
「そういえば、まだ名前も名乗っていなかったね」
 あはは、と闊達に咲う。
「君はとても――その、魅力的で、不思議な人だ。君はいったい……?」
「さて、なんだろうねぇ。ひょっとした君を悪の道へ誘う陰魔の使いかも知れないよ」
 くすくすとおかしそうに咲う彼女を見ていると、なんとなく気分が落ちついてくる。なんとなく、大丈夫のような気がしてくる。本当に、不思議な人だ。
 自信に充ちた彼女の仕草は、どこか田舎の姉を思わせる。似てるわけじゃない。むしろタイプ的には正反対と言っても良いと思う。姉は美人だ。けど、彼女のような人の気を惹き付けるような類の美しさではなく、控え目で清楚な美しさ。でも決して儚げなだけではなくて、芯が強くて頼もしくもあり、誰よりも僕のことを愛して守ってくれた。
 僕はそんな姉に育てられたようなものだ。
 姉の手。透き通るほどに白くて美しい。あの腕に包まれ、撫でられ、僕は……、姉のことを……。
 視界に黒い点が浮かび上がる。
 ぼつ、ぼつ、と黒点が穿たれ、徐々に広がっていく。写真を焦がした穴が広がるように現実を侵食する闇。じりと、じりじりと。ずぶと、ずぶずぶと、鼻孔の奥をくすぐる焦げ臭さ。
「闇が……」
 迫ってくる。いや、そうじゃなく。湧き上がってくる、僕の中から。
 暗がりから、にゅうぅうと伸びてくるそれは……、
「よく見たまえ、あれは本当に君の望んでるものなのか」
「僕の――、望む……」
「泣きじゃくる君を優しくあやした手は、本当にそんなだったかい」
 おいでおいでと僕を招く手。白くしなやかに艶々と美しい腕。
 あぁ、僕はあの手に育てられた。優しくて温かくて、時に厳しくて、愛情に溢れたあの細い手に、僕は育てられた。
「君は望んでいるのだろう、姉君とふたりで過ごせる世界を。でもね、そんなものは現実には存在しない。それは君も分かっているだろう。でも、その心の求めはいくら押さえようとしても押さえ込むことはできない。だからこそ、それを利用しようとするものがいる」
 そうだ、僕は望んでいた。誰も邪魔する者のない、僕と姉だけの世界。
「良く見たまえ、君」
 今や彼女は僕の意識の中になく、外にもなく、どこにもなく、ただ、その白い腕だけば僕を招き誘っている。
「よく見たまえ」
 誰かが話しかけている。誰が――、でもそんなことはもうどうでも良い。僕は、姉さんと二人で、
「君は、本当にそれで良いのか」
 良いに決まっている。僕と姉さんの二人きりの世界へ……
「よく見たまえ、それは本当に君の姉君の手かい。君の姉君は君を闇の底へ連れ込むような人なのかい。二人だけのために、他の誰もの存在を無くしてしまうような? よく見たまえ、その手を。頑張る君を励まし勇気づけてくれたのはそんな手だったかい」
 何を言っているんだ。この手は姉さんの手。あの優しくて温かな――、
 え――、
 何かがおかしい。違う。姉さんの手は、こんなに冷たくはない。かさついてもいない。骨張ってもいないし、こんなに刺々しい握り方をしない。
「違う、違う、違う――っ!」
「ようやく見えてきたようだね。よく見たまえ。それが、君が愛しい姉君のものだと思いこんでいた腕だよ」
「そんな――、まさか……」
 あの艶やかに白く清らかで美しい、温かく僕を包み込む、僕を優しく招くあの――、あぁ、今こうして見るとまるで違う、土気色に肌色悪く、がさがさと潤いなく、筋張り、骨張って、青い血管の浮き出た、それは老いだけでは語れないほどの醜悪さ。見た目だけじゃない、まとった雰囲気が、なにかどんよりと重く瞑く、そして、どうしてか生臭い。
「それが、人を棄てたモノの手だよ」
「人を――、棄てた……?」
「君はそれに招かれ、もし応じていれば、君の愛する姉上ではなく、死者の懐の中に身を投じることになっていたんだよ」
「そんな……」
「君は死霊の手を握りしめて姉君の手だと信じ込んでいたのだよ」
「そんな、そんなこと……」
「なに、自分を責めることはないよ。太古の昔、それこそ人の世に恋と~が生じた頃から繰り返されてきたことだよ。なにも珍しいことじゃない」
「それって、魔術とか、詛いとかって……」
「まぁ、そのように呼ばれる技術と考えて障りないね」
 平然と彼女は応える。まさかそんなことが……、
「詛いなんて――、今時そんなもの……」
「何を言っているんだい」
 片方の口の端を持ち上げる、人の悪い嗤み。美しい彼女の表情に蔭が、得体の知れない闇が差し込む気がして、僕はぶると身を震わせた。
「君の家は、何代にもわたってそういうことを生業にしてきたんじゃないのかい」
 鋭い瞳に込められたのは、ただ疑問ばかりではなかったろう。束の間、僕はたじろいでしまう。が、でも――、
「違う」
 飛び出した、意図したよりも遙かに強い否定に自分で驚く。
「確かにうちは鎌倉時代から続く古い家で、家の中に屋敷神様のお社があって姉が巫女としてお祀りしてる。けど、だからって呪いなんて。そりゃ、郷の人に頼まれて占いをしたりはするけど、人を詛ったりなんて断じてありえない。絶対にだ」
 肩で息を吐く。こんなに興奮してしゃべったのは久しぶりかもしれない。息を吐くと気恥ずかしさが湧き上がる。でも、姉のことを誤解されるのは我慢ならない。耐えられない。
「ほう。で、君はどうなんだい」
「え?」
「君はその祭事に関わるのかね」
 興奮する僕を軽くいなすように彼女は微笑んで問う。さっきの蔭はすでに消えて跡形もない。
「僕は――、そういうことには……」
「なるほど、それが一つの後ろめたさに繋がっているのか」
 彼女が声を潜めたので、僕はよく聞き取ることができなかった。
「なんのことだい」
「いや、いい」
 彼女はやや大げさめに手を振って、それ以上の言葉を否定する。
「ともかく、君のお姉さん大好きさ加減はよく分かったよ」
「な、そんなこと」
「で、アレなんだかね」
 彼女が指すのは――、
 列車内のドア辺り、立ち込める闇。そこから、ぬぅぅうぅと伸びる、それは――、
 白い手が、干からび精彩を失い節くれ立った手が、僕を、おいでおいでと招いている。
 不覚にも僕はその薄気味悪さに腰を抜かしそうになる。その手の甲に這う数匹もの蛆虫が、さらなる恐ろしさを増す。
「あ、あ、あ」
 情けないことに、声にならない喘ぎばかりが漏れる。
「少し、怖いかもだよ。覚悟して」
 ふふっと嗤う彼女の瞳にあの蔭が再び宿る。
 彼女がぱちんと指を鳴らす。
 と、枷が外れたかのようにアレが――あの死者の腕が、僕らに向かって迫り来る。
「う、うわぁぁ」
 闇が、背後にある夜よりも瞑い闇が大口を開けて、のぉぅぉ――、冥府の底から亡者が藻掻き喘ぐ声をぶちまけ、腹の底の臓腑をえぐり背筋を氷点下が駆け上がり脳髄を締め付け、見る間に広がり、視界を、視界を越える世界という時空間をあまねく包み――、五感を超越してのし掛かる恐怖という圧倒的な情動、身体の内からにじみ出るような冷たさ、熱さ、圧迫感、闇よりもなお瞑いところをさ迷う不安と焦燥、口腔が灼熱のごとく渇ききり、汗が噴き出て、身体が震えだし、視界が、世界がぶれて、揺れて、あぁ、僕はもう……
 僕の両頬を撫でる、愛おしげに、恨めしげに、ひらひらと蝶の羽を揺らすように、手が、僕の頬を撫でている。
 ぞぞぉぉ――と背筋に冷たい怖気が走り抜け、全身が硬直して、思考が弛緩する。
「や、やめろ、止めてくれ」
「肝心なのは、君が、君が望んでるものとソレが別物だと認識することなんだ。一縷の望みも残すことなく、完膚無きまでにね」
 彼女の声が遠く、光の速度をもってしてもたどり着けない別宇宙で響き、同時に耳孔の奥の岩窟と鼻孔の間で鳴り響く。
「違う、絶対に、こんなのは姉様の手じゃない」
「招かれた先、闇の向こうに何がある」
「何もない、何も、僕はそんなところに生きたいわけじゃない!」
「分かったよ。ゆっくり、眼を開きたまえ」
 知らぬ間に閉じていた瞼を、今ようやくそれと知り、恐る恐る、ゆっくりと開く。それは、簡単なようでとても勇気と自制のいることだと気付く。息を整え、覚悟を決める。
 薄闇の向こうに、形容の存在しない闇があり、そこから伸びる腕が、僕の顔を撫でる。その光景が厭でも目に入る。顔を背けたいのを必死で堪え、
「どうすれば良い?」
「簡単なことさ、言葉に出せばいい」
「言葉に?」
「僕は姉様のことが好きだ! 他の女のことなんかに目もくれるものか! 僕は姉様一筋だ! ――てね」
「な、そ、そんなこと……、分かったよ」
 彼女のきっと睨める瞳に気圧されて僕はつい了承してしまう。
「僕は姉様のことが好きだ! 他の女のことなんかに目もくれるものか! 僕は姉様一筋だ!」
 は、は、恥ずかしい。こんなのは二度と願い下げだ。
「よくそんな恥ずかしいことが言えたものだね」
 しれっとした表情で彼女が言う。まるで変態を見る眼だ。
「君が言わせたんだろう!」
 喚く僕を、はははと笑い飛ばし、
「変態であることに間違いはあるまい」などと宣う。
「いいから、早くなんとかしてくれよ」
 と言う間にも、僕の頬をつかむ掌の力が緩んでいることに気付く。効果はあったということか。
 彼女はその及ぼす作用を見越してか余裕の表情で、
「ふむ。待ちたまえよ」
 ふぅと大きく息を吐くと、少し自嘲的な笑みを浮かべてから眼を閉じ、喉の奥から、臓腑の奥底から、野太く、甲高く、びりびりと空間を振るわせる声を――、
 ※咒言※
 彼女のその声は、平素の彼女からは想像もできない、瞑く重く、空気をより時空間を揺さぶり動じさせ、ここから、いやあそこから、多重に、積層に、音階が重なり、深く深く重く重く、地を這い、宙を揺るがし、聞く者の胃の腑の底を鷲づかみにするほどに、それは陰陰と滅滅と、時空における感情というフィールドを塗りつぶす。
 頸筋に絡む力が、力を込める気配が霞む。
 金縛りのように動かなかった身体から緊張が解け、僕は身悶えをして抗う意思を示す。
 ※咒言※
 彼女の咒言が続く。
「僕にはこの世に大切な人がある。だから、絶対に死んだりなんかするものか」
 言葉に出して一語一噛み締めるように宣言する。そうすることが僕にできるせめてもの抵抗だと思えた。
 と、彼女の顔がすぐ側にあった。相変わらず咒言を唱えながら、その手をそっと死者の手に添え、ゆっくり引きはがす。
 僕の頬から、頸筋から離れた途端、それは、夢であったかのように霧散した。
 それは、やはり、夢だったのだろうか。
「終わった?」
 僕は安堵の息を肩で吐きながら聞いた。
「ひとまず、今はね。色々とこれからだろうけど、でもまぁ、今のところはお疲れ様。眠っても良いよ。眠いのだろう。眠ればいい。ここでの君の役割は終わりだ。後のことはここではない未来の君に委ねれば良い。そのためにも、今は眠ることだね」
 彼女の指が僕の瞼を優しく撫でる。
「おやすみ」
 額に彼女のキスを受け、僕は眠りに着く。
 柔らかく温かな唇の感覚に、とろけ、崩れ、混沌の中に、収まるべきところに納まって、次の目覚めを待つ。目覚めるのは次の役割を負った僕……

