クルーア王と魔物の瞳


 部屋の中で風が渦巻いている。とてつもなく広い部屋だった。薄暗く、そこは古くなり誰も立ち入ることのなくなった室内闘技場のよう。
 部屋の中心には美しい少年が立っていた。年のころは十代半ば。ゆるくウェーブのかかった短い金髪に、青い瞳。紺色の軍服に赤い外套を羽織っている。彼のそばには煤けた本がページを風に激しく繰られながら転がっていた。少年の立つ目の前には、青白く光る魔方陣が描かれている。風はそこから吹いているのだった。少年は汗を大量にかいていた。全神経を光の中心へむけ、自身は立っているのがやっとという状態なのである。
 突然円の中心から水柱が噴き出した。その勢いは、まるで天から落ちる滝。そして水柱の中には人がいた。いや、人ではない。姿ははっきり見えないが、その強烈な瞳の色だけは分かる。燃えるような赤い瞳。少年はそこから決して目をそらさぬように、水柱をにらみつける。
 やがて水柱は消え去った。青白く光る円の中心にいるのは魔物。彼の服は乾いており、部屋には一滴の水も残っていない。右耳には赤いピアス。まっすぐ切りそろえられた銀色の髪に、赤い瞳、手の甲には龍の刺青が彫られている。真っ白な装束をまとっていたが、その左肩は赤く染まっていた。左の耳朶から、どうしてか血がぽたぽたと落ちている。
「水龍の魔物、コート。我はワナート王国第一王子クルーア。願うはアンデランド大王の座。ラスタ、ファンスタ、ナスタ、他の三国の追随を許さぬ力を我にもたらせ」
 疲れ果てた体で、声が震えぬように力を振り絞り、少年、クルーアは言葉をつむぐ。
「ワナート王国第一王子、クルーア、貴様の血と心臓を対価に、その願い聞き届けよう」
 その言葉を聞くと、クルーアは右の手のひらをナイフで切り裂き、円の中へ血をたらす。
 円が真っ青に燃え上がった。
「契約は完了だ。炎使いのクルーア王子。水と炎、仲良くやろうか」
 風はやみ、青い魔方陣も消え去っている。
 クルーアは、手のひらから血を流したまま微笑んだ。


