ぴろれんぽんぴん






 才能とか、得意なものとか、何一つないけど、俺は手相が自慢だ。生命線が、すごい。すごく長い。だから、駅からアパートまでの長い帰り道を、のんびり歩きながら、お気に入りの手の平を見た。しかし、それは、すでに人間の手の形ではなかった。血管や骨や皮膚だったもの全てが、乱れ、ねじれ、形を変える。血液すらも接着剤のようにべたべたする。それはちょうど火星人が主食にしている宇宙野菜のような色合いで、しかもその変化は止まることなく、思わず下品な悲鳴を上げたけれども残念ながら手遅れなようで、すでに人の声ではない。変化は体の内側からもあらわれていて喉の構造はそれまでの面影は無く、たくさん出現したバカでかい喉仏のせいで首を動かすことすら不可能に。人通りが多いわけではないが、一日の仕事を終えた太陽が地上に投げキッスをしている最中だ、大人も子供もそんな太陽に見とれている。誰かが俺を二度見しても、二回目に見たときにはすでに俺の全身は、謎の物体に成り果てている。そう、この変化は、一瞬だった。
 そのとき、何も知らないピエロが一転車に乗って近づいてきた。なんだこの内臓みたいな生ゴミの山、とだけ言って通り過ぎた。そうとも、今この俺の姿を見た誰しもが人間だなんて思わない。だから俺は名前を考えた。今の自分にふさわしい名前を。増殖して腰のあたりまで垂れ下がったぶよぶよの脳で考える、しばらくすると、さきほど通り過ぎたピエロが戻って来た。コンビ二の袋を持っているが、そのせいで一輪車のバランスが取りずらいのだろう、逆立ちして両手でペダルを漕ぎながら、しなやかな足の動きで袋をぶんぶん振り回している。顔いっぱいに口を裂き、けたたましい笑顔で走り去る。そんな彼の姿に感動したせいか、俺が新しい名前を閃いた瞬間と、ピエロが電車に轢かれたタイミングは、ほとんど同時だった。
 轢かれたピエロが、無傷だったと知ったころには、夕闇が町を支配しだしていた。ピエロは笑顔を崩さず、コンビニの袋がエアバックのようになり衝撃を吸収したと警察官に話し、何事かと集まった野次馬たちも徐々に数を減らしていく。偶然にも、人々の解散を合図に、さりげなく雨が振り出した。
 俺の謎の身体変化も一段落したのだろう、今置かれている状況を冷静に理解することができる。理屈はわからないが、前触れ無く、それも急激に、体が、異常な状態へと変化した。俺の人生はどうなるのだろうか。そんな事より、あのピエロが持っていたコンビニの袋には、何が入っていたのだろう。おにぎりだろうか。おにぎりなら、俺は、昆布が好きだ。
 雨がアスファルトに跳ねる音は、数え切れないくらいにたくさんの小さな雨粒がたくさんの小さな衝突で奏でる独特の響き。幼かった頃も大人になった今でも雨の演奏にはなぜか心をときめかされる。ん。しかし違和感がある。聞きなれた雨音に混じって違う音が、それもたくさん、何か硬い、まるで鉄の雨のような。
 その通りだった。天空から無数の銃弾が落ちてくる。その数は増え、みるみるうちに雨粒よりも銃弾のほうが多くなり、それぞれの銃弾が地面にぶち当たる音が、えげつないくらいに、うるさい。町中がパニックになり何もかもが穴だらけになっていると、考えるまでもなく空気でわかった。いつもと変わらないはずの夜空に悲鳴が踊る。歪んだ月がにっこりと微笑んでいるようにも見えた。さすがの怪物の俺の体も止まらない銃弾に全身を撃たれて、ずたぼろになる。ふと気付いたがあれほど気に入っていた自分の手相がもう見れなくなったと思うと残念だ。夜が終り、月が行方をくらますころには、何事もなかったように朝日が顔を覗かせて、晴れ渡る空は太陽がひとりじめするに違いない。そして地上には、何も残っていないに違いない。  
 世界をぐるりと見渡してわかったことは、この世が天国じゃないってこと、人は美しい生き物じゃないってこと。この呪われた地上で生きる俺達にはもう、心を毛むくじゃらにするしかなくて、全てを神様のせいにするしかなくて。どうか、明日の朝は、目覚まし時計が、鳴りませんように。
 
 心臓の音がうるさくて永遠の眠りの邪魔をする。べたべたした血飛沫を上げながら、しかし、俺は最後まで、生きていたい、わずかにでも力が残っているのなら。
 瞳に映るは血の鮮やか。視界は赤で隙間ない。途切れ途切れになる意識を心の拳でぶん殴っては目を覚ます。バケツ一杯分はありそうな量の血を吐き散らしながらも大声で叫んだ。人間の声ではないが、それがどうした。

「それでも、俺は、この世界が、好きだ、そこに、意味も、価値も、なくても、いい!」 


 end




2011年06月02日(木) 21時35分12秒 公開
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■作者からのメッセージ
はじめまして。投稿してみました。と言うよりこんな意味不明なもの投稿していいのでしょうか…。これは僕が幼稚園の頃におじいちゃんに読んでもらった絵本の話です。嘘です。

この作品の感想をお寄せください。
No.8  凶  評価:--点  ■2011-06-11 18:47  ID:H5kn4nBA6qA
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レスありがとうございます!

ぴ、ぴろれんぽんぴんに50点!? いいんですか。50点もいただいて。こんな意味不明な作品なのにそんな高得点を!