 静寂の冷たさに、うたた寝から目覚める。
 かくも重く息苦しいほどの静けさ。ずしりと両肩にのし掛かる緊張。疲れた僕は、わずか間うたた寝していた。こんな時にと我ながら思う。そういうふうに思えば思うほど緊張は高まり疲労が募り、僕は睡魔に囚われた。といって、わずかばかりでも疲れが癒えたかと言えばとてもそうは思えなかった。
 夢を見た。失われてしまった夢を思い返すことはできないけども、楽しかったようでもあり、とても哀しく、とても怖ろしい、それでいてわくわくする夢――、そんな気がする。
 僕は大きな溜息を吐いて横たえていた身体をクッションの硬い長椅子の背もたれに立て直す。
 そこには憔悴した北里里奈の母親が立ち、疲れた眼で僕を見下ろしていた。眠っていないのであろう彼女に、僕は申し訳なく会釈した。
 病院の廊下。薄暗く、静かで、薄気味悪いほどに人の気配が無く、消毒液の臭いが脳を刺激する。
 廊下の先には両開きの扉。あれが手術室。あの先で北里里奈が闘っている。自らが負った理不尽な怪我と。北里の母親に呼ばれた僕は一緒に彼女の闘いを見守っている。どうか、生きて戻ってくるようにと。
 なぜなら僕は……、僕は――? なんだ? 僕は彼女のなんだ? 友達? バイトの後輩? だけ……、か? 僕らの絆はたったそれだけのことだったのか? 僕らは……。あれは夢、そう、夢の中で僕らは恋人と同士だった。夢の中で、僕らは本当の僕らとは少し違った僕らで、実際の僕らよりも少しばかり積極的でお互いを求め合いつきあい始めた。それは楽しい夢。重ねる月日、深まる心。でもそれは夢。覚めてしまえばたちまちの内に霧散してしまう儚い幻。築き上げた記憶も育んだ愛情もすべてが偽りの烙印の元に封印される。しなければならない。
 それに、北里里奈は少しばかり大人しめではあったものの充分に魅力的な少女で、バイト仲間の内ではミステリアスな雰囲気に憧れる男子もいたのだけど、本当言うと僕は彼女に対して恋愛感情を抱くことはなかった。なぜといって、僕には誰よりも大切に想っている人がいるのだから。
 だからそう、今この場に、なぜ僕なのか。それは思わなくもない。今日だって、僕は大学のゼミを理由に参加を断った。つまりその程度。僕らは友達だとです言えるような間柄じゃなかった。彼女にだって僕よりも親しい友達はいただろう。僕なんかよりは……。
 もちろん厭なわけじゃない。彼女の無事を心から祈っている。でも、なぜ? 僕なんだろう。その疑問が、なぜだか腹の底に重くたまる
「何を言っているの」
 厳しい眼で北里の母親が僕を睨む。
「あなたたちは恋人同士だったでしょ」
 ――えっ……、
「それはでも、夢の中のことで……」
 そうあれは夢の中、僕は北里里奈に告白し、つきあい始め、デートを重ね、そして……
 あれは夢。夢のはず。だって、北里の性格とか全然違って別人みたいだったし、第一、僕に告白する勇気なんてあるはずもなく、女の子とデートなんて、姉と連れだって歩く以外には今まで一度だってしたことがない。
「いいえ、そんなことはありません。あなたと里奈は付き合っていたんです。本当です。間違いありません」
 そんなこと……、
 怒りを含んだ真剣な眼で僕を見詰める北里の母親の、訴えかけるような、あるいは不実を糾弾するようなその言葉の群れ。鈍い刃となって僕の腹をえぐる。ウソヲツクナ。イイワケヲスルナ。ニゲルナ。セキニンヲモテ。それは僕の中の僕の声だったのかも知れない。だとすれば……。僕は自信を無くしてしまう。僕が夢だと思っていることが現実で、現実だと思っていることが夢――、そんなことがあるのだろうか。
 いや、あるのかも知れない。目の前にいる北里の母の眼は真剣で偽りを言うようにはとても見えない。そもそも、そんな嘘を言う必要も、根拠もないだろう。だとしたら――、やはり僕がおかしいのだろうか……。
 どこまでが夢で、どこからが現実なのか――、わからなくなる……。
「だから君は阿呆だと言うんだよ」
 その声は夢の中で聞いた。夢の中で僕を助けてくれた。彼女は……、誰だったろう。
 いつからいたのか、いつ現れたのか、彼女は、僕の掛ける長椅子のすぐ側に立っていた。その魅力は一目見た一瞬で僕を虜にする。やはり、彼女は美しい。この世の誰よりも。その笑顔は姉のそれと並んでこの世の至宝と言って良いだろう。
「君は……」
「いや、まだだ。まだボクらは出会っていない。しかしね、もうすでにボクは君の中で必然になっているらしい。縁がね、絡まってしまったのだよ、幸か不幸かね。残念ながらそうと覚悟してくれたまえ」
 やっぱり彼女の言葉は謎めいていて、僕にはさっぱり理解ができない。でも、彼女とまた会えたことは嬉しい。彼女流に言うとまだ出会ってはいないということになるのだろうけども。
「あなたは誰」
 北里の母親が強い口調で詰問する。その言葉尻の厳しさは僕をどきりとさせた。それほどにその言葉には思いも寄らない感情が籠もっていた。憎悪。端的に言えばそれほどに強い敵意。見も知らないはずの彼女に対しては激しすぎる感情といえるだろう。それとも、顔見知りなのだろうか。何か特殊な事情でも……。
「いや、会うのは初めてだよ。これを邂逅と呼べるのならね」
 彼女は口の端を優雅に歪め、あのミステリアスで挑発的な咲みを浮かべる。
「実在しない人物との出会いを出会いとカウントするかは、精神の有り様におおいによるところだろうね。ボクや君は、その曖昧なところにいるのかも知れないがね」
「何をわけの分からないことを。娘の生きるか死ぬかの瀬戸際なの、関係のない人は遠慮して貰えるかしら」
 北里の母親の言うことはもっともだろう。ただ、彼女がここにいることのその意味が気に掛かる。彼女が必要のないところに現れたことがあったろうか。ていうか、実在しない人物だなんて、誰のことだ。
「ボクとて、お呼びでないところに押しかけるほど無粋ではないつもりだけどね。ボクを呼ぶのは君だよ。君が呼ぶからボクは来た。いや、この場に存在を許された。あるいは、存在を強要された。それはすなわち、すでに君が気付き始めているということだよ」
 気付く――、いったい何に?
「さて、二つの異なる情報、あるいは記憶と言っても良いのかも知れないが、一つの自我の中に二つの記憶があるとして、いったいどっちがより真実に近いのだろうね」
 まぁもっとも―― 彼女の嗤みが薄ぅく広がる。
「真実なんてものにどれだけの価値があるかは疑わしい限りだがね。それでも、少なくとも、自分の気持ちを他者に上塗りされるのは、ボクなら願い下げだね、君はどうだい」
「それってどういう……?」
「これは君の記憶の問題だと言うことだよ」
「僕の?」
「そう、君の。他の何ものも関係しない。ただ、君の記憶だけが問題となる。君が何を想い、何を信じるか、ただそれだけで全てが決まる。ここで言う全てとは、君自身の心の有り様と同義であり、今この瞬間この空間にあるこの情況がどう帰結するかが、今後君がどう生きるかを決定する」
「どうして、僕が」
「分からないかね。それはここが君の心の内の世界だからだよ」
「そんな、こと……」
「つまりね、ボクも、あれも、現実にあるものと正確に同じものじゃない。厳密にはここにだけ存在するものなのだよ。ただし、その発生には外的要因が大いに関わっている。ボクの場合なら、ボクと君との初めての出会いが大きく影響しているだろうし、そして、あれは――」
 と北里の母親の怒気孕む姿を指し、
「何者かによって植え付けられた像。あるいは記憶。もしくは記憶を埋め込むための装置、プログラム」
 そんな馬鹿な。
「じゃあ、君はこれもまた夢だとでも言うのかい」
「夢と呼ぶかどうかは君の好きだがね」
 彼女は笑みを引っ込めた強い眼差しで、北里の母親を睨め付ける。