 クルーアは戦場へ向かう馬の上で、十年前を思い起こす。かつての王子クルーアは、ワナート王国の王になっていた。ラスタ王国とナスタ王国は、建前上ワナート王国を盟主として同盟を組んだが、実際はワナートに吸収されたも同然。今やアンデランドの大半はワナート王国の支配下にあった。そしてクルーアは最後の砦、ファンスタ王国との戦いへと向かっている。この戦いに勝てば、クルーアは名実ともにアンデランド大王の地位を手に入れる。
「武者震いか、クルーア」
 隣の馬から、クルーア憑きの魔物、コートが声をかけた。
「とうとうこの日が来た」
 クルーアは手綱を握り締める。
「アンデランドの統一。コート、僕の願いが今、叶えられようとしている」
「気が早いようだな」
「自信がないのか」
「口は慎んだほうがいいという忠告だ」
「ふん。今日は左耳が痛まないといいな」
 コートの左耳に残る、醜くひきつった傷跡を見やると、クルーアは手綱を引いて馬の歩みを止める。ワナート軍もそれに続いた。
「さあ、戦場だ」
 クルーアは草原をはさみ対峙する軍を見据える。
 軍の数は、ファンスタ軍が圧倒している。それは分かりきっていたことだった。国土の小さいファンスタは、すべての成人男子に軍役義務を課す。一方、ワナートに存在するのはわずかな職業軍人のみ。しかしそんなことはクルーアにとってとるに足らないこと。たとえファンスタの軍が一万で、こちらの軍が十だとしても、ワナートの勝利は変わらない。コートがいる限り。クルーアはそう確信している。
 ファンスタの軍が剣を抜いた。それを合図にコートが空へ飛び上がる。晴れ渡った空に、突然大きな水の球が無数に現れた。ただの水だけれど、信じられないほどの加速をしてぶつかってくるその水は鉛球だ。一番楽で、一番効率的な方法。すべての騎兵にその水を命中させ落馬させる。そこをワナート軍が一掃すれば、あっという間に敵の制圧は完了するのだ。今回もきっと勝利は揺るがない。
 そのとき、すさまじい破裂音が空に響き渡った。それは、コートの武器がすべて割られる音だった。
「あせるな! 隊を乱すんじゃない!」
 ざわめく自軍に、クルーアは叫ぶ。
「いいか、動くな。まだ距離がある。コートが動く前に、ファンスタ軍に近づくな!」
 クルーアはコートへ向き直る。
「コート! どうした! 二発目を!」
 コートは動かない。地面から立ち上がることができず、ひざを突いている。
「一度攻撃を破られたくらいで崩れるな! コート!」
 クルーアはのどが焼けるほど、力の限り叫んだ。しかしコートは動かない。
「コート!」
「お前の負けだ、ワナート王国国王、クルーア!」
 声の主は、草原の向こう側、ファンスタ軍の先頭にいた。
「お前のお気に入りは、立たないんじゃない。立てないんだ。くもの糸のせいでな」
 いやらしい笑みを浮かべ声高に語る男の名はキース。ファンスタ王国の国王。短い黒髪に、黒の瞳。深緑の軍服に黄色の外套を羽織り、背中には大振りの剣を差している。
「どういうことだ!」
「魔法を使うやつと契約をしているのが、お前だけだと思うなよ!」
 キースがそういうと、彼の馬の後ろから、幼い女の子がひょっこり現れた。ゆるく波打つ豊かな金髪。灰色のワンピースを着ていて、年のころは五歳になるかどうかというところ。長いまつげに縁取られた目元は彼女の可愛らしさを甘やかに演出しているが、その瞳は赤く、鋭い光を宿していた。
「……そんな幼い子供を戦場に……」
「察しが悪いぜ、ワナート王国の王様ともあろうお方がな! ああ、そこからじゃ瞳の色まで見えないか。こいつはただの幼女じゃねえ。お前のお気に入りとおんなじだ。魔法を使う、魔法幼女……」
 そこまで言うと、キースはいきなり地面にたたきつけられた。
「その呼び方をするなと、何度言ったらわかるの!」
「ってえ! レンス! 契約主様に何しやがる!」
 立ち上がるなりキースが叫ぶ。
「勘違いもそこまでいくと清々しいわ。あなたみたいな三流と、私は契約して、あげてるのよ。そのことを忘れないで」
「そっちから持ちかけてきたくせに、何言ってる!」
「利害が一致しただけのこと。あなた、私がいなかったら、今頃王様なんてやってないわよ」
 レンスと呼ばれた幼女は、キースの方など見向きもしないでワナート軍を向き直る。いや、正確には、いまだ地面に縛り付けられているコートを。
「私は、ただコート兄さんを連れ戻したいだけ」
 レンスは高く飛び上がると、コートの傍に舞い降りた。
「お久しぶり、コート兄さん。会いたかった。とっても」
 コートは自由を奪われていた。しかし赤い瞳はギラギラと輝いて、まっすぐレンスを見据えている。
「まさかお前がこっちに来るなんて思わなかった」
「私、気が短いの。五十年も、そこの王様が死ぬのを待つなんてできない」
「このときのために、お前は僕の耳を噛み千切ったのか」
「結果的に今役立ってるだけよ。あの時はただ、コート兄さんに忘れられたくなくて必死だったの」



 あの時というのは、十年前にさかのぼる。コートがクルーアに召還されたときのこと。レンスとコートはもちろん実の兄弟ではないけれど、レンスはコートを兄のように、それ以上に慕っていた。そして、コートが人間に指名されたとき、レンスは癇癪を起こしたように泣き叫んだ。
「行ったらだめよ! 私には分かるわ。あの王子、自分が死ぬまであなたを離さない契約をするの。五十年も、百年も、コート兄さんと離れるなんて、私耐えられない!」
「それだけ上等なお客ということだよ。それに、王家の血を引いている。二百年ぶりの食事には、ふさわしい」
 コートは可愛いレンスを抱きとめる。レンスは目に涙をいっぱい溜めながら、必死にコートへしがみついた。
「私、コート兄さんが大好きよ」
「僕も、レンスが大好きだよ」
「私のこと、忘れないで」
「忘れないよ」
「約束してくれる?」
「ああ」
 そういってしゃがみこむと、コートはレンスの前髪をかきあげ、そこにキスをしてやった。
「おまじないだ。僕がいなくても、これで百年、レンスは寂しくならない」
 コートはそう言って、レンスの頬を両手で挟みこんだ。
「足りないわ。全然」
 レンスはコートの首へ腕を巻きつける。
「っ!」
 そしてコートは、予期せぬ痛みに顔をしかめた。
「レンス!」
 コートがとっさに抑えた左耳からは、血がだらだらと流れ落ちていた。パッとコートから離れると、レンスはパカッと口をあける。小さな舌の上には、コートの左耳についていたはずの赤いピアスが乗っていた。そしてその赤いのは、石の部分だけではない。
「この先百年、コート兄さんの耳が痛みに疼きますように。痛みと一緒に、私のことを思い出しますように」
 可憐に微笑むと、レンスはごくりとそのピアスを飲み込んでしまった。
「レンス、君はいつの間にそんな魔法を覚えたんだ」
「私が、コート兄さんと出会う前」
「お前は本当に恐ろしい」
 コートは苦笑する。
「僕は行く。王子の力が尽きてしまう前に」
 炎がぶわりとコートの体を包み込む。その炎が消えると、もうそこにコートはいなかった。