僕の思う「おもしろい」という感覚のままに書いたのですが共感してくださる人がいらっしゃったようですね。うれしいです。

なるほどなるほど、テンポを計算しないといけませんね、勉強になります。

虹色の空も読んでいただきましてありがとうございます!

No.7  星野田  評価:50点  ■2011-06-10 20:59  ID:d6WyejyHi.w
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こんにちは。なんとなく読み始めました。
こういう、脈絡もなくぽんぽんと関係のないものを出せるのは、すごい発想力だなあと思いました。なんかうらやましい。
無理やり言葉にするなら、体の変化という現象とともに、周りがどんどん変わっていくし、その変化をあんまり気にしないところが面白かったです。
特に考えずに感想を言うなら、こういう不条理っぽさは好きです。ただ「体が変わっていく」ということが主軸にあり、話の終わりから最後まで話の中心にあるせいか、なんだか不条理っぽさをあまり感じなかったかな、とおもいます。「体がどんどん変わる、周りもどんどん変わる」ではなく「体が変化したのをはじめに、どんどん周りも変わる」であったほうが、話の店舗としては良さそうだなーとか、言ってみます。
こういう話をしてくれるおじいちゃんは素敵ですね。
No.6  凶  評価:--点  ■2011-06-05 14:35  ID:H5kn4nBA6qA
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でんでろ3さん、最後まで読んでくださってありがとうございます。またよろしくお願いします、お互いがんばりましょう!
No.5  でんでろ3  評価:30点  ■2011-06-05 04:59  ID:ZH97sOyv6Fk
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読んでしまいました。
って、変な表現ですが、私は、本来、あまり、こういうジャンルは好きではないのです。だから、前のお二方みたいにアドバイスなんて出来ませんが、そんな私が、ついつい最後まで読んでしまったのは、きっとこの作品が良いからなのだと思います。
生意気言って、すみません。
No.4  凶  評価:--点  ■2011-06-03 20:22  ID:H5kn4nBA6qA
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作者です。

誰かが感想をくれてるのではないかと気になって気になってしかたなく、しょちゅうパソコンを起動してしまいます。

zooeyさんありがとうございます!こんなに褒めて頂けるなんて全く予想外です!それから「具体的なエピソードを加えたほうが」はおっしゃる通りで僕自身もこれを書いた後、ん、これって小説じゃないよなぁ……いいのかな。といった感じでしたから。今後はちゃんとストーリーも考えようと思います。お怒りでしたらシーチキンおにぎり差し上げますので許してください。
No.3  zooey  評価:40点  ■2011-06-03 02:49  ID:qEFXZgFwvsc
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はじめまして。
なんとなく読んでみたのですが、とても良かったです。
こういうのは、書きたいけど、今のところ私には書けないですね^_^;

ラストの方の魂の叫びが心に染みますね。
作為的でない、つまり、文字通り「そこに、意味も、価値も、なくても、いい」のが好印象でした。理屈じゃないんですよね。

そのラストのセリフの前の

>この呪われた地上で生きる俺達にはもう、心を毛むくじゃらにするしかなくて、全てを神様のせいにするしかなくて。どうか、明日の朝は、目覚まし時計が、鳴りませんように。

という部分と

>心臓の音がうるさくて永遠の眠りの邪魔をする。べたべたした血飛沫を上げながら、しかし、俺は最後まで、生きていたい、わずかにでも力が残っているのなら。

という部分の対比が、良いなと思いました。
ここでも、理屈ではない、世界への、生きることへの愛情が表われていると思います。

ただし、もうちょっと具体的なエピソードを加えたほうが、「この世界が好き」というセリフに重みが増すと思います。
内容はどうでもいいようなもので良いと思うし、むしろそれが変な理由づけにならない方がいいかなとは思いますが。
昔やった遊びとか、好きな食べ物とか場所とか、そういうものを冒頭で紹介しておいて、それがラストに脳裏をよぎるとか…
いや、別にそんなんじゃなくてもいいんですが、とにかく何かさらっとでも(手相のくだりくらいに)エピソードがあれば、より心に染みると思いました。

あと、全体的に描写不足があるかなとは感じました。
状況の変化に対する主人公のリアクションの描写などが少ない気がしました。

私はおにぎりはシーチキンが好きです。
では、また機会があったら読ませてください。
ありがとうございました。
No.2  凶  評価:--点  ■2011-06-02 23:00  ID:H5kn4nBA6qA
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作者からの返信です。

やったー!おじいちゃん、親切な方が読んでくださってしかも感想&アドバイスくれたよ!

シロクマさんありがとうございます。
嬉しいです。嬉しいです。どんな感想でも嬉しいです。読んでくれる人がいるんですねぇ。ネットってすごい便利ですね!こんなやりとりができるなんて本当に便利ですね!
僕の表現力文章力はしょぼいですがしょぼいなりにいい味が出ればラッキーだなと思っています!
No.1  シロクマ  評価:10点  ■2011-06-02 22:48  ID:26VugPo02oQ
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読了しました。そのせつはどうも。
意味不明なもの、というほど支離滅裂でもなく、なんとか理解の追いつく内容であった気がします。
ひねりすぎた表現に、表現力が追いついていない感があるものの、主張はけっこう好きです。情動に訴えかける部分が伝わりきれてないので、最後のセリフが空回りしてるのですが、言わんとするところは嫌いになれません。
文章そのものは読めるものでしたので、よりつっぱしるにしても素直になるにしても、伸び代はあると思います。
では、また機会がありましたら。

あ、おじいちゃんに読んで貰った絵本の話しってことは盗作ですね、ダメですよ。嘘です。
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