「あれの言うことを君はどう思うね。君が夢だと記憶していたことを現実だという。事実だと言い張る。そして、君もその気になりかけていた。本当にそうかい? 本当に君の心の中にある君の感情はそのように語るのかい? 吐き出すが良い。曝け出すが良い。君の真実を。それは客観的でもなければ、正当性も妥当性もなく、理知的でもなければ理性的ですらなく、ただひたすら君自身の根源的な欲求と欲望と快楽に基づいた君にだけ通用する、君だけの真実を」
 僕の、僕だけの真実――
「そうとも、それは君自身の本質でもあるはずだ」
「僕は、僕は――」
「安心したまえ、ことの成り行きだ。ボクがその思い受け止めようじゃないか」
「僕は……」
 そう、僕の中の真実はたった一つ。
「僕は姉様を愛している」
「そうとも、絶望的なまでに病的なシスコン。それが君の紛うことなき真実だよ。それを誤魔化すことは、君自身を否定し拒否し捨て去ることに他ならない」
 そこまで言わなくても良いんじゃないだろうか。
「それが分かれば、君の見るべき風景は変わってくるだろう」
 そこはもはや病院ではなかった。いや、どこかですらなかった。どこでもない、それは曖昧で中途半端で虚ろな世界。僕がいつもいる、悶々とした見通しのない瞑くも明るくもない、これはそう、浅い眠り、微睡みの中。僕はいつでも微睡みの中をさ迷っている。
 その中に、ひとりの女性が立っている。誰か、覚えのない女性。
「さぁ、そうなると、あなたはいったい誰なのだろうね」
 僕の傍らにもうひとり、世にも稀な美貌の女性が、僕に寄り添い立っている。その伝わる温もり息づかいに僕の鼓動はどきどきといきり立つ。
「君に質問なのだがね、北里里奈から母親のことを聞いたことがあるかね」
 そういえば、言葉を交わす少ない機会の中で、ぽつりと里奈が語ったことがあった。とても疲れた表情の彼女が、そのときちょっとしたいたわりの言葉を掛けた僕に語った言葉。多分、ずっと誰かに言いたくて言えなくて堪えていた感情だったのだろう。言い終えた後、里奈は俯き声を詰まらせ、ごめんと一言誤った。あの娘はとても我慢強い娘だった。だから、思い詰めてしまったのかも知れない。
「ずいぶん前に生母を亡くしたと言っていた。父親の後妻である継母とは間柄が良くなくて悩んでいるようだった。家を出たいとも言っていたよ。あぁ、今思い出した。新しい家族ができ、父親すら里奈を省みなくなって、彼女を今心配する家族なんてひとりもいないって、そう言っていた」
 そう、とても哀しい瞳で。あの娘はそう吐露し、普段決して見せない涙を見せ、ごめんと誤った。愚痴を聞かせてしまったと思ったのだろう。僕はけっしてそんな風には思わなかったけど。
「だとするならば、だ。里奈に優しい、里奈もまた愛するあなたは、いったいこの世に存在しうる誰なのだろうね」
 彼女と里奈の母と言った見知らぬ女性が対面する視線の上で火花を散らす。
「もう解れているのだよ、君の望んだ君の夢は」
 ふと表情を解くと、彼女はどこか寂しげに言った。そして、僕に向けて、
「死者の見る夢を解体し、死者を目覚めさせようじゃないか。君ために。そして、純粋に君を慕っていたひとりの少女の思いのために」
 その途端――
 彼女の言葉を言い終えるかどうかというその瞬間、暗転する視界。世界が、混沌に呑まれ、何ものも姿形意味をすら持ち得ない虚無に還元され、モノのカタチは失われ、意識は解け出し解け合い個と知を失い、心は混濁として奈落から奈落へ転落し行く。
 そして――、いつか、何かどこか瞑くて明るくて混沌として整然とした中を、ふわふわと浮き上がる。
 ふわふわと。何かが、どこかへ。
 それは、何か。
 それは、僕。
 僕は――、誰だ。
「さて、君の名はまだ聞いていなかったな」
 列車に揺られている。白すぎる蛍光灯の明かり。ばらばらにある人の気配、話し声。揺れる足元。まっ暗な車窓に時々白い明かりが流れる。ここは――、
「地下鉄……?」
「そう、ここは地下鉄の中。一義的にはね」
 頭がくらくらする。眠っていたのか、気を失っていたのか。立ったままで、我ながら器用なことだ。
「なに、ほんの数分のことだよ。君にはとても長く感じられたかもしれないがね」
「数分、夢……、僕は……」
 そう僕は、夢の中で恋をし、その恋を夢だと告げられ、そして……、それすらも夢だったのか。
「君は……」
「待ちたまえ、ここが夢ではないなどと一言も言っていないよ」
「そんな――」
「ボクはまだ君と出会っていない。未だ、ね。君はまだ君の中の過去をさ迷っている。抜け出せてはいない」
「じゃあ、ここは……」
「思い出し給えよ、何のためにこの列車に乗ったのか」
「僕は、そう、里奈に手紙で伝えられてバイトの仲間内の集まりに参加するために……」
 そこではっとする。でも、僕は北里とは付き合っていない。それは夢の中のこと。だとしたらあの手紙は……、北里と付き合っているという記憶は……、僕はまだ夢の中にいて、夢の記憶と現実の記憶の狭間でどっちつかずにさ迷っている。
「ま、君の優柔不断さ加減は想像に難くないがね。しかしまぁ、これだけ女々しいと、呆れるのを通り越して、母性本能をくすぐられてしまいそうだよ。ま、僕にそんなものありはしないがね。ともかく、君が呪縛から逃れるにはまだもう一押し足りない。君自身はどうやらおおむね覚醒したようだが、まだ諦めきれない相手がいる。それをどうにかしないとね」
 と――、彼女が言い終わるかどうかというその瞬間、車内を照らしていた蛍光灯が次々に消え、瞬く間に視界の全てが闇に呑まれる。
 目の前の一ミリ先すら視界が利かない。誰の姿も見えない。誰もが動揺し、悲鳴を上げ、子供が泣きじゃくり、大人の怒声が響く。だからといって、どうなるものではない。どうにもならない情況に、僕らは今晒されている。怖い。怖くて、声も出ない。闇が、完全な闇に呑まれることがこんなにも怖ろしいとは。それはただ瞑いというだけではなくて、闇が質量をともなってのし掛かってくる。重い荷物を背負うように肩が重く、頭が締め付けられ、内蔵が圧迫されて息ができず、胃の中の物が逆流してきそうだ。傍に彼女がいるという実感がなければ叫びだしていただろう。
「見えると念じるんだよ。見えなくとも、見えるとね。そうすれば眼では見えなくても、ちゃんと見えるようになる」
 肘に触れる柔らかく温かな感触。彼女がそこにいる。それは間違いなく確かなこと。それだけが確かなこと。それだけが支え。それこそが今この場の全て。
 それにしても、むちゃくちゃな理論のようにも聞こえる。けど、彼女が言うとそういうものなのだという気がしてくるから不思議だ。僕はいつの間に彼女のことをこんなにも信頼していたのだろう。
「今この場こそがむちゃくちゃなんだ、なにせ幻想の只中にいるのだからね。しかもその主は君なんだ。向こうにむちゃが利くなら、こちらにそれができないわけがない。つまりは念いの強い方の勝つ。いよいよ向こうも本気のようだからね、君、覚悟して掛かりたまえよ」
 彼女の言うのに従い心を落ち着け念じる。眼が慣れるのとは違う不可思議な感覚。いくら目が慣れても、真の暗闇の中では視力を発揮することはできない。それは視覚の仕組みがそうなっているからだ。それでも見えるとしたら、それは視力のなせる業じゃない。では、なんだ。
 それを言うなら、そもそも、この情況はいったいなんなんだ。
 今は考えるのをよそう。僕は思考を停止させる。彼女を信じるしかない。見えなくとも、見るんだ。
 暗視カメラの映像を見たことがある。それに似ていると言えば似ている。他に喩えようがない。徐々にだが、朧気に、物の輪郭が浮かび上がるように見え始める。色はない。ただ、おおよその形は分かる。
 そして、気付いた。
「誰も――、いない?」
 列車の内装はそのまま。人の姿だけが消えている。騒然としてたのが、なかったかのように、音一つ、声一つなく静まりかえっている。
 静寂がのし掛かる。これは……。
 彼女は、車両の中央にすくっと仁王立ちに腕を組む。この異常な状況下にあって、彼女だけが確かな存在であり、僕自身の存在を確かめさせてくれる。その姿のあまりの凛々しさに、僕はうっとりと見惚れてしまう。