「レンス、昔話もいい加減にしろ。とっととワナート軍をつぶしにかかれ」
 キースの頬に、ピッと一筋の傷ができた。
「私に指図しないで」
「な!」
「あなたとの契約は、ワナート軍を破るのに力を貸すことだけ。やり方に口は出させない。私を縛り付けたいなら、心臓差し出すくらいの度胸をつけることね!」
 レンスは、今度はクルーアへ視線を動かす。
「ワナートの王様。もう気づいてるかもしれないけど、私はくもの魔物。糸で絡めとって、相手の自由を奪う。それに、この糸にはコート兄さんの血を混ぜ込んであるの。どんなに兄さんの力が強くても、この糸には効果がないわ」
 見えないくもの糸がコートをより強く締め付けたようで、彼が低くうめく。
「私あなたが嫌いよ。私からコート兄さんを奪った! あなたの命を奪って、兄さんを自由にする」
 今までピクリとも動かなかったコートが立ち上がった。
「でも、ただじゃつまらない。あなたの大好きな、コート兄さんの手にかかるといいわ!」
 レンスはコートの体を操り、剣を抜かせる。コートはなされるがまま、その切っ先をクルーアに向けた。
「動けないでしょう。もうワナート軍はすべて私の糸につかまっているのよ」
 レンスの瞳に勝利の色が浮かぶ。
「小娘、おしゃべりはもう十分か」
 クルーアが、まったく焦っていない、のんきな声でレンスへ語りかけた。
「随分余裕ね。これから殺されるっていうのに」
「余裕なんてまったくないさ。笑いをこらえるのに必死でね」
 にやりと顔をゆがませると、クルーアの周りに炎の渦が現れた。
「炎で糸を焼ききるつもり? 無駄よ。人間の魔力じゃどうしようもできないわ」
「片腹痛いとはこのことだな」
 炎が勢いを増し、コートを包み込む。炎が消えたとき、そこにもうコートはいなかった。
「えっ!」
「幼子の話を最後まで聞いてやるとは、クルーアも人がいいな」
 コートは、クルーアの後ろに立っていた。
「レンス、お前にはクルーアが人間にみえるのか」
「どういうこと!」
 レンスが叫ぶ。
「こういうことだ」
 クルーアがゆっくりと瞬きをした。そこに現れたのは、ヘテロの瞳。青かった右目の色は、赤く変わっていた。
「クルーアは魔物と人間の、ハーフだよ。魔物の母親の血を濃く受け継いでいて、本当は僕より魔力が強い」
 レンスはたじろぎ、手を口に当てる。
「じゃあ、どうしてコート兄さんと契約をしたの! こんな島ひとつ手に入れるの、簡単でしょう!」
「魔物は、たとえハーフでも人間の王にはなれないんだよ。私は人間のふりをしなければならない」
 クルーアはまぶたを伏せ悲しげにつぶやいた。
「そんなの、力でどうにでもなるわ!」
「違うんだ。それじゃ意味がない。私がほしいのは、平和に統一されたアンデランド。四つの王国が大王の座を巡りせめぎ合う、戦乱の世の中はもういい。力で力を押さえつけるのは悲しいことだ」
「矛盾してるわね。あなたが今やってることは何?」
「まったくね」
 そう言うクルーアの右目は、青く戻っていた。
「ちょっと君はおとなしくしていてね」
 クルーアは炎で檻をつくり、レンスをそこに閉じ込めた。諦めたのか、もうレンスは暴れない。
「さあ、残りのファンスタ軍を倒して、コート」
 クルーアは顔を上げるとコートへ向き直った。
「キース率いるファンスタ軍は、もう戦意を喪失しているようだが」
 離れたところから三人のやり取りを見ていたファンスタ軍から、士気は感じられない。先頭に見えるキースは、顔を青ざめて震えている。
