最強のLv.1
 一人の少年が、憂鬱(ゆううつ)な面持ちで車に揺られている。彼の名は西園寺功(さいおんじこう)。西園寺財閥の跡取りであり、今日から日本有数の進学校に通う高校生だ。
 といっても、コウは「地球上から消滅してもいい」と思うほどに勉強が嫌いである。だが同時に「新規一括採用に端を発する社会の歯車を量産する過程において、学歴主義は避けて通れぬ道として受け入れなければならない」という、至極(しごく)合理的な判断の元、目下の過重労働にも等しい学校という名の監獄、強制収容所に身を窶(やつ)しているのである。
 だがしかし、この学校が別段悪いというわけでもない。この星、地球全体の環境が劣悪なのである。それは太古の昔から存在する自然環境ではなく、直近のヒトが生み出した「資本主義」のことだ。二極化する社会、一部の人々が贅沢をするために誰かを死に追いやっている。具体的には6人に1人を差別、貧困にしてその犠牲の上で成り立つ恩恵を5人は享受(きょうじゅ)している。
 コウはその事実を知りながらも、さりとて、どうすることもできない自身の「無力さ」を嘆いている。世界を救うのは一人一人の善意であること、という判然たる事実を熟知していても心の反発は免れないのだ。それだけに博愛精神が強く、他者を本当の意味で愛する心優しい少年なのである。

 車から降りたコウは、人々の羨望(せんぼう)を受けて登校した。「隣の芝生は青く見える」とはこのことであり、当人の苦しみは彼らに映らないのだ。跡取りとしての責任感、重圧、その他諸々の苦難。それを知ってしまえば「羨ましい」といった感情は跡形もなく消え失せてしまうであろう。
 コウは目を伏せる。
 ――俺はこのまま大人になるのか? 大人に決められたレールの上をずっと歩かなきゃならんのか? 嫌だ、俺は俺の人生を生きたい。誰かの人生ではなく、俺の。無理かもしれない。でも、それでも諦めたくない――。
 コウは次の瞬間、青く激しい光に包まれた。

 ――ここは、どこだ?
 コウの眼前には、明るい茶を基調とする、広々とした木造家屋の一室が広がっている。50平米ほどだろうか。壁や床には綺麗な木目模様が描かれていて、そこかしこから光沢が溢れている。ピカピカに磨かれているのだろう。
 その光源はというと、頭上にあるオレンジに煌(きらめ)く石であった。それはたった一つしかないというのに、部屋全体をぼんやりと優しく包み込んでいる。
 立体映像か? コウは周囲を見渡した。しかし、プロジェクターらしき機械は見当たらない。
 代わりにアンティーク調の家具がぽつん、ぽつんと点在しているだけだ。ソファや椅子には不思議と皮(レザー)が使われていない。シャンデリアや陶器といった家具の一つ一つが朧(おぼろ)げに光っていて、幻想的な風景を醸(かも)し出している。
 ――刹那、前方に小さな旋風(せんぷう)が巻き起こり、一人の少女が現れた。
 鍔(つば)の広いどんがり帽子にローブ。どちらも漆黒の、しっかりとした生地だ。身長はコウよりやや低い160cmほど。ブロンドの長髪と雪のように白い肌、透き通った空色(そらいろ)の瞳。
 少女はコウをまじまじと見つめたのち、しばしの沈黙を破る。


「初めまして、私はベル。しがない魔法使いさ」


 ――夢でも見てるんか? コウは頬をつねった。


 ぷにっ。

 
 いたた、現実か。とりま聞いてみっか。
 この少年、コウはどこまでも楽観的である。ただし、こうであって欲しい、という希望的観測とは別物で、考えても仕方のないことを考えない、という彼なりのポリシーである。
 それと、コウがベルを警戒しないのは、一重に目が澄んでいるからである。
 コウは立場上、多くの人々に会うことを余儀なくされていたために、「人はどんなに外見を取り繕っても目だけは嘘をつけない」ということを判別(はんべつ)するだけの鑑識力(かんしきりょく)を身につけたのである。


「西園寺功です。魔法使いとは、どのようなことを意味するのでしょうか」
「……驚いた、君の故郷では魔法が発見されてないのか?」
「魔法、とおっしゃいますと……?」


 占いとか?コウは思った。


「ああ、これのことだよ」


 ベルは、どこからともなく30cmほどの杖を右掌に取り出し、振った。すると彼らはぷかぷかと浮遊、地上1mほどに静止した。
 ――!マジック、じゃない。タネを仕掛ける暇なんかなかった。


「試してみるか?」


 少女はコウに杖を差し出す。


「ええ」


 コウはなんとなく、恭しい動作で受け取る。


「杖を振り、イメージするといい」


 コウは自宅の水槽を泳ぐ熱帯魚をイメージして、杖を振った。すると、彼の思うがまま体が中を踊る。右に左に旋回(せんかい)し、更にはくるっと一回転。速度調整もお手のもの。魚になった気分であった。これは本当に魔法なんだろう、コウはそう直感した。
 コウがベルの元へ戻ると、自動的に浮遊が解ける。
 おっとっと。


「ありがとう、ベルさん」


 コウは杖を両手で少女に返す。
 ベルは優しい口調で、されど表情はあまり変わらずに続けた。
 

「コウ、私に敬語は必要ないよ。無論君の文化のところで言う、それと同じかはわからないが……。言語翻訳が正確に為されているかは定かではないし」


 言語翻訳?コウは疑問に思った。どうやら気楽に話していいらしい、と認識する。


「おけい、ベル。そんで言語翻訳って?」


 コウは順応が早いヤツである。大事なところでは丁寧にするが、私生活はこんなものである。


「君のように世界を渡る、『漂流者』が持つとされる能力のことだよ」

 
 コウの頭上に「?」が浮かぶが、冷静に情報を分析することに努める。


「ここどこ?」
「エスポワールの東端。パスコだ」


 コウは首を傾げる。


「どこ大陸?」
「アトランティスだが?」


 コウは眉を顰(ひそ)める。アトランティス大陸はプラトンの著書(ティマイオス)に記された伝説の島だから、である。
 ……冗談、じゃないか。ベルの顔は真剣(マジ)だ。となるとここは地球じゃないのか?
 コウはベルの言葉を総括(そうかつ)して判断を下す。
 ――俺は異世界に来ちゃったらしい、web小説の主人公みたく。
クォーツ
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2021年07月17日(土) 19時41分33秒 公開
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