「弛緩してる場合じゃないと言ってるのだよ、君。いかにボクが美しくてその魅力に逆らいがたいといえども、もう少し緊張感を持ってもらいたいものだね」
 自画自賛もここまで言い切ればいっそ清々しい。僕はわざとらしい咳払いで誤魔化しながら、表情を引き締める。
 これからいったい何が起こるのか。好ましくないモノ――、やはりあの腕が。こんどは彼女も一緒に僕を誘いに。あの誘いに乗れば、僕らはいったいどこへ行くというのだろう。
「生きたいのなら、気持ちをしっかり持つのだね。あの闇の向こうは虚無だと心得るべきだ」
 彼女の警句が突き刺さる。一瞬僕は、またも闇に呑まれようとしてた。
「何か武器が欲しいな」
 そう言うと彼女は、手近な吊革を引っ掴むと、思いっきり引っぱり引ききちぎった。
 まさか――と思って見ているうちに、無機物のはずの吊革が、蛇のごとくに捻れ捩れのたうち回り、輪が鍔に、プラスティックの皇国部分が柄に、ぶら下がる革が刀身に――、
 彼女はにやりと不敵に嗤い、
「まぁ、こんなところか」
 柄の装飾も見事な抜き身の太刀を一振り、手に馴染むのを満足げに呟く。
 ――て、そんな馬鹿な。そんなことがあり得るのか? トリックでできるようなことではないし、トリックを使って魔術めかせることに意味はない。
「本物――、なのかい」
「面白いことを言うね、君は。この場に本物なんてものは何一つないよ」
 対する返答はさらに不可解で、結局、謎は増すばかりで何一つ晴れることはない。さらなる説明を求めようとする僕を手振りで諫め、彼女は、
「伏せたまえ」
 言うが早いか――いや、確実に言葉が遅れ、行動がずっと早かった――、僕の頭上すれすれを銀の閃光がひらめく。
 きぃいいぃぃん
 金属の擦れる悲鳴のような音が響く耳をつんざく。
 何が――と思う間に、目の前に突き刺さる短刀。ものの見事に切っ先を床にめり込ませ、鋭い刃を、伏せた僕の目の前に煌めかせる。こんなものが下手なところに刺さりでもしたら間違いなく即死だ。
「なんだってこんな物が」
 ヒステリックに叫ぶ僕に、
「そんなことはあちらさんに聞いてみることだね」
 と、車両の奥をを指す。
 そして僕は唖然とする。
 巨大な雛人形――、かと思った。
 そんなわけはない。
 人――、多分なら女性。いわゆる十二単という平安時代風の衣装をまとっている。現代ではちょっと考えがたい服飾センスだ――、などというレベルの話しではない。
 これは、幾ら何でも異常だ。
 黒々と天をも突かんとするような五本の角、燃えさかる三本の松明を頭に付け、真っ赤な顔、口には両端に火の点いた松明を咥え、血走った眼にはあからさまな狂気が宿る。
「やれやれ、君はよほど好かれ、恨まれているらしい」
「僕が……? なぜ? いったい誰に」
 少なくとも京都の街に来てから、特別に好かれたり恨まれたりするほどの関係を築いた相手はいないはず。まるで思い当たるところがない。
「丑の刻参り――いや、あれはすでに鬼そのものと化している。生成りなんて生易しいものじゃないな。一度修羅道に落ちたのちに恨みだけを頼りにこの世に還ったモノ。まぁ、人は知らず怨みを買うものだからね。特に君は鈍感そうだし、色恋沙汰となるとまるで朴念仁なのだろうからね」
 うぅ、否定できない。それでもしかし、これだけの怨みを買うことなんて、僕でなくてもざらにあることじゃないだろう。
「未だに相手が分かっていない辺りが、まったく、手の着けようのない鈍感さというか、それは言い換えれば悪魔的な残酷さですらあるのだろうね」
「じゃあ、相手って」
「決まっているじゃないか。ひとりしかない。北里里奈、他に誰がいるって言うんだい」
「そんな、彼女が……」
「ただ、これは、これだけのことは、あの娘ひとりで出来ることじゃない。後ろで糸を引く奴がいる。それが、どうやら僕の捜す奴と同一らしい。そんな気がしてならないね」
 彼女が太刀をぎゅっと握り直す。
「だとすれば、事はすんなりと済むまい。これからここで起こることは現実にも反映されると思いたまえ。ここで死ねば、おそらくは現実でも肉体的な死を迎える。君も、ボクもね。覚悟することだね」
「君はどうして僕にそこまでしてくれるんだい」
 僕はいたたまれなくなって聞く。
「迷惑かね」
「とんでもない。でも、僕のためにこんな危険なこと」
「そうだね。未だ出会ってさえいない君だというのに、どうにもまるで他人という感覚がしないのだよ、不思議なことにね。まったく、ボクとしたことがとんだ甘ちゃんのお節介焼きだ。しかしまぁ、乗りかかった船だし。出来る限りのことはやってみるさ」
 覚悟を決めた表情で、それでも笑顔ばかりは清々しく彼女は咲った。
「君は一体……?」
 僕はそんな彼女を眩しく見詰める。
「なんだと思う? 生き残れたら、お茶でも飲みながら自己紹介でもしようじゃないか。君の名もまだ聞いていないしね」
「僕は……」
「まぁ、待ちたまえ。事が済んだ時の愉しみに置いておこうじゃないか」
「僕のお小遣いの許す範囲でだけど、できるだけ豪華なディナーを」
「ふふ、期待してしまうよ」
 じりと彼女が間合いをはかる。
 鬼女の手に短刀が光る。見れば、さっき床に突き刺さった短刀が消えている。
「いつの間に……」
「単純に武器としてはこちらが有利だけど、ただ、情況が向こうに味方している。こちらはやや能力に制限が掛けられているようだ。思うようには事が運ぶまい」
 まったく君の幻想の中だというのにね――、彼女の呟きが虚ろに僕の内に響く。
「僕の、幻想……?」
「そう、君の幻想。今ここにいるボクにとって未来であり過去でもあるボクが繰り返し言ったと思うが、これは君の頭の中で起こっている出来事。仮想現実、あるいは仮想の臨場感世界と言っても良い」
「でも、そんな、僕の空想の産物なら僕の自由になるはずなんじゃ」
「空想とは違う。夢の方が近いがやはり違う。白昼夢といえばより近いのだろうが、それも少し違うだろうね。とにかく、そういったものが必ずしも君の意思の自由になるとは限るまい。それにね、ことここに至るまでに、事前にそういう仕込みがしてあったんだ。暗示とでも洗脳とでも呼べる代物、まあ、ぶっちゃけてしまえば詛いとか呪詛ってヤツだね。こういう技術は名を変え手法を変えつつも延々と受け継がれ絶えることがない。それも個人の素養によっては、常人が思わぬほどに簡単に使いこなせてしまう。まさしく厄介なことにね」
 だから、君が気に病むことはない。そう彼女は優しい笑みを浮かべた。
「さて。ちんたら斬り合うのはボクの趣味じゃない。一気にケリを付けるよ。長引けば不利ってこともあるけどね」
 ぐうぅるるぅぐるるうう
 獣のような唸り声が鬼女の喉から発せられる。威嚇し、怖れさせ怯ませ、怯えさせるために、血走った眼で睨め付ける。
 彼女は涼風でも受けるようにやり過ごす。大胆なほど剛胆に、そして優雅に。
 されど、緊迫する距離感。
 逼迫するのは僕の息づかい。
 勝負は一瞬で決すると素人の僕でさえそう感じ取れる。それほどに、両者の殺気は張り詰め昂ぶっていた。
 いつか凪いでいた風が一吹き、微かに木の葉を揺らし小さな砂塵を散らす。
 ぐらり――と傾いたのはどちらが先だったか。
 彼女の白刃が横薙ぎに閃き、
 宙を舞う鬼女の袿や袴がばざばさと狂鳥の羽ばたきのごとくはためく。
 刹那に交差する二つの影。
 瞬間は永遠にも引き延ばされ、神速の所作は鈍重なるものの歩みにももとる。それはそう、錯覚。しかし、この、神妙なる美しさ、結晶する二者の神々しさは……。鬼と美姫。古の、王朝時代の幻想と浪漫をも彷彿とさせる。僕は、こんな時にも関わらず、陶然と見惚れてしまっていた。
 刻の凍結を解いたのは、鬼女の哄笑――でなければ雄叫び。
 やられた――と思った瞬間、鬼女の脇を擦り抜け彼女が身をひるがえし、そして――、
 銀光、一閃――