「……コート。ファンスタ軍、あれは何人いるように見える」
「千人ぐらいか」
「口止めできると思うか」
「温厚に?」
「ああ」
「無理だろうな」
 その言葉にクルーアはため息をついた。
「仕方がない、始末しろ」
 クルーアはそう言うと、ファンスタ軍に背を向けた。
「ちょっと待ちなさいよ」
 おとなしくしていたレンスが口を挟む。
「キースを殺さないで」
「どうした。あんなやつと命をかけた契約したわけじゃないだろ」
 コートがいぶかしげに聞く。
「もちろん。でも、私まだキースから対価をもらってないの。今殺されたら、私ただ働きよ」
「それなら今とっとと受け取って来い。どうせあの背中の剣か何かなんだろう」
 コートはキースの方を指差す。
「そうよ。察しがいいのね。でも、鈍いわ」
「どういうことだ」
 レンスは大げさに頭をたれてため息をついてみせる。
「コート兄さん、ファンスタ軍を皆殺しになんてしたくないんでしょ」
「随分なめられたものだな。僕は彼らに情けなんてかけない」
「誰も、兄さんがファンスタに同情してるとは思ってないわ」
「ならどうしてそんなことを言う」
「そこにいる王様よ。クルーア王、いいえ、クルーア大王が悲しんでる。彼が悲しむのを、兄さんは見たくないんでしょ。大好きだから」
「たわ言をいうな。それに、あいつらの始末を、他にどうしろというんだ」
「私がどうにかするわ。別の国につれてっちゃえばいいんでしょ」
「……そうだが、なぜそこまでする」
「コート兄さんが大好きだから。ね、王様、この檻はずして。別に怖くないでしょ、私なんて」
 クルーアは何も言わなかったが、炎の檻は勝手に消えた。
「ありがとう」
 そう言うと、レンスはコートのそばへ駆け寄ってしがみついた。
「私、コート兄さんが大好きよ。だから兄さんを傷つけたくない」
「僕にクルーアを殺させようとしたのにか」
「あの時は、コート兄さんを取り戻せると思ってたの。クルーアも憎くてたまらなかった。でももう無理って分かった。私にクルーアは殺せないし、兄さんは戻ってこない。それに同属って分かった。しゃがんで」
 コートは言われるままレンスに顔を近づける。
「でも、この呪いは解かないわ」
 レンスはコートの左耳に触れた。そこは古い傷跡だというのに、熱を持ってうずいているようだった。
「兄さんが戻ってくるまで。私のことは忘れさせない」
「わかったよ」
 コートはレンスをやさしく抱きしめる。
「ファンスタ軍は、海をこえてサングリカに連れて行くわ」
 レンスはコートの肩に顔を擦り付けるとすぐに離れて、くるりとファンスタ軍へかけ戻っていった。
「……いい子だな」
 クルーアがいつの間にかコートの傍に来ていて、ポツリと言った。
「自分を殺そうとしたやつに対して言う台詞だろうか」
「ふん。さて、後は自軍の始末だ」
 クルーアは後ろに控える、百人ほどの軍に向き直った。
「お前らには選ばせてやる。私が魔物の血を引くことを口外しないと約束すれば、私に最も近しい臣下として確かな地位を与えよう。しかし、もし少しでも妙な噂が私の耳に入ったときは、お前ら全員の命はない。できない者は今ここで名乗り出ろ。この場で始末してやる。早いか遅いかの違いだ。くもの小娘は生意気なことを言っていたが、私はやるぞ」
 誰も声ひとつ上げなかった。
「お前たちが賢明であることを祈るよ。さあ、ファンスタ城へ行こう」
 クルーアは馬へ乗ると、草原を駆け抜ける。コートや、その他のワナート軍もそれに続いた。


