ムーンライトシティ
 漆黒の宇宙の闇に太陽の光が差し、青くくすんだ地球が、クレーターだらけの月の地平線の彼方に顔を出す。
 最初にこの地に降り立った先人達は、この光景をどんな思いで見たのだろうか。
 ベースキャンプが最初に建造されて以来、発展し、今では宇宙開拓史上でもっとも栄え、発展した都市へとなった。
 ムーンライトシティ。
 そう呼ばれるこの町の、最初のベースキャンプに居を構える、技術者のミカドは、殺伐とした放射線の降り注ぐ死の大地の向こうに望む地球を見やりつつ思う。
 スペースコロニーから出立するとき、ぶつけてすりむいた傷口に貼った絆創膏を爪で、ぺりり、と剥がす。
 そして救急箱から新しいものを取り出して貼ろうとしたとき、不意に緩やかな揺れが襲って来た。
 地球と太陽の相互関係から来る月震。それは緩やかで、船に揺られているような気さえした。
 ため息をついて彼はルームを出ると、船酔いに似た感覚に襲われながら、街に繰り出した。
 町は地球上の喧噪に包まれた町とは異なり、静かでひっそりとしていた。
 透明な天蓋に守られた町。
 何軒かの酒場を巡り、帰途についた彼はふと足を止めた。
『満潮』
 そう書かれた看板が立てられたラーメン屋だった。
 入ってみると案外、客がいる。
「へいっ おまちどう」
 店の親爺が次々と出してくるどんぶりに、彼は郷愁を起こしてしまい、空いた席に座り注文した。
 しかし、一向に出て来ない。
 どうしたのだろうと思っていると、奥からなにやら騒ぎ立てる声が聞こえてきた。
「チキンラーメンの卵が固まらなくて途方に暮れています。助けてください」
「親爺っ どうした?」
「へへい。ちと故障したんでがんすよ。旦那。申し訳ねぇ」
 ミカドはたまりかねて聞くとそう答えが帰ってきた。
「修理しやすから、ちょっと待ってておくんなまし」
 と、何かしら叩く音がする。
 興味がわいて、ちょいと覗いた彼は、目の前が暗くなるのを感じた。
 おんぼろ調理ロボットのこれまた古いアナログの時計を親爺が突いているではないか。
 ロボットといえば、汁と言わず、具材と言わず漏らして、床を汚していた。何だか酔っぱらって吐いた泥酔者みたいだ。
 さすがにこれには、ミカドも食う気力をなくした。
 また、あのゆったりとした月震の揺れがやってきた。
 店を出た彼は、げっそりした顔をしてルームに戻ると、非常食として持って来たチキンラーメンをカップに割って入れ、火傷しないように熱湯を注ぎ、待った。
 それをすすりながら、また彼は窓の向こうの大きな地球を眺めては、哲学者の気分を味わう。
 これもまた、月見ならぬ地球見でおつなものだ。
 彼は思う。
 ラーメン屋『満潮』のロボットは、もしかして周期的に地球の影響を受けているんじゃないだろうかと。
 明日必ず、行って直してやろう。親爺さんも困ってるだろうから。
 彼は、カップを片付けることなく、横になり眠り始めた。
おき3号
2010年02月10日(水) 23時23分27秒 公開
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■作者からのメッセージ
旧・即興三語小説――第12回より

▲必須
「絆創膏」「爪」「満潮」 

▲縛り
舞台:月面都市

▲任意
「チキンラーメンの卵が固まらなくて途方に暮れています。助けてください」「救急箱」


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