「これで本当に終わりなのか……」
 意識が遠退く。
 ……
   *
 ……
 地下鉄の駅、人混みの中にいる。
 駅の構内を埋め尽くす蒼白い蛍光灯の光明(あかり)。まばゆいばかりに煌々と、地上より彼方、地中深くにある不安を打ち消すようにとうとうと灯る。蒼白く照らし出される大勢の人、人、人。取り囲む壁のような人の群がりの向こうにまだ人がいて、その先もっとずっと先まで人がいて、人、人、人で埋め尽くされて、無尽蔵な誰とも分からない有象無象が、わらわら、うねうね、どよどよと。
 僕は、
 そのただ中に、
 ぽつんと一人で立ち尽くす。
 蔓延する人いきれ。汗と息から放たれる熱と湿り気が集い積もり充ち充ちてむぅぅと詰まって押し寄せる。意味をなさない話し声の集積された雑音。ごみごみと、うねうねと、蠢く黒い球体の無造作な羅列が巨大な蟲の腹を思わせ吐き気をもよおす。
 圧倒され、埋没する自我。
 僕は――、
「君ねぇ――」
 朦朧とする意識を通り抜け脳幹に突き刺さる声は、鈴の音の転げるような優美さで僕を包み捕らえる。
「また迷子になろうって言うんじゃないだろうね。好い加減にしてくれ給えよ」
 いつの間にか視界を穿っていた黒い焦げ穴が、きらきらと煌めき舞う無数の羽に取って代わり、暗闇の濃淡だけだった視界に煌びやかな光りが差す。そこにあるのは、取り取りの色彩に溢れる世界。意識せずともそこにいる、現実と呼ばれる、人が本来いるべき世界。帰ってきた――のだろうか。もう、ここは、あれ以上深層の夢の中ではなく……、
「ようやく、初めましてだね」
 眼の間で仁王立ちに腕組みをする美しい女性が親しげに微笑み掛ける。
 明るい栗色の髪はきらきらと蛍光灯の白い明かりの下で燦めき、神秘的な紫がかった瞳は見るものを映してころころと色彩を変えて妖しく見据える。薄い唇の淡い色合い。頑固そうにつんと澄ました鼻筋。眉筋はっきりと、目尻が高く、意志の強さを思わせる。すらりと背が高く、スレンダーで、手足が長い。モデルのような体型は、わずかな所作でさえ人目を引く。
「じゃあ、君が……」
 ふふん、と彼女は不敵な咲みで、
「印象が違っているのは僕のせいではないからね。がっかりしてもボクを責めないでくれたまえ」
 言葉と裏腹にむしろ僕を責めるような視線に、僕は必死で首を振る。たしかに目の前にいる彼女は夢の中で僕を助けた彼女とはいくぶん印象が異なるものの、その美しさは天真爛漫、優美に優雅に見るものを魅了し放さない、そんな圧倒的な魅力。
「夢の中のボクはかなり君の理想に近かったんじゃないかね。おそらくは、君の姉上の面影がダブっていたはずだ。違うかね」
 あぁ、そうだ。その通りだ。黒髪、翠掛かった黒瞳。背はさほど高くなく、女性らしく柔らかな体型。正しく、姉のものだ。何もかもを見透かされていて、僕はどうにも、恥ずかしくて身の置き所もない。
「縮こまるには及ばない。君のような救いがたい重度のシスコンの考えることなど、先刻よりまるっとお見通しなのだよ」
 ぐうの音も出せない僕。
 彼女は嘲るように、からかうように、もしくはまるであやすように、咲んでいる。
「しかしまぁまったく、よくも出会う前というのに散々こき使ってくれたものだよ」
 と睨め付けるその眼差し、冷厳で人を見下しながら、どこか姐御肌の暖かさを感じるその瞳。その瞳に、夢の中の僕はどれだけ勇気づけられたことだろう。
 じわりと思い出す。
 どうやら僕は地下鉄の駅に降りたところで自我を消失したらしい。閉鎖された地下という闇のイメージに呑まれたのかも知れない。あるいは、それが狙いだったのか。いずれにしても、外世界に向けての認識を閉ざし、内側の、自分自身の記憶と思考の世界へと僕は埋没していた。蹂躙され捏造される記憶の迷宮にさ迷い、翻弄され、分裂し、挙げ句、怖ろしい鬼女に襲われ、喩えつまらない人生だとしても今まで生きた記憶を持つ自分を失い、他人に強要された記憶を持つ偽りの僕を形成しようとしていた。それに呑まれようとしていた。
 助かったのは、彼女がいてくれたからだ。まだ出会ってさえいないという彼女によって僕は助けられた。生まれながらに僕である他の誰でもない僕でいられるのは、全て彼女のおかげだ。
 そして、僕は戻った。意識を喪失してわずか数分後の世界へと。
 頭が痛い。胃がむかむかして吐き気がする。質の悪い乗物酔いのようだ。
「まぁ、しばらくは気分が優れないだろうが、やむを得まいね。男の子なのだから、我慢することだよ」
 僕は痩せ我慢を振り絞って彼女に微笑みかける。
「ありがとう」
「なに、こちらが勝手にしたことだよ」
 意外なことに彼女は謙遜をして、礼を言われたことに照れたのか、ほのかに頬を染め目線を反らせる。で、僕の見ているのに気付いて、何を見ている不躾だなと怒って見せる。
 こういう彼女もありだなぁと僕は白痴のように見蕩れてしまう。いわゆるギャップ萌ってやつかな。
「さて、だ」
 彼女がきりりと口元を引結び、きっと僕を見詰め、
「君は今回の件をどう考えるね」
 と問うた。
 僕は特別考えというものもなく、茫然と彼女を見詰め返す。と、彼女から返される冷たい視線。僕は自分が救いようのないたわけであることを自覚していたたまれなく。
「本当に君は呑気だねえ。人が好いと言うのか、なんというのか。自分を改竄しようとした相手にまるで興味もないとは」
 えーっと、あぁ、そういえばいったい誰がこんなことをしたんだろう。こんなことをして特をする人がいるとは思えないんだけど。
「やっぱり、彼女が?」
「北里里奈かね。まぁ、そうだな、三分の一正解と言ったところか」
「三分の一?」
「そうとも、そもそもの三分の一は君だよ。君自身が君を貶めようとした犯人のひとりだ」
 僕――が? そんなまさか。なんでそんなこと……。
「あともうひとりだがね――」
 僕の疑問に応えず、というかボクの不満面を鼻にも引っかけず、彼女はすたすたと券売機の方に歩み寄る。二枚、乗車券を買ったらしく、うち一枚を、
「五条へ行くのだろう」
 と僕に渡す。助けてもらった上に、電車賃を奢ってもらうのはどうかと思ったけど、
「どうせ生活費かつかつなんだろう。金を借りるほど親しい友達もいず、食事回数を減らし、スーパーの総菜半額で食いつないでいるのだろう」
 と生活水準どころかあさましい食生活まで見透かされては受け取らざるを得ない。
「君のような人間がバイトをするからには、経済事情が逼迫しているのだろうと誰にでも想像が付くというものだよ」
 そんなことまでお見通しだった。orz
「そういえば――」
 彼女はこの駅の周辺に用があるのじゃなかったろうか。ん? いや、あれは夢の中の彼女だったろうか。ややこしい。
 それに、なぜ僕が五条へ行くことを知っているのだろう?
「夢の中のボクの一部は紛れもなくボクだよ。ボク自身も君の幻想に巻き込まれていたからね。君が天性の霊媒体質であるように、ボクもまぁ、似たような体質なのだと思ってくれれば良い。ただ君の幻想の中のボクは、君の願望による脚色が為されてはいたけどね。ボクはあそこまで横柄ではないよ」
 ここは大いに突っ込むべきところではないだろうか。口にはけっして出さないけど。彼女は怪訝に僕をちらりと見るが何も言わずに、言葉を続ける。
「実はね、今回のことはボクにもメリットがなかったわけではないんだよ。おかげでもはやここに用は無いということが分かったからね。次に行くべき場所も。君の記憶、一連のお遊戯の際に垣間見えてしまったのだよ。言っておくが、別にわざと覗いたわけではないからね。その点、誤解しないでくれたまえ」
 やや向きになって言う彼女に僕は肩をすくめ、
「君を巻き込んでしまったのは僕だから、仮にわざでも文句は言わないよ」
「だから、わざとではないと言っているだろう」
 ぷっくり頬を膨らませて怒る彼女は、秀麗なルックスにそぐわず、その仕草は少しばかり子供っぽい。現実の彼女は、なんというか、夢の中の彼女よりも、可愛らしい。