 ファンスタは国王を失ったため、建前の同盟も組めず、名実ともにワナート王国のひとつとなった。アンデランドを統べる大王となったクルーアは、王室の玉座に深く腰掛け、虚空を見つめる。日はとっくに落ち、部屋には小さなろうそくの明かりがぽっかりと浮かんでいるだけだ。
「休まないのか、クルーア」
 玉座の後ろの影から、コートが近づいてくる。
「明日はラスタ、ナスタ王国と、アンデランドの平和をたたえる宴があるぞ」
「分かっている」
「願いが叶って嬉しくないのか」
 そう問われて、クルーアは目を閉じる。
「私がお前と契約をしたとき、私は自分の理想を疑ったことがなかった」
「今は違うということか。少し気が弱くなっているんじゃないか」
「今に限ったことじゃない。ラスタ、ナスタを支配下に入れ、勢力を広げるとともに、自分のやっていることに対する空しさは、ごまかしきれなくなっていった」
「お前が望むとおりの世の中になっているぞ。ワナート支配の下、アンデランドで無駄な血は流れなくなった」
「それは私が強いから。そしてお前が強いから。今、ワナートは絶対的な強さを持っている」
「すべてお前の願いどおりだ。ラスタ、ナスタ、ファンスタ、他の国の追随を許さぬ力、それによるアンデランドの統一」
「私の寿命は人間と同じだよ」
「それは知っている」
「私が死んだ後、ワナートに力は残るか」
 コートはそれには答えない。
「物心ついたときから、アンデランドの平和を創ることは私の使命だと思っていた。王家に生れ落ち、魔物の血を引く、絶対的な力。そして私は全てを支配し、ここに平和をもたらすことができた」
 クルーアは右の手のひらを天井へ向ける。そこには、コートと契約をしたときの傷跡が今も残っていた。そして小さな火を点す。
「しかし、それは永遠ではない。それどころか、うたかたよりも儚い。私が生きている間だけでも続けばいいだろう。私と同じ力を持つものがいないとなぜ言えるのか。キースのように、魔物と契約するものもいるだろう」
 一つ目の炎を消すと、クルーアは隣にもうひとつ小さな炎を点した。そして、すぐに三つ目、四つ目と、次々火の玉を浮かべていく。今や王室は無数の炎に照らし出されていた。
「一人が力を持てば、他の者もその力を求める。繰り返しなんだよ。力で力を抑えても、結局は振り出しに戻ってしまう。それどころか……」
 小さかった炎は、クルーアの言葉とともに少しずつ大きさを増していく。
「クルーア。部屋が燃える」
 コートの声に我に返り、クルーアは全ての炎を消し去った。再び王室の明かりは、小さなろうそくだけになる。
「どんなに力があってもだめなんだ。平和を謳い、正義を掲げても。その力がやがてさらなる混乱を招くなら、なんの意味がある。絶対正義なんてありえない」
 絞りだすように言うクルーアの正面に回りこみ、コートはその頬を両手で挟みこんだ。
「クルーア」
「私をあやすつもりなのか」
 子供にするように、コートはその頬を撫でる。
「賢明な者ほど、身動きが取れなくなるのはどうしてなんだろうな」
 コートはクルーアに覆いかぶさるようにすると、その唇に口付けた。
「悪い夢を見ない、まじないだ」
 恨めしげに見上げるクルーアの両目を、コートはその手で覆ってしまう。手を離したとき、クルーアはすうすうと寝息を立てていた。コートはその体を抱き上げると、寝室へと運んでいく。
 王室の扉が閉まるとろうそくの炎がふっと消え、そこにはただ静かな暗闇があるだけだった。
春矢トタン
http://redroof.hanamizake.com/index.html
2011年06月21日(火) 01時32分05秒 公開
■この作品の著作権は春矢トタンさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
このあとサングリカに連れて行かれたキースたちは、ワナートへの報復を願って、サングリカ王アンリに助けを求めるんですね。そんでクルーアとアンリがドンパチ。なその後をいつか書きたいです。(*誤解回避 この物語はこれで完結してます)