 なんて考えていると、後ろから延髄に向けて家令なハイキックを見舞われた。ホワイトアウト。一瞬、異世界にさ迷い込んだ。あれが楽園なのだろうか。
 僕らは地下鉄に乗り、心地よい振動に揺られている。
 地下の細い管の中を頼りない列車に閉じこめられ逃げ場もなく闇の中をひた走る。そんなことを考えると、いつもお近ない気分になる。列車の振動が意識を揺さぶり、正気からはみ出させ、混濁として、ネガティブな思考の渦に落ち込んでいく。
 でも今日は、となりに彼女がいる。そう思うと、なんだか心が軽く、地下の闇の中にいることも気にならなくなる。
「確か君、手紙を持っていたね」
 ぼうとしていると、彼女の顔が目の前にあって僕を覗き込んでいるので、ちょっと――そうとう、焦った。
「また、おかしなところへ行こうとしていたんじゃないだろうね。どこへ行こうと君の勝手だが、少なくとも僕のいない時にしてくれないかね」
 僕は慌てて手を振り、
「大丈夫、大丈夫」
 と笑って見せた。
 彼女は疑わしげに、なら良いのだかねと、一応納得してくれた。
「それでその手紙だけどね、もう一度よく見て見たまえよ」
 彼女が僕の上着のポケットを差す。
「これは、封筒だけなんだ」
「本当にそうかい」
「え――?」
 封筒の中をもう一度検める。
「手紙……」
 まさか、あれだけ探したのに。几帳面にたたまれたそれを広げて見る。
「白紙――?」
「よく見たまえ」
 二枚重なっている。
「上の方も実は白紙ではなく特殊な染料が使われている。それは咒符だよ」
「咒符――、いったい、それってどういう。まさか、これを北里が?」
「貸したまえ」
 手紙の一枚目だけを彼女に渡す。猛威緯度それを折りたたみ、彼女は掌の上で息を吹きかける。すると、蒼白い炎に包まれ、B5サイズの紙片だったもの、彼女曰く咒符が燃え散る。
「手紙を君は一度誰かに見せている。憶えていないかい? 憶えていないのだろうね。君の記憶には所々小さな改竄が見られる。それも特定の人物に関わる部分に限ってね」
 僕は唖然として彼女を見詰める。いったい僕はどうなってしまったのだろう。 僕は、僕自身を、僕自身の記憶を信じて良いのだろうか。
「案ずることはないよ。記憶の改竄はごく些細なものだ。大規模な改竄は失敗に終わったからね。現実と齟齬を来すことはほとんど無いだろう」
「ほとんど――か」
「そう、ほとんど。その手紙、読んでみたらどうだい。もっとも、君は一度それを読んでいるはずなのだけどね」
 下の方の手紙。そこには、少女らしからぬきっちりとした律儀な字で、北里里奈というひとりの少女の人生が、人生の記憶が綴られていた。
 幼少のおりに産みの母を失い、すぐに見も知らぬ女性が現れ一緒に暮らすことになったこと。ずっとその母とは似ても似つかぬ女性と折り合いが付かず対立していたこと。父親とその女性とに子供が生まれたこと。そのことによってますます反発を強め、対立は深まり、憎しみは修正不能な域にまで高まり、親を呪い、妹を呪い、家を出た。友達のところを点点としながらバイトでなんとか稼ぐ。自分の部屋を借りたくて「売り」を始める。勧めたのは素行が問題になってクビになったバイトの先輩。たいしたことないよ。ちょっと目をつぶって別のこと考えてたらすぐ終わっちゃうもの。
 けれど、そのことは少女の精神を無惨なまでに蝕み崩壊させる。
 締めくくりの言葉。
「あなたの中に少しでもわたしが残っていればいいな。いつまでもずっと。生ききれなかったわたしの分まで。あなたの中のわたしがあなたの中で生きてくれれば、本当に良いな。ご免ね。我が侭だよね。迷惑だよね。こんな手紙、持て余しちゃうよね。ご免ね、困らせたかったわけじゃないので、でも、ほんと、ご免ね。お願い、少しの間だけでもいいから、わたしのこと憶えていて。忘れないで。わたしって人間が生きていたことを。ご免ね、ほんとうに。勝手に好きになって、勝手に死んで、勝手にこんな手紙残して。ご免ね。でも、好きなんだ。生きてる内に言いたかったな。でも、やっぱりそれも迷惑だったかな。でも、もういいいや。行くね。バイバイ」
 読み終えた僕は、大きな溜息を吐いて顔を上げる。彼女の死は事故ではなく、覚悟の自殺だったのだ。僕はいたたまれない気持ちになって、押さえきれず嗚咽を漏らす。恥ずかしげもなく涙を流す。涙でできた視界の曇りの向こうに――、
「君は――、北里……?」
 北里里奈が微笑んでいた。
 辛いこと哀しいことを呑み込んで彼女が咲っている。
 記憶が蘇る。
 とぎれがちになる幻想の中の記憶。
 あの時――
 薄れゆく意識のなかで見た。
 交錯する二つの鬼気。鬼と化した女の雄叫び。対峙する彼女の(そういえばまだ名前を聞いていなかった)美貌を歪める嗤みの凍り付く冷たさ。
 その場の気迫渦巻く威圧感よりも、僕は彼女の情動も感情も、意思も意図すらもなく浮かべられるその嗤みに、恐怖した。理解しがたいもの、強大なものを畏れるように彼女を畏れた。
 僕の畏怖が伝わったのか、鬼女の絶叫が一際甲高く、ぜいぜいと息を切らしながらも血走る眼、避けて湾曲する口の端から犬歯を剥き出し、だらりだらりと唾液を垂らして、引きつった嗤みで隙をうかがう。
 ぶつかり合う殺気と殺気。
 互いの存在を容認せず、己が存在のために互いを滅ぼさんとする者同士の意地と意地のぶつかり合い。
 それは、どちらも僕だった。僕のなかの葛藤する二者。
 必殺の一閃は双方共に。
 速く激しすぎる両者の動きにたわんだ空気が視界を歪ませる。
 風を切る衣の羽ばたきが遅れて聞こえる。
 重なり合う影と影。
 激しいエネルギーの衝突の後――
 沈黙
 全ての音も意思も掻き消されたのは、一瞬のことか、永遠だったろうか。
 ばさりと倒れたのは――、
「だ、大丈夫――なの?」
 僕はへっぴり腰のまま、恐る恐る彼女に聞いた。
「ボクが勝ったということは、君がそれを望んだということだよ。君は他者に同調する自分に勝ったのだ。誇っても良い。ボクが許そう」
 思いもよらぬ彼女の温かい咲み。
 僕は小さく頷いた。
「ほら、彼女も君を祝福している」
 え……、
「北里――さん?」
「やっと名前を呼んでくれたね」
 そこに、白い和装に身を包んだ北里里奈が微笑んでいた。あの鬼女はやっぱり彼女――だったのだろうか。
 そして僕は意識を失った。
 そして今、北里が目の前に同じ微笑みで立っている。
「分かっているだろうけど、彼女は本物の彼女ではないからね。彼女との記憶を元に、君が創り出した架空の北里里奈像だ」
 僕は声を発することもできず頷いた。
「君には彼女が見えているのかい」
「見えるよ。一度君と同調したからにはね、厭でも君の見るものは見さされる。幻想とかその類はとくにね。ま、実際には君が見ているそのままというわけではないだろうけどね。あくまで君が彼女を見て感じている反応をボクが感じ得て再現しているわけだが、そもそもボクは彼女の顔を知らないからね、そこは印象による補完なさなれているのだろうけど、同一であるなんてことはありえない」
「そっか」
「彼女は君の記憶を改竄しようとしたもののひとりだ。彼女自身にそのつもりがあったとは思えないけどね、彼女の君への思いが利用され、君を操るための楔にされかけた。その彼女を北里里奈を、君は受け入れるのだね。彼女の望みを叶えるのだね。それが君の選択なのかい?」
 そんなことは分からない。意識してしたことじゃないんだ。分かるはずが無いじゃないか。
「だから、君が君を陥れようとした犯人だというのだよ。君は、無意識に誰かの感情に巻き込まれ、同調し、自分自身を犠牲にしても、ともすれば自分自身を否定してでも相手を救おうとする。今回は偶々僕がいたからその宿業を押さえられた。今までは祖母君か、あるいは姉君がその役を担っていたのだろう。君が二人の元を離れたということは、これからは自分で対処しなければならないと言うことだよ。そこのところは理解しておく必要があるだろうね。それにしても、その欲求はどこから来るのだろうねぇ。まったくもって業が深い。ねぇ、君、気付いていたかい、今現時点をもってして、君は、君ひとりからなる純然たる君だとは言い難いのだよ?」
「僕は、僕だろう。他の誰でもない」
「本当にそう言い切れるかい?」
 僕は言葉を失い、沈黙の果てに、確信を失う。僕は、いつの時点から、僕であることから逃れ、他人の感じに寄りかかって生きてきたのだろう。
「だから君は人に感化されやすいと言うのだ。ボクの言った言葉にもう翻弄されている。まったく見ていられない。案ずるな、君は君だよ。どれだけ他人の感情に感化され流され自分を見失おうとも、確固たる自分はあるだろう。君の場合、そうだな、姉君への思いとか。君のシスコン具合はまさに筋金入りだ。それがある限り、どれだけ他者に感化され影響を植え付けられようとも、君は君だ。ボクが保証するよ」
 あまり嬉しくない保証だけど、彼女にそう言って背中を叩かれると、それだけで、僕という存在の実在を信じられる。僕は僕でいても良いんだと。
「さて、三人の内のふたりは納得がいったかね」
 三人というのは僕の記憶を、僕自身を改竄しようとした犯人のこと。ひとりは北里里奈、もうひとりは僕自身。そして、もうひとりとは……
「その御仁に今から会いに行こうというのだよ」
 列車は僕らふたり(プラスひとり?)を乗せて、ごとごとと揺れつつ、南へ進む。
 五条の駅で僕らは地下鉄を降り、地上に出る。開放感。やっと、空の下に出れた。なんか、とても長いこと地下の暗闇に閉じこめられていたような気がする。
 大通りから離れるとすぐに静かな、旧い街並み。木造の家々は一見狭い間口で並んでいるが、その奥は長く伸び、中庭さえある京町家。その所々に、同じ以上の奥行きで三倍、四倍の間口を持つ豪邸を見かける。旧い栃餅の家系なのだろうか。凛と静まりかえるそのたたずまいは威風をすら感じさせる。
 僕らの目指した一軒の旧家は、そんな街並みのなか隠れるようにひっそりとあった。
 僕らはそこに辿り着くまで随分と回り道をし、遠回りをし、目の前を通り過ぎたのも一度二度ではなかった。狭いエリアをぐるぐるまわってようやく辿り着いた時には、陽はとっくに傾き、西山の峰に沈み込もうとする頃だった。その原因は全て僕にある。ほんの数日前にも来ているはずなのに、その家に関する記憶がまるで定かではなかった。おおよその場所どころかどんな家なのかも、ほとんど思い出せなかった。
「ごめん、こんなこと、本当にどうしちゃったんだろう」
「なに、君が気にすることはない。こちらが後手に回ってしまったということだろうが、行きがかり上それもやむを得まい。しかし、用心深いな。以前の彼ならば……、いやいい、気にするな」
「そういえば君が探してる人物って……」
「あぁ、君が頼ろうとした人物であり、君を陥れた人物でもある、この家の住人だった男だよ」
 彼女に助けられようやく思い出したその家に、人の住む気配は皆無だった。蛻の殻というやつだ。骨折り損のくたびれもうけとは、まったくこのことだろう。
 思い出せないと言えば、驚くべき事に彼の名前すら思い出すことができなかった。あれだけ世話になった(と思っていた)人なのに。
 彼女はそれで別に良いじゃないかと言った。今後関わることがないならそれに越したことはないと。『彼』こそが、僕にさんざん悪夢を見せた張本人だったらしいのだ。
「おそらく君にちょっかいを掛けてくることはもうないだろうと思うよ。君はボクと縁を持ってしまったからね」
「彼はなぜ僕を?」
「さぁ、あるいは君の姉君に用があったのかも知れないね」
「姉様に――」
「まぁ、良いじゃないか、今は。奴とて、今日の失敗のすぐ後に行動を起こしたりはすまい。ご苦労さん。よく頑張ったね」
 彼女のねぎらいの言葉に、僕は救われた気持ちになった。僕自身の(僕自身にも良く理解できない)奇妙で厄介な性質のせいで僕自身の記憶を改竄されるなんてことに彼女を巻き込んでしまった。そのことに少なからず罪悪感を憶えていた。彼女の笑顔は、僕のコンプレックス――人に感化され自分の中で勝手に話しを大きくして自滅する――そんなことに他人を巻き込み、面倒を掛け、危険にすらさらしてしまう罪悪感、そういったものを全部呑み込んで、僕に赦しを与えてくれた。
 僕は涙が出そうなほど嬉しかった。実際に泣いていたのかも知れない。
 僕はまた、彼女に救われた。
「さて、じゃあ、陽も暮れたことだし帰るとしようかね」
 偶々開いていた玄関から見事な不法侵入を果たし、家の中を一回り見て回っても、彼の形跡は何一つ見つけることができ語った。家を出た時には、もう夜のとばりがばっさり降りて、そういえば少しお腹が空いていた。
 そうだ。ひとつ忘れていた。
「ディナーの約束を。それと、君の名前……」
「そう言えばそんなことも言ったね」
「これからは……?」
「すまないが、今夜は別に用があってね」
「じゃあ、今度の日曜日、ウェスティン都ホテルの中華レストランで」
 なぜ中華なのかは後で思い返しても良く分からない。なぜかふと思いついたのだ。姉と一度行ったことを思い出したのかも知れない。
「ふむ、まあ、良いだろう。その誘い乗ってみようかね」
 僕は実際小躍りしてしまうほどに嬉しかった。
 三日間僕は眠れぬ日々を送った。
 当日、ホテルのロビーで出会った彼女は、スレンダーな身体のラインがはっきり分かる真っ赤なチャイナドレスをまとって一身に衆目を集めていた。金で描かれた龍がゴージャスで、天上天下を治める天子の令嬢――そんなイメージを浮かべさせた。そのあまりの日常からかけ離れた美しさに、再会直後、てんぱった僕は、ただこんばんはと言うつもりだったのに、
「ぼぼぼぼぼぼ、僕と結婚してください!」
 大失態だった。
 彼女は、しばしきょとんとしたのち、闊達に、厭味のない彼女らしい笑顔を見せて、
「ボクはまだ君に名前さえ告げてないように思うのだがねぇ」
 と言って、堪えていた笑いを爆発させた。
「高級ホテルのロビーで、君はひどいな、ボクにこんな恥を掻かせるなんて。みんなが注目してるじゃないか」
 いや、それは君があまりに美しいから、君が笑い出す前からみんなの視線を釘付けにしていたんだ――とは、言えなかった。なにしろ僕は、人生最大の失態を演じて、これ以上ないほど恥じ入っていたのだから。
「とにかくまぁ店に入ろうじゃないか」
 あらかじめ頼んでおいたコースに、紹興酒。彼女はけっこうアルコールもいける口だった。むしろ僕の方が、少量舐めただけでひっくり返る。互いの名を名乗り、まったく今さらだけどと笑い会う。
 そして、
「君のことは嫌いじゃないがね、どだいそれは無理な話しだね」
 と彼女がさっきの話しを蒸し返した。僕は顔が真っ赤に燃え上がるのを感じながら、怯まず誤魔化さず、ただ視線を合わすことはさすがにできずに、
「やっぱり僕なんかじゃ」
「と言うよりもね、そもそもボクは君の子を産んでやることができない」
「今は不妊治療も発達してるし、いざとなれば養子でも」
「うーん、それはまずいだろう。君の実家的に。そもそも、君の実家は同性婚を許容するほどの寛容なのかい?」
 ――? え?
「ボクが女だなんて誰も一言も言っていないと思うけどね」
 え――? な、なにが? え? いや? どういう、それって、え――?
「まぁ、他ならぬ君のためなら、どうしてもというのならば、一度くらいならば後ろの処女を捧げてやらなくもないのだが、しかしだね、そこはやはり倫理上問題があるだろう」
 彼女はにやにやと人の悪い嗤みを浮かべている。
 いや、彼女じゃなくて彼か……。
 それから先のことを僕はよく憶えていない。初心な僕には刺激が強すぎたのだろう。ていうか、単純にショックだった。彼女が彼女じゃなくて、彼だったなんて。そんなこと、あの容姿で女性じゃないなんて、そんなのありだろうか。
 僕はそれから三日ほど寝込んだ。

   *
   *
   *

 目覚めた時、僕は汗だくだった。なんだかひどい夢を見た。妖しく美しい美女と出会い、何ものかに自分の記憶を改竄されようとし、挙げ句に鬼女に襲われ、名も知らぬ美女に助けられ、鬼女の正体がバイト仲間の北里里奈で、彼女も誰かの呪いの犠牲者で、呪いが解かれた彼女は僕の心に住み着いて、解決のお祝いに僕らはディナーを共にし、そこで麗しの彼女が男だと知らされる。
 まさに悪夢。
 あの日、僕は地下鉄の駅にいた。
 けど、そんな劇的なことは起こらない。
 地下鉄の駅、人混みの中にいる。
 駅の構内を埋め尽くす蒼白い蛍光灯の光明(あかり)。まばゆいばかりに煌々と、地上より彼方、地中深くにある不安を打ち消すようにとうとうと灯る。蒼白く照らし出される大勢の人、人、人。取り囲む壁のような人の群がりの向こうにまだ人がいて、その先もっとずっと先まで人がいて、人、人、人で埋め尽くされて、無尽蔵な誰とも分からない有象無象が、わらわら、うねうね、どよどよと。
 僕は、
 そのただ中に、
 ぽつんと一人で立ち尽くす。
 蔓延する人いきれ。汗と息から放たれる熱と湿り気が集い積もり充ち充ちてむぅぅと詰まって押し寄せる。意味をなさない話し声の集積された雑音。ごみごみと、うねうねと、蠢く黒い球体の無造作な羅列が巨大な蟲の腹を思わせ吐き気をもよおす。
 圧倒され、埋没する自我。
 僕は――、
「あの、東西線に乗り換えるのにはどう行けば良いですか」
 随分と地味な容姿の女の子。僕としてはむしろほっとする。街の娘は綺麗におめかしした娘ばかりで、僕みたいな田舎者は未だにドギマギしてまともに話せなかったりする。
 彼女に道順を教えてそこで別れた。
 それだけ。そのあと、大学に行ってゼミを受けて、帰って、夜肌寒いのに薄着で勉強していたら風邪を引いて寝込んだ。
 刺激も何もない、ただの日常。
 そろそろ学校に行かなきゃ……

   *
   *
   *

 ――と、そんな記憶すらも、アイツの記憶操作だったのだと知るのは、それから一週間後のことだった。
 僕は結局、終始アイツの掌の上で弄ばれ、そして、これからもきっとずっとそこから逃れられないのだろう。
 まぁ、それも悪くはないかと思い始めている自分がいることも確かなのだが。
 僕とアイツの物語は、一度ここで締めくくり。
 機会があれば、また、いつか。
2011年11月05日(土) 21時48分20秒 公開
■この作品の著作権はおさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どうもです。
このままではいけないことはわかっています。
書き直すにしろ、諦めるにしろ、ご助言賜れればと思っています。
よろしくです。

この作品の感想をお寄せください。
No.6  お  評価:0点  ■2011-11-28 19:36  ID:L6TukelU0BA
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ちすちす、ちーす。
相変わらず遅レスの僕です。
どうも。

>ゆうすけさん
どもどもです。
誤字が多い! ぐはぁ。み、見直しが甘すぎる。申し訳ないっす。
紳士君は、お宅を訪ねると留守だったのです。どうやらトンズラこいたらしいです。
うーん、対決も考えてたんですが、ちょっと長くなりすぎるかなぁというところで割愛しました。書き始めの際に書きたいと思ったことは、まぁ、書けたんで。巧くいってるかどうかは別の問題ですが。彼は、心霊探偵八雲の八雲パパのような役割を考えていたんですが、ひょっとするともうちょっと良い人かも知れません。いっそ、エヴァンゲリオンのカジ君みたくしようかとも思ったんですがそれはやりすぎだろうと思ってやめました。ま、ようは、まるで固まってないということですね。
「足元が崩れる」……そうですね、この感覚が欲しいですね。いちおう、目指すところではあったんですが、こうやって言葉で示して貰えるとがちょーーんと心に響きますね。そうそう、それそれ的な。可能であれば、もう少しそこを詰めていきたいなぁと思っています。
有用な詩的ありがとうさまです!


>たなかなかなかたなかさん
不安定な世界、そうですね、不安定です。ただ、不安定なのは主人公であり語りであり、僕なのかも知れません。
感想ありがとうさまでした!
No.5  水樹  評価:40点  ■2011-11-20 19:24  ID:r/5q0G/D.uk
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お様、読ませていただきました。
緊張感のバトル、終盤のボケっぷりはコメディですね。
物語を覆す展開、総じて眩暈を覚える作品だなと、不安定な世界観、いつか私も描いてみたいなと羨ましく思っています。
途中経過との事で、楽しみにしています。
No.4  ゆうすけ  評価:40点  ■2011-11-17 19:02  ID:1SHiiT1PETY
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拝読させていただきました。

数日かけてやっと読み終わりました。途中でやめようかと思わない面白さがありましたよ。
ねっとりとした描写、いいですね。名前書かなくても、おさんの作品だと分かりますよ。独特の間がもたらす雰囲気、内容にマッチしていると思いました。

堅牢かと思っていた足元が崩れさる感じ、真実が分からなくなり自我を保てなくなる不安感、面白いですね。でもやりすぎると読者が混乱してしまいそうです。
実業家タイプの紳士は結局なんだったのでしょうか? 伏線回収を忘れているわけじゃないですよね。三人目の正体とか。
あああああ! 美女だと思ったら男? チャイナドレス着れば分かりそうな。もしかしてこれも記憶改ざん? やりすぎるとなにがなにやらです。

誤字が多いですね。誤りと謝りとか。
きっちりオチて終わるのかと思いきや、この引きずるような終わり方。ちょっと消化不良です。

私は千葉県在住でして、先日京都に遊びに行きました。地名に風情があっていいな〜って思いましたよ。

読書の秋、このTCも賑やかになると嬉しいのですけど相変わらず閑散としてますね。
No.3  お  評価:--点  ■2011-11-13 01:58  ID:E6J2.hBM/gE
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さてはて。
take2という感じですが。take3はあるのでしょうか。

>楠山さん
どうもっす。まいどまいど、お世話になっております。
take1はあれはあれなりに、あれがなければこれもないという感じです。
take3考えてはいます。どうすれば良くなるだろうかと。

>とーそんさん
把握されすぎている……うーん、誰が?
語りの少年は、まぁ、なにもよく分かっていないので、分からないヤツが語っているのだから、読んでる人もよく分からないだろうなと思いつつ。わかろうとすると、おねーちゃんのセリフを追うしかないか。まぁ、この辺も課題のひとつなのかなぁ。分からない感の演出と、分からせるための演出。この両輪をどううまくコントロールするか。ひとつ、課題が見えてきた。

今、take3に向けて考えているのは、それぞれキャラをもう少し印象づけようと。そのためのシーンを差し込んでいこうかと。それと、キャラたちが意図することがいまいち曖昧な気がするので、里奈の思いと、おっさんの意図をもう少し明白にしたいかなと。特に生前、死後の里奈の思い、生前の里奈と主人公の関わり、この辺を軸にしていかないと、物語りの提供する感慨が定まらないのかなぁとか考えています。まだ、考えているだけですが。
まぁ、たまにはじっくり腰を据えてやってみようかなと思ってます。
No.2  藤村  評価:30点  ■2011-11-09 18:54  ID:a.wIe4au8.Y
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拝読しました。
読みやすくというか、追いやすくというか、なっていると感じました。やっぱ転換の仕方がいいなあとか。
うーん。世界観みたいなものを読んでいこうとおもうとつい夢のおねーさんのせりふを追っていってしまって、たぶんこれはあまりおもしろい読み方にはならないとおもうのについ追ってしまう……。把握されすぎているというのでしょうか。うーん。すいません失礼しました……。
No.1  楠山歳幸  評価:50点  ■2011-11-06 21:19  ID:3.rK8dssdKA
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 読ませていただきました。

 ボクっこ素敵です。というのは置いといて。

 面白かったです。
 ファンタジー設定、どこまでも続く幻想、こいつ彼女おるのに**かい、と思っていたらまさかの展開、80Kと見てぶっ飛んだのですが、読み始めると一気に読んでしまいました。
 戦闘シーン、好きな方には物足りないかも知れませんが、僕はバランス的にちょうど良かったです。
 読んでいて初めのお試し版がちょっと邪魔(?)かな、と思ってしまいました。真っさらな状態で読みたかったです。
 
 感想にもなってなくてすみません。
 失礼しました。
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