こんにちは、こちらの板には初めて投稿させてもらいます、春矢です。
ホントはこれ、今週の三語に投稿しようと思って書いてたんですが、風呂敷広げすぎて、1時間ルールも6000字縛りも大幅オーバーしてしまったので、さすがに掲示板に投稿する勇気がありませんでした。

書きながらものすごく楽しかったです。
普段は現代が舞台のものしか書かないので、なかなか中二病チックなことできないんですよね。これでもか! と、そういう台詞、アイテム、シーンを盛り込みまくりました。
ほとんど自分の趣味を詰め込んだものですが、読んでくださった人にも楽しんでもらえたらいいなと思います。

一応使用お題
必須お題:「くもの糸」「魔法幼女」「ピアス」
縛り:「同性愛者を出す」「愛について考える(努力)」
任意お題:「絶対正義」
任意お題には「裏切り」「ブルマは死んだ。殺された。」もありましたが無理でした。

同性愛者を出す、はクリアできたか微妙なラインですが、まあいいかと思ってます。

この作品の感想をお寄せください。
No.4  春矢トタン  評価:0点  ■2011-06-28 19:51  ID:zhM4b1eL.ms
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> 凶さん
感想ありがとうございます!
そしてもったいないお言葉、恐縮です。楽しんでいただけたならとても嬉しいです。

> ゆうすけさん
感想ありがとうございます!
なんというか、今、おっしゃるとおりですと正座して小さくなってる感じです。投稿したときは半ば開き直ってたんですが、次は自己満足で終わらないようにがんばります。
ファンタジー、難しいです。いつか書きたい、面白いファンタジー。

> おさん
感想ありがとうございます!
厨二っぽさを追求していたので、十分厨二っぽいと思っていただけてよかったです。いろいろと見逃していただいてありがとうございます。
三語、それぞれからいろいろ連想したら、収集がつかなくなってしまった結果でした。指定された言葉を物語の中に入れるの、難しいです。
No.3  お  評価:30点  ■2011-06-27 01:26  ID:E6J2.hBM/gE
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ラノベっぽいんだけど、ちょっと調子がよすぎるかな?
てことで、こんちわ。
十分、厨二っぽい。いやはや。
これはしかし、三語でこの詰め込みはたいしたものですね。
まぁ、しかし、三語から一般作に仕上げるには少しハードルの高いお題がいくつか。絶対正義なんて、笑っちゃいそうな。こんなもん、ちょっとやそっとで定義できるものか的な。三語なら許されるかな。一般作なら、本腰いれんと空虚でむなしい言葉遊びになりそう。まぁ、ラノベならありなのかな。展開のわりに文章量が少ないので物足りなくもあり、三語でよくこの展開量を書き上げたなと感心するところもあり。
魔法幼女がお題のためとはいえ、寒々しく浮いてますが、それもまぁ、ラノベだからってことで、納めましょう。そうしましょう。
お題がなければ、いっそ、シリアスにBL展開でもよさそうな気もしますね。
No.2  ゆうすけ  評価:30点  ■2011-06-26 13:44  ID:KDK/MQZX1DE
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拝読させていただきました。
正統派ファンタジーかなと思いながら読み始めましたが、会話主導で描写が控えめなので、どうやらラノベ風のようですね。レンス登場で不意に軽いノリになりましたし。
クルーアの平和を渇望する葛藤、この主題はいいですね。
剣と魔法のファンタジー、私大好きでしてね、AD&Dシリーズとかエターナルチャンピオンシリーズとか、学生時代、ああ遥か彼方なる太古の世界に消えていった若かりし日々に読みましたよ。つい比較しちゃうんですが、戦闘シーンが物足りないかな。
ファンタジーは、世界を構築してリアリティを出すのが難しいですよね。描写の加減も難しいですし、魔法などのキーワードの加減も難しいと思います。今作は、やや情報量が足りないと思いました。本筋は面白いですが、やや味気ないです。魔物の設定等、面白さの香りを感じますが味わえるほどではないです。
楽しんで書く、本当に楽しいですよね。私も趣味に走って書くのは大好きです。ですが、読んでいただける作品に仕上るべく推敲するのって結構大変ですよね。
No.1  凶  評価:50点  ■2011-06-23 20:41  ID:H5kn4nBA6qA
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はじめまして。読ませていただきました。
あぁ、そうだ、ファンタジーってこういうことだ、と学生の頃に読んだファンタジー小説を思い出した感じです。目で文章をなぞるだけなのにどうしてそのシーンの「絵」が自然に想像できてしまうのか、きっとそれは作者さんの文章力が素晴しいからですね。くどい文章ではなくて、すらっと読めて、さらっと絵が浮かぶ、読んでいてずっと楽しかったです!

総レス数 4  合計